番外編: もう1つの片想い ~ 片想いの裏側で
私は内村優。
大学ではずっとチアリーダーをやってきた。
2年の春からは、みんなの前にも立ってきた。
でもそんな私を知る人は少ない。
マリー、リンちゃん、千尋。
同級生にはスターが3人もいた。
私はせいぜい4番目だった。
ラストゲームの次の日曜日の午後1時、私も吉祥寺にいた。
柱に陰に隠れて。
リンちゃんが渡辺の手を引いていくのを見た。
二人がスターバックスの店内に入った後はテラス席から見ていた。
やがて二人が黙ったまま、ボート乗り場に向かったのも、
二人が乗ったスワンボートがやけに早いスピードで周回するのも、
リンちゃんが渡辺の手を引き、駅に向かったのも、最後に
リンちゃんが渡辺にキスして、その後、振り切るように
まっすぐ帰っていくのもずっと見ていた。
「渡辺、どうした?」
リンちゃんが去った後、
立ったまま動かないでいる渡辺に声を掛けた。
「内田か...」渡辺は前を向いたままだ。
渡辺は何も言わずに歩き始めた。私はその後を追った。
渡辺は丸井の前の交差点を越え、スターバックスも通り過ぎ、
ボート乗り場の前で止まり、私の方に振り返った。
「俺振られたのかな?」
「そうだね。」
「もうチャンスないのかな?」
「リンちゃんは変わらないよ。」
「キスされたんだぜ。」
「諦めなって。
なんでリンちゃんが、あんたにキスしたか分かるでしょ?
あんたの気持ちにこたえられないからってキスしたんでしょ。」
「内田からリンちゃんに俺を振ったのか聞いてもらえないかな?」
「嫌だよ。なんで私がそんなことしなくちゃいけないの。」
「そんなこと言わずに頼むよ。お前しかいないんだよ。 」
「リンちゃんに聞くまでもないよ。
あんたは完璧に振られたの。」
「そんなこと言わずに頼むよ。俺の気持ち分かるだろ?」
一瞬、迷ったけど、止められなかった。
「もういい加減にして!何が『俺の気持ち』よ。
私の気持ちなんて、考えたこともないくせに。
私はこの3年間、あんたに片想いしてた。
なんで私がずっと、あんたのそばにいると思ってたの?」
私は後ろを見ずに全力で走った。
駅に戻ると、ちょうど来ていたバスに乗った。
バスの椅子に座り、降りるまでずっとうずくまっていた。
他の人に泣き顔を見られたくなかった。
高校まではソフトボールをやっていた。
甲子園で活躍した渡辺大輔は私の憧れだった。
チアに入ったのも渡辺に近づけるんじゃないかと思ったからだ。
私だって高校では人気があったし、自信もあった。
でも入ってみたら、あの3人を見て自信を失った。
私が彼女たちに勝てることといえば背の高いってことだけ。
しかも渡辺はリンちゃんのファンであることを繰り返し公言していた。
近づくなんてとてもできなかった。
2年になって意外なことが起きた。
「お前、チアの内田だろ?」振りかえると渡辺が立っていた。
それから毎週、同じ授業で顔を合わせ、次第に話をするようになった。
3年になるとグラウンドのある東伏見に引っ越した。
通りがかりのふりをして渡辺の練習を見にも行った。
でも渡辺は、私をリンちゃんの情報提供者としてしか見てくれなかった。
渡辺が中学時代からずっとリンちゃんに片想いしていることを知ったときは絶望した。
近づいたように見えて、さらに遠くなっていた。
でも話をできないような関係に戻りたくなかった。
私だって他の男の子から告白されたり、デートだってしたこともあった。
でも長続きしなかった。情報提供者として渡辺につながっているほうを選んだ。
リンちゃんが渡辺のことを好きになる事は考えられなかったし、
いつか振られた渡辺が私に振り向くんじゃないかと期待していた。
4年になると渡辺に告白するようけしかけた。
「相手に知られないまま、片想いを続けても仕方ないじゃない。白黒つけなよ。」
そして、この結果。
渡辺だって、もう少し待てばリンちゃんに振られたことを受け入れられるのかもしれない。
でも残酷なまでの鈍感さにはもう耐えられなかった。
大学生活ずっと続いた片思いが、こんな終わり方か。
もっと違う男の子のこと好きになれたらよかったのにな...。
木曜日、渡辺も取っている授業はパスしようか悩んだ。
教室をのぞいて渡辺がいないことを確認してから、最前列の隅に座った。
授業が終わるまで何もなかった。ちょっと寂しかった。何、期待してんだろ私。
でも荷物を片付けていたら、いつの間にか渡辺がそばに立っていた。
「今度の日曜、吉祥寺南口改札前、1時に待ってる。」
それだけ言って怒ったように離れていった。
まるで決闘の申し込みのようだった。
日曜日、私は悩んだ末、スカートをはいていくことにした。
「一応、デートのつもりだよね?」
吉祥寺駅改札前、今日も渡辺はいつものスポーツウェアだ。
がっかりしたけれど「渡辺!」声を掛けた。
「おう、この前は悪かったな。」
えらく簡単な謝り方だった。
「で、どこ行く?」
「あんたが誘ってきたんでしょ?」
「そうだな、じゃあ公園でも行くか?」
「まさかリンちゃんと行ったとこ、行くんじゃないでしょうね。」
「じゃあ駅の反対側にでも行くか...。映画でも見ようぜ。」
映画館にも行くのも散々迷って遠回り。場所も調べてなかったようだ。
ようやく辿りついた五日市街道沿いの映画館。
上映されていたのは子供向けのアニメと特撮もの。
「さすがに見たくないよな」と言い出す渡辺に呆れた。
どういうつもりなんだろ?
これでもデートのつもりなんだろうか?
何も調べずに誘うなんてあるんだろうか?
そう考えて気が付いた。
そうか、リンちゃんがスタバに行ったのと同じことなのか。
私の片想いの終わらせる前に少し一緒いてやろうってことか。
渡辺にしては気が利いてるけど、準備くらいしとけよな。
この後、どうしよう?これだけでお終いにはしたくない。
何か二人でやれることないかな?
その時だった。「パコーン」とどこかでボールを叩く音が聞こえた。
そら耳かと思ったら、もう一回。上のほうから音がする。
探すとすぐにバッティングセンターの看板が見つかった。
「あれはどうよ?」私が指差すと渡辺は「おう」と答えた。
まずは渡辺。ピッチャーとはいえ、さすが野球部。
何球かミスはあったものの、鋭い打球を連発した。
続いて私。バットを握るのは久しぶりだ。
渡辺が諦めきれないリンちゃんへの嫉妬、
救いようもないほど鈍感な渡辺への怒り、
張り切ってスカートをはいてきた決まり悪さ、
片想いが終わってしまうという寂しさ。
そんなもの全部まとめて、思い切りボールにぶつけた。
気がつけば、私は全てキレイに打ち返していた。
「ナイス・バッティング。」渡辺が声を掛けてきた。
「私の圧勝だね。」と言うと渡辺は苦笑いした。
それから自販機で買ったお茶を飲みながら二人で打ち続けた。
その後、ゲームセンターで遊んで、
ホープ軒でラーメンを食べ、午後7時のバスに並んで座った。
「ラーメンご馳走様。」
「あぁ。」
「高校生男子みたいな一日だったね。」
「あぁ。」
それっきり東伏見に着くまで二人とも黙っていた。
渡辺の右手が目に付いた。リンちゃん、渡辺の手を握ってたんだよな。
うらやましかったんだよね。今、握ってもいいかな?いいよね。
なんちゃってでもデートなんだし、キスに比べたら、大したことないもん。
恐る恐る渡辺の右手を両手で握っても渡辺は何も言わなかった。
渡辺の手を握ったまま自分の両手をひざの上に乗せて、
降りるまでそのままにしていた。
バスを降りると私は駅の北側、渡辺は南側。ここでお別れだ。
これで終わるのかと思うと寂しかった。でも納得はしていた。
「じゃあね」歩き出そうとする。
後ろから「なぁ、内田。」渡辺が呼んだ。
「別れの言葉なんて聞きたくないな」そう思っても、
振り返らずにはいられなかった。
「今更だけどさ…」
渡辺は私をまっすぐ見ていた。
「俺たち付き合わおうぜ。」
「???」
「俺の彼女になってくれ。」
二度目の言葉でやっとその意味が分かった。と同時に
「はぁー?」
声がひっくり返った。
「まさか今日のデートって本気?」
「おう、そうだよ。ダメなのかよ?」
こんな奴にずっと片想いしてたのかと思ったら目眩がした。
待て待て、落ち着け、ちょっと落ち着け。
言いたいこと、聞きたいことは山程あるけど順番に行こう。
自分に言い聞かせる。
「リンちゃんは?もういいの?」
「あぁ、この前は本当に悪かった。
あれから3日間じっくり考えた。
俺はどんな彼女が欲しいのかってな。
そしたら『渡辺大輔の彼女って、あいつら二人ってカッコいいな』
みんなから、そう思ってもらいたいということが分かった。
そうなったらリンちゃんじゃない。お前しかいないんだ。」
これまたアッサリとんでもないこと言いやがったよ。
この前とは違いすぎるぞ、渡辺。
10年の片想いをそんなに簡単に切り替えていいのか?
「私のこと好きなの?」
「当たり前だろ。お前といるのが一番楽しいんだよな。
今日みたいな無茶しても、怒って帰るどころか、
スカートはいてるのにバッティングセンター行こうなんて奴、
他にはいないもんな。」
ニコニコ笑ってやがる。
私だって好きで行ったんじゃないっつーの。
「なんで『私しかいない』なの?」
「お前、かわいいし、カッコいいし、それに」
「それに?」
「俺とお似合いだ。」
自信過剰のナルシスト君に見込まれたってこと?
頭が痛くなりそうだ。
「『お似合い』ってどういうことよ?」
「ちょっとこっち来てみろよ。」
渡辺に促されて、閉まっている銀行の扉の前に立つと、
ガラスに二人が並んだ姿が映った。
「胸張ってさ、ビシっと立ってみろよ。
なっ?二人で並ぶと様になるだろ?
この前、リンちゃんと歩いて気がついたんだけどさ、
リンちゃんと比べて俺のほうが大きすぎるんだ。
俺と並んで様になるのは、お前なんだ。」
フーン。確かに私たち二人の背の高さはバランスがいい。
リンちゃんだって背はどちらかといえば高いほうだが、
190cm近い渡辺と並ぶととちょっと小さく見えた。
「お前だって、俺みたいに合う奴いないだろ?
俺に合わせて思い切り、背筋伸ばしていいんだぜ。
俺の彼女にはいつでも自信満々、胸張って歩いて欲しい。
それが似合うのはお前しかいないし、それがお前に合ってる。
俺がいつでもそういう気持ちにさせてやる。」
渡辺とならヒールのある靴も余裕で履ける。
私が他の人に合わせて猫背になる癖、気にしてたんだ。
「だから、内田、俺たち付き合おうぜ。」
「内田はやめてよ。男子じゃないんだからさ。」
「じゃあ優、俺と付き合ってくれよ。
日本一カッコいい二人になろうぜ。」
私は軽くため息をついた。
「仕方ない。私に似合うカッコいい男になってくれたら彼女になってあげる。」
「おうよ。」
「目指すんなら日本一じゃないよ。世界一だからね。」
「渡辺大輔の彼女はそうでなくっちゃな。」
大輔が大きく笑った。
それから毎日顔を合わせた。すぐに大輔はちゃんとした服を着るように
なったし、ずれてはいてもデートの準備もするようになった。
それでも私が大輔の彼女と認めるまには時間がかかった。
やっぱりリンちゃんの事が気になっていたし、私のことが好きなのか
信用しきれなかった。その間、大輔は文句も言わなかったし、
リンちゃんだけじゃなく他の女の子の名前をだすこともなかった。
結局、大輔の彼女と認めてあげたのは、その年のクリスマス。
そして二人で歩いているところを写真を取られた。
ワセスポの一面で「渡辺大輔、堂々交際宣言 元チア内田と」
と記事になった。二人ともその時の写真が気に入った。
自分で言うのもなんだけど、笑いながら歩く二人の姿は本当に決まってた。
その写真を焼き増してもらったものは、ずっとリビングに飾ってきた。
今度、大輔の遺跡に合わせて引っ越しするボストンのアパルトメントでももちろん飾るつもりだ。




