変えられない運命
「思わず長々と説明しちゃったね。本当はこういうシリアスな話はあまり良くないんだ。キミアキにストレスが溜まっていけばいくほど、キミアキの肉の味が落ちていくからな」
シャナに続き、クラリスも、杖の先端を俺の心臓に向ける。
「これ以上ストレスがかからないように、一瞬で死なせてあげる」
どうすることもできない状況に、俺は心の中で笑うしかなかった。
せっかく社畜をやめることができたと思いきや、社畜から家畜に変わっただけだったのである。
俺は誰かに利用される立場からいつまでも抜け出すことができなかったのである。
俺は、俺の運命を変えられない。
よく考えてみれば、シャナの言うとおりかもしれない。
どうせ死ぬのであれば、俺の肉は、俺の命の恩人である美少女二人に食べてもらいたい。それは、決して悪くない最期なのだ。
人骨になってこの家の畑で土と一緒になるというのは、これ以上なく安定した状態の継続であり、もしかすると、究極の「スローライフ」かもしれない。
だから、俺は、姉妹の目を見て、言う。
「ありがとう」
と。
「フルシフール!」
あの時俺の命を救った呪文の詠唱が、俺の最期を告げる言葉になる――
――はずだった。
なぜか遮断されなかった俺の視界が捉えたのは、信じられない光景だった。
赤い閃光によって吹き飛んでいたのは、俺の身体ではなかった。
水色の髪の少女と、ピンク色の髪の少女の身体が宙を舞い、ドサッと牛舎の屋根に落ちる。
双子の姉妹は、呪文を唱える側ではなく、唱えられる側だったのである。
そして、呪文を唱えたのは――
「キミアキさん、やっと会えましたね」
それは巨大な獣の上に跨った女性――いつか旅館のロビーでシャナと揉めていたブロンズの女性だった。
「……どうしてあなたが……」
「私のことはユグナと呼んでください」
「ユグナさん、どうして……」
「説明は後です。早くしないとまた双子に邪魔されてしまいます。今のうちにキメラに乗ってください」
「……キメラ?」
「私が今乗ってる動物です」
ユグナだけでなく、俺は、「キメラ」と呼ばれた動物の方にも見覚えがあった。
それは、一ヶ月半前に俺を襲った、巨大な虎に羽の生えた化け物だったのある。
それゆえに、キメラに乗れと言われても、恐怖が先立ち、俺はすぐに動き出すことができなかった。
そんな俺の様子を見かねて、ユグナは叫ぶ。
「早くしてください! キミアキさん、あなたはもう気付いているでしょ? どちらが味方でどちらが敵かに!」
その言葉で目が覚めた俺は、ユグナの方へと駆け寄る。すると、キメラの羽が俺を包み込み、背中まで持ち上げてくれた。
「すぐに飛び立つので、私の背中に掴まってください!」
「……は、はい!」
最初はユグナの着ているジャケットを掴んだのだが、バサバサとキメラが羽ばたいて浮き上がるときの揺れは想像以上であり、俺は咄嗟にユグナの身体に抱きついた。
むにゅという柔らかい感触。
間違いない――ユグナは、俺好みのセクシー美女である。
バサバサ――
キメラの上から、牛舎の屋根が見える。
そこには、クラリスとシャナが二人仲良く目をつぶって横たわっている。
その様子に心を痛めなかったかといえば嘘になるが、先ほどユグナが言っていたとおり、あの双子は俺の命を奪おうとした敵なのである。
俺は双子から目を逸らす。
「本当にクレイジーな子たちでしたね。異世界から来た人間を殺して食べてしまうだなんて」
ユグナは、俺のことを、異世界生命体ではなく、人間であると認めてくれているようだ。それだけでとても心強かった。
「助けてくれてありがとうございます」
「どういたしまして」
「突然現れてびっくりしました」
「キメラは羽音がうるさいですからね。バレないように、近づく時は陸路を歩いて来ました」
あの時は恐怖でしかなかったバサバサという羽音も、今ではとても頼り甲斐があると感じる。
俺は少しずつ事態を飲み込み始めていた。
「一ヶ月半前も、俺を助けてくれようとしたんですね」
「そうです。クレイジーな双子に邪魔されてしまいましたが」
異世界召喚されたばかりの俺は、最初にして最大のミスを犯していたのである。
キメラは俺の敵ではなく、味方だった。
あの時、キメラは俺を襲おうとしたのではなく、俺を迎えに来てくれていたのである。
「あの時のことに関しては、私も反省しています。キメラにお迎えを任せず、私も同行するべきでした。キメラは見かけ倒しなんです」
「見かけ倒し?」
「キメラは移動手段としては便利ですが、戦闘能力は皆無なんです」
それは本当に見かけ倒しである。鋭い牙は一体何のためについているのだろうか。
「森の付近に『異世界人狩り』をしている者がいることは分かってたんです。もっと警戒すべきでした」
「異世界人狩り」をしている者とは、ほかでもない、クラリスとシャナである。
定期的に森を巡回し、異世界生命体を捕獲している、とシャナは自白していた。
俺は、ユグナと話しているうちに、あることに気が付いていた。
「俺を異世界召喚させたのは、ユグナさんだったですね」
「そのとおりです。どうして分かったんですか?」
「声です。異世界召喚された時、俺はユグナさんの声を聞きました」
職場で倒れた時に聞いた「キミアキ、あなたの居場所はこの世界ではありません」という透き通った声。それは間違いなくユグナの声なのである。
その透き通った声が、説明をする。
「キミアキさんが召喚された森の上空付近に、世界と世界を繋ぐ空間の歪みがあるんです。キミアキさんは、その歪みを使って私が異世界召喚を試みた五人目の人物です」
「俺以外の四人は……?」
「双子の胃袋の中です」
ユグナは少し茶化すように言ったが、全くもって笑える話ではない。俺もあと少しでそうなるところだったのだ。畑に埋められる五体目の人骨になるところだった。
「五回目の正直がようやく上手くいって良かったです。シャナにキメラがやられて、キミアキさんを連れ去られた時はどうなるかと思いましたが」
グォンとキメラが短く唸る。
「キメラさん、あの時は散々な目に遭わせちゃってごめんなさいね。怪我も長引いちゃいましたね」
シャナの呪文で攻撃され、足を引きずりながら、弱々しく飛んで逃げていったキメラの姿を俺は思い出す。
他に聞くべきことといえば――
「そういえば、ユグナさん、ユグナさんのお父さんは?」
ユグナのお父さんは、旅館に泊まったのを最後に行方不明となってしまったのである。今はもう見つかったのだろうか――
「私の父?」
ユグナは大きく首を傾げた後、「ああ」と声を上げる。
「旅館のロビーでシャナにした話ですね。あれはもちろん作り話です」
「作り話?」
急に肩の力が抜ける。
「ええ。私は、怪我して帰ってきたキメラの報告を受けて、キメラを攻撃したピンク髪の女の正体を探ったんです。そして、一ヶ月ほどかけて、人里離れた家に住む双子のかたわれであるシャナという女が怪しいという情報を掴みました」
キメラは人語を話せはしないが、人語を理解している様子はある。とはいえ、どのようにキメラがユグナに報告したのかは俺にはよく分からない。それはさておき――
「俺を救出するために、シャナとコンタクトを取ったということですね。でも、一体何のために、お父さんが行方不明になっただなんて作り話をしたんですか?」
「それは、キミアキさんを守るためです」とユグナは答える。
「当時はキミアキさんがあの家に連れ去られたかどうかの確信もなかったですし、キメラの怪我も回復しきってませんでしたので、今日みたいに突撃することはできませんでした。突撃態勢が整うまで、少し時間稼ぎをする必要があったのです」
「時間稼ぎ?」
「ええ。そのために、私は、シャナに対して、キミアキに対してしばらくの間は下手なことをしないように警告したかったんです」
「だったら、直接そうシャナに伝えれば……」
「それはダメです。『証拠隠滅』のためにキミアキさんがすぐに殺されかねません。キミアキさんの名前も、異世界人狩りのことも言及するべきではありません。キミアキさんを回収するという私の真の目的は、絶対に悟られてはならないのです」
たしかにユグナの言うとおりだ。
「ゆえに、父が行方不明になったという話をでっち上げ、『警察には、あなたたち家族を見張るように言います』とシャナに伝えました」
なるほど。あの時のユグナの訪問の目的は、「警察がこの家を見張ってる」と伝えることで、双子が俺を殺してしまわないように牽制するというものだったのか。
「まあ、結局、異世界人を人間だと認識していないクレイジー姉妹に対しては、警告はそれほど効かず、大した時間稼ぎにはならなかったみたいですけどね」
ユグナは呆れたようにため息を吐く。
「それでも、今日の突撃まで時間が稼げて良かったです。あの姉妹はなかなか手強そうでしたが、奇襲攻撃が上手くいきました」
「本当にありがとうございます」
ユグナに背後から抱きついている俺は、ユグナに見えないことは分かりつつも、深くお辞儀をする。
俺が匿われていた民家は、もうすでに見えなくなっている。
仮に姉妹が目を覚ましていたとしても、俺を探し出すことはもうできないだろう。ユグナの打撃力と、キメラの移動性能の勝利である。
ユグナとシャナのやりとりについての謎は解けた。
しかし、一番肝心なことの説明がまだである。
「ユグナさん、何のために俺をこの世界に召喚したんですか?」
俺だけではない。結果として姉妹に食べられてしまった四人の「先輩」も、あえてユグナが異世界召喚しているのである。
そこには確固とした目的があるはずだ――
「それはこの世界を救う救世主とするためです」
「救世主?」
「はい。この世界は今、魔王の力によって闇に包まれようとしています。その強大な悪に立ち向かう素質を持っているのは、異世界からやってきた勇者だけなのです」
俺ははっきりと認識した。
俺の異世界召喚物語が、スローライフ型テンプレートから、冒険者型テンプレートへと路線変更したことを。
「でも、俺は、勇者なんて器じゃないです」
俺は単なる社畜に過ぎない。一旦は社畜から家畜になりかけたのだが。
「いいえ。あなたは天才的な才能を持っています。私は異世界でのあなたの様子をちゃんと観察していました。あなたは勤勉で努力家で従順です。それは勇者にもっとも大切な素質なんです」
ユグナに褒められると悪い気はしない。ただ、一つだけ引っかかった。
「従順? それって必要なんですか?」
「もちろんです」とユグナは大きく頷く。
「紹介が遅れましたが、私は聖女です。魔王退治に必要不可欠なのはこの私です。これからの冒険の舵取りは、聖女である私が行います。私の懐刀として、常に私の指示に従い、常に私を守り抜くことが勇者の使命です」
要するに、勇者とは、聖女ユグナの下僕なのである。だとすると、社畜スキルがそのまま役に立つということにも頷ける。
「キミアキさんには早速今日から徹夜で訓練し、魔法と戦闘能力を身につけてもらいます。キミアキさんは勤勉で努力家なので絶対にできるはずです。そして、一日三時間睡眠で、四六時中私のために尽くしてください」
「はあ……」
「私の命令には絶対に逆らわないでくださいね」
「ええ、まあ……」
「返事は『はい』ですよ」
「はい」
異世界には来たものの、結局はスローライフなどは夢幻で、現実世界同様にこき使われる運命らしい。
まあ、それも悪くはないか――
俺は、聖女ユグナ――俺のタイプど真ん中のセクシー美女――との今後の旅路をアレコレ想像し、心を弾ませた。
(了)
本作「年中無休の社畜だった俺、召喚先の異世界で気ままな自給自足スローライフ……のはずが耕していた畑で白骨化死体出土」を最後までお読みくださりありがとうございました。
まず、本作について解説します。
この作品は、なろうテンプレミステリの三作目になるかと思います(一作目「雑用ばかりさせられていた魔剣士、パーティーを追放された翌日、パーティー全員毒死。追放ざまぁ? いいえ、容疑者はあなたです」、二作目「婚約破棄に追い込まれた悪役令嬢は、憎きヒロインを暗殺し、バッドエンドを回避します〜転生者である私にしかできない完全犯罪〜」)。
前二作同様、まずタイトルから考えています。「こんななろうテンプレは嫌だ」というテーマで脳内大喜利をして、面白そうなタイトルを考え、内容は後付けです。
本作のタイトル自体は、おそらく二年くらい前からずっと頭の中にあり、内容を肉付けしていつか世に出したいなと思っていました。
色々と複雑なアイデアもあったのですが、結局、シンプルに攻めてみることにしました。
序盤から出ていた本作の謎は、なぜクラリスとシャナはこんなにも主人公に親切にしてくれるのか、というものです。
そのアンサーはシンプルで、太らせて食べるため、というものになります。ヘンゼルとグレーテルです。
しかも、本作はタイトルにおいて、畑から白骨化死体が出土されることが示唆されており、太らせて食べるためというアンサーは、解答としてあまりにも安直だなと自認しています。
それでも、このアンサーに決めたのは、異世界召喚ならではで良いかなと思ったのもありますが、それより何よりも終盤のクラリスとシャナの誕生日のシーンを書きたかったからです。そこでの主人公とのやりとりをとにかく書きたかったんです。
そこでは、命の線引きについて語られています。
たとえば最近では熊を撃ち殺すことの是非が議論されていました。
基本的に、人間は人間を撃ち殺してはいけません。しかし、熊は場合によっては撃ち殺しても良いと考えられています。さらにいえば、蚊などの害虫を殺すことに人間は躊躇を覚えません。
その命の線引きが恣意的なものだなといつも思っていましたので、その議論を本作で表現してみることにしました。
もう少し技巧的なところで言うと、本作では、不合理だけどなんとなく許容されてしまっているなろうテンプレに対して、ミステリ的な解決を与えることにも挑戦しています。
なぜ社畜な主人公が異世界召喚されるのか。
なぜ異世界について早々、主人公は命を救われるのか。
なぜ異世界の美少女は主人公に優しくしてくれるのか。
なぜ異世界の美少女たちは主人公を取り合うのか。
なぜ異世界で主人公はスローライフをするのか。
そうしたことに対して、本作では、風刺的な回答を与えています。
とはいえ、やはり、太らせて食べるためというアンサーは安直過ぎます。
その安直さを隠すために、書き方は、ミステリ手法も用いつつ、工夫しました。
① 宿泊客が行方不明になっているというエピソードを挿れる
② ①のエピソードを白骨化死体発見シーンよりも前に挿れる(倒叙表現。多分これはかなり重要)
③ シャナ視点で、私は人を殺したことがないと地の文で告白させる(一応叙述トリック)
④ クラリス視点でも、私は人を殺したことがないと地の文で告白させる(一応叙述トリック)
という感じです。
①と②がどうしても必要だなというところから、ユグナの存在が必要となり、そこが最終話の仕掛けに繋がっています。
ただ、最終話の仕掛けは、一発逆転といえば一発逆転ですが、ミステリ的というよりは、ハイファン要素の強い仕掛けだなと思っています。ゆえに、本作のジャンルはハイファンにせざるを得ないなと思いました。
最終話の仕掛けは、姉妹に食べられて終わるという安直なエンドを避けるために捻り出したものである、ということは言うまでもないかもしれません。ただ、最終話でありつつ、第一話のような雰囲気を出せたことは、ユニークで面白かったかなと気に入っています。
自作語りが長くなってしまいすみませんでした。
冒頭の前書きでも書きましたが、今月14日の文学フリマin京都に、「新生ミステリ研究会」の一員として出店します。
年末年始で本作を慌てて書いたのは、この宣伝のためです。
こうした即売会に売り側で出るのは初めてです。
「新生ミステリ研究会」として、合作本を一冊作成したほか(共同執筆者は庵字さん、凛野冥さん、片里鴎さんという超豪華メンバーです)、菱川は、なろうで個人的に一番ヒットした作品である「殺人遺伝子」を書籍にして売ることにしました。本作とは違い、ちゃんとしたミステリです(本格ではありませんが)。
少しでもご関心のある方は、菱川の活動報告をご覧ください。随時情報をリリースします。
また本作を少しでも気に入ってくださった方は、評価やブックマーク、いいね等で支援していただけるととても助かります。
賛否両論がありそうで、おそらく否定的な意見の方が多そうな作品なので、感想をいただくのは怖い面もありますが、感想もお待ちしております。
本作を弾みとして、2024年も執筆に邁進していきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。




