鍋パーティー
1月になって寒い日が続いた。
母さんがみんなで鍋でもを突こうぜということで、
旦那さまを西荻に招いて、昼間から鍋パーティー。
二人はビール、私はウーロン茶で乾杯。
みんなでハフハフいいながら鍋を食べる。
座る位置を間違えたと気がついたのは、
食べ始めてしばらくしてから。
旦那様はコタツの向こう側。その左側の辺には母さんがいる。
私は母さんの左側の辺。
母さんは給仕をするから、キッチンに近いし、そこになるのは仕方ない。
でも旦那様も気が付いてこっちに来てくれればいいのに、
来てくれない。本当に気が利かないなぁ。
旦那様と母さんがいつも以上に仲良しでベタベタしているように見えた。
元夫婦だし、付き合い長いし。仲がいいのも当たり前なんだけど。
これじゃまるで、両親と子供じゃない。私は面白くなかった。
なぜだか旦那様に逆らいたくなって、母さんから日本酒をもらった。
「フェアリー、もう止めたほうがいいよ」と言われ、
意地になってもう一杯。
話はいつしか私がインターンで行ったコンサルティング会社の話になった。
オフィスは整然として、個人毎のブースに分かれていた。
各個人には決められた期間の中で結果を出すことが常に要求される。
成功すれば年収はあっと言う間に上がっていく。
でも成績が悪いとすぐにクビ。3ヶ月ごとに下位10%が切られていくという。
「それは大変そうだね。」と旦那様が言ったのが、なぜだか気に入らなかった。
「成績が上だったら、何も心配ないじゃないですか?
旦那様はもっと上を目指さないといけないんですよ。」
「フェアリー、上って何なの?」
珍しく旦那様が不機嫌そうにしているのを見て、意地になった。
「もっとみんなに認められることですよ。
そのためにはまず、もっと沢山原稿を書かなくちゃ。
もっといいもの書かなくちゃ。私を幸せにしてくれるんじゃないんですか?」
「フェアリーは僕がもっと有名になると幸せなの?」
「そうですよ。『森野の家内です』って言ったら、
みんながひれ伏すくらいがいいんです。」
自分でも無茶言ってるなと思っていた。
それからの三年間。私はコンサルティングの仕事に夢中だった。
入社前の説明通り仕事は厳しく、成績の悪い人間は容赦なく切り捨てられた。
たくさんいた同期入社もあっという間に少なくなり、
すぐにほとんど見かけなくなった。
そんな中、私は上司からも高く評価され、新しいプロジェクトを
次々にこなし、表彰され、周りからの称賛の声を浴びた。
高い報酬も手にした。
ずっと胸の中に冷たい空気を感じていた。
でも競争なんてそんなものだと思っていた。
恋もした。明宏に出会ったのは2年目の6月。
実業家の二男でスタンフォード卒の30歳。
ハンサムでスポーツマン。ビジネスでも父親をサポートしていていた。
彼は紳士で自信家だった。多少強引なところもあったが、
それも魅力の一つだった。
彼は何度も私を口説いた。最初は拒否していたものの
求められていることは嬉しかった。
やがて断りきれなくなり付き合うようになった。
そして3年目の春には高層マンションで一緒に暮らしはじめた。
そして12月、その部屋で大きなバラの花束と婚約指輪を渡されプロポーズされた。
「今度の春、拠点をシリコンバレーに移す。一緒に来て欲しい。」
彼は私の目を真っ直ぐ見て頼んでくれた。私は断らなかった。
その夜、窓の外の光を見ながら、こんな風に人生って決まるのかなぁとつぶやいた。
胸の中に冷たい空気は明宏といても変わらなかった。
むしろより強く感じた。でもそれを無視しようとしていた。
『どうですか、旦那様。これが上なんですよ』
そのころには私の家族写真のイメージが変わっていた。
私は以前ほど大きく笑っていない、上品な服を着て、にっこり微笑んでいる。
私の前の子供も紺色のブレザーとワンピースで利発そうな顔だ。
私の隣にはもちろん明宏がいて私の肩を抱いている。
それは揺ぎ無いもののように思えた。
翌朝、私は明宏に相談した。
「子供はいつ頃、何人作ろうか?」
明宏が驚いた顔をして答えた。
「子供が欲しい?君との子供を作るつもりはないよ。」
「でも結婚するって」
「結婚はするよ。君は大切なパートナーだ、パーソナルでもビジネスでも。
でも子供を作るかどうかは別。残念ながら君の両親がどんな人か分からない。
リスクが大きいと思わないかい?どんな血が混じっているか予想もつかないからね。
僕の子供は血筋がはっきり分かっている、この人と作るつもりさ。」
明宏のそばには愛里翠が笑って立っていた。
耐え切れずに私はマンションを飛び出した。
マンションの出口には、旦那様と母さんが待っていた。
そのまま旦那様のミニに乗って西荻へ。でも助手席には母さんが座った。
道中、旦那様と母さんの会話は止まらなかった。
東京タワーはどっちだと騒いだり、前の車のナンバーで遊んだり、
まるで子供のようだった。仲がいいなとあらためて思う。
前は自分も旦那様とあんな風にドライブしたなと思い出した。
西荻の家で3人で鍋を囲んだ。
でも私は1人で食べるよりも孤独だった。
旦那様と母さんが向こう側で並んで食べている。
私は一人でこちら側。
二人が仲良く食べている姿をガラス越しに見ているように感じた。
手を伸ばしても触ることができないように思えた。
気がつくと母さんは、白い花柄のワンピースがよく似合う女の子に
なっていた。旦那様はスリムな青年。二人とも20歳ぐらいだ。
母さんがこういった。
「私、隆文と結婚するんだ」
次に旦那様がこういった
「涼音さん、今日から僕は君のお父さんだ。
もう君のことファエリーって呼ばないから。
君も僕のこと旦那様って呼ばないで、お父さんって呼ぶんだよ。」
そして二人並んで私の前から遠ざかっていく。
「待ってぇー」私は二人を追いかけようとするが、追いつかない。
すると今度は大きな手に捕まえられた。
苦しくて身動きが取れない。そのまま押さえ込まると、
その大きな手が私の背中にある羽を掴み、むしり取る...
「フェアリー、大丈夫?」
旦那様の声で目が覚めた。私は抱き着いた。
「旦那様は旦那様ですよね。お父さんじゃないですよね。
私は旦那様のフェアリーですよね。」
しばらく離れられなかった。
「まったく変な夢を見たもんだね。」
母さんが鼻で笑った。
「あんた、龍河社のメディアなんとかって部署に入るんだろ。
なんでコンサルタントなんてやるのさ。」
「知らないよ。夢の中のことだもん。」と私。
「それにその婚約者って誰? 思い当たる人いるんじゃない。
隆文に隠れて浮気でもしてんじゃないの?」
「もぅイジワルだなぁ。浮気なんてしてません。
だいたいどこから婚約者なんて出てきたんだろ?」
「日本酒がよくなかったんじゃない?」と旦那様。
「生意気言ってたからバチがあたったんだよ。」と母さん。
「それより涼音、こっちに座りなさいよ。
そっちに座ったら、箸渡すのだって面倒なんだから。」
私は旦那様の右側の辺に場所を変えていた。
母さんが何を言っても、元の場所に戻る気にはなれなかった。
結局、私が給仕をすることで問題解決。
私が真ん中。旦那様が右の辺、母さんが左の辺。
晩もそのまま鍋続行。
まったく母さんの作る寄せ鍋にはかなわない。
鍋を囲む皆が一つになる、そんな魔力を持っている。
旦那様と智美母さんと私。血はつながってないけれど、
強く結びついているのを感じた。心の中まで暖かく感じられた。
気が付いた時に、こうすればよかったんだ。後悔した。
テレビを見ていて思い出した。夢の中の婚約者は
最近、愛里翠が付き合い始めたという噂の俳優だった。
「無意識のうちに対抗してるのかもね」と母さん。
全然、そんなつもりはないんだけどなぁ。
「本物は夢の中みたいに性格が悪くないといいけど。」
私はちょっと気になった。