第1話 異世界へのポータルを完成させた天才教授、しかしその先から現れたのは友好的な訪問者ではなかった
はじめまして、または再びこんにちは。今回もお付き合いいただきありがとうございます。
その日、世界はとても平和だった。
戦争はない。
緊急警報もない。
毎朝のニュースを騒がせるような爆発音もなかった。
都市の中心部から遠く離れた、とある巨大研究施設。
そこでは、科学者たちがいつも通りの研究活動を続けていた。
ある者はモニターに映し出されたデータを確認し、またある者は研究室を埋め尽くす様々な機械を監視している。
そんな穏やかな空気の中、一人の男が突然、椅子から立ち上がった。
「ヒカル将軍!」
その声に、何人もの研究員が振り返る。
モニターを眺めていたヒカルも顔を上げた。
「どうした、教授?」
五十代ほどの男が、ヒカルのもとへ歩いてくる。
彼の名は、ルシアン・ハルトマン教授。
高度な技術開発に携わる数多くの教授たちの中でも、最も優秀な頭脳を持つ人物として知られていた。
世界最高峰の科学者たちの間でも、その名を知らない者はいない。
ルシアン教授は、彼らの後方にある巨大な部屋を指差した。
「ついに完成しました。」
「何が?」
教授は、わずかに笑った。
「ポータルです。」
ヒカルは黙り込んだ。
「ポータル?」
「ええ。これまで我々が一度も訪れたことのない場所へ繋がる、ポータルです。」
ヒカルはすぐに立ち上がった。
「俺をそこへ連れていけ。」
「もちろんです。」
二人は研究施設の中央区画へ向かって歩き始めた。
そこには、巨大な円形構造物と、それを取り囲む無数のエネルギー装置が設置されていた。
周囲では、何人もの科学者が装置の最終確認を行っている。
ヒカルは巨大な装置をしばらく眺めた。
「それで、ポータルを作るのにどれくらいかかった?」
ルシアン教授は落ち着いた口調で答える。
「およそ五ヶ月です。」
「五ヶ月……」
ヒカルは腕を組んだ。
「結構かかったな。」
「人類が今まで一度も作ったことのないものですからね。」
ヒカルは小さく笑った。
「まあ、そうだな。」
その時、一人の研究員が声を上げた。
「システム、起動します!」
周囲の機械が一斉に稼働を始める。
――ゴォォォォォン!
大量のエネルギーが、巨大な円形装置の中央へと集まっていく。
空気そのものが震え始めた。
やがて、光がまるで巨大なガラスの壁のように立ち上がっていく。
そして数秒後――。
巨大なポータルが、ついに完成した。
その場にいた全員が息を呑んだ。
それは、これまで空想の中にしか存在しなかったものだった。
ヒカルはゆっくりとポータルへ近づく。
「これが……入口か。」
「はい。」
ルシアン教授はモニターを確認しながら答えた。
「現在は安定しています。ただし、向こう側に何があるのかは、まだ分かっていません。」
ヒカルは頷いた。
「なら、まずは偵察チームを送ろう。」
しかし、その直後――。
――ゴゴゴゴゴゴッ!
ポータルの向こう側から、何かが飛び出してきた。
その場にいた全員が驚き、一斉に後退する。
ヒカルは手を上げた。
「待て。まだ撃つな。」
ポータルから、数人の人間が次々と姿を現す。
服装は、この世界の人間とは明らかに違っていた。
手には、誰も見たことのないような武器まで持っている。
ヒカルは眉をひそめた。
「……誰だ、こいつら?」
そのうちの一人が武器を構えた。
「攻撃しろ!」
――ドンッ!
突然、研究施設が騒然となった。
警備兵たちは、科学者たちを守るために動き始める。
ヒカルは目の前の謎の集団を見つめた。
「盗賊……?」
彼らの服装や装備を見ながら、ヒカルは首を傾げる。
「待て……盗賊って、どこから来たんだ?」
攻撃は続いた。
何人もの警備兵や研究員が、その場から逃げることができなかった。
それを目にした瞬間、ヒカルの表情が変わった。
「……お前ら。」
ヒカルはゆっくりと前へ歩き出す。
「俺の場所を襲ったな?」
直後、特殊部隊が一斉に動き始めた。
戦闘は、長くは続かなかった。
侵入してきた者たちは、次々と制圧されていく。
彼らと共に現れた奇妙な動物たちも、特殊部隊によって止められた。
ヒカルは、再びポータルへ視線を向けた。
「特殊部隊を中へ入れた。」
ヒカルは時計を確認する。
「もう数日になる。」
その表情から、余裕が消えていく。
「……なぜ、まだ戻ってこない?」
科学者たちは互いに顔を見合わせた。
誰も答えることができなかった。
その時――。
――ガッ!
ポータルの中から、何かが倒れ込んできた。
「ヒカル様!」
全員が一斉に駆け寄る。
そこにいたのは、特殊部隊の隊員だった。
しかし、その姿は明らかに普通ではなかった。
立っていることさえ、ほとんどできない状態だった。
「ヒカル様……」
ヒカルはその場にしゃがみ込む。
「何があった?」
隊員は、必死に言葉を絞り出す。
「中は……」
荒い呼吸を繰り返しながら、隊員は続けた。
「……地獄です。あまりにも危険すぎます……」
その瞬間だった。
ポータルの奥から、何かが隊員の身体を引き始めた。
「た、助けてください!」
「おい!」
ヒカルが叫ぶ。
「引っ張れ!」
警備兵と科学者たちが一斉に隊員を掴む。
「引け!」
「絶対に離すな!」
全員で力を合わせ、どうにか隊員をポータルの外へ引きずり出す。
しかし――。
隊員は、すでに意識を失っていた。
ヒカルは、その姿を黙って見つめる。
「……何なんだ、これは。」
研究室に静寂が広がった。
もはや誰も、このポータルを単なる画期的な科学技術だとは考えていなかった。
その向こう側には、人類がまだ知らない何かが存在している。
ヒカルは立ち上がり、ルシアン教授へ振り返った。
「教授。」
「はい。」
「このポータルを作ったのは誰だ?」
ルシアン教授は眉を上げた。
「……私ですが。」
「なら、お前に次のポータルを作ってもらう。」
「次のポータル……?」
ヒカルは、目の前で光り続けるポータルを見つめる。
「もっと巨大なものを作れ。」
教授はしばらく黙った。
「……どの程度の大きさを?」
ヒカルは迷うことなく答えた。
「軍艦が通れるくらいだ。」
その場にいた全員が沈黙する。
「戦車も。」
何人かの科学者が互いの顔を見合わせた。
「航空機も。」
ヒカルは続ける。
「そして、歩兵部隊もだ。」
ルシアン教授は、しばらくヒカルを見つめた。
「将軍……一体、何をするおつもりですか?」
ヒカルはポータルへ向かって歩き出す。
その瞳から、先ほどまでの穏やかさが消えていた。
「向こうに何があるのか、この目で確かめる。」
そして、拳を握る。
「もし奴らが、自分たちの都合でこの世界を好き勝手に襲えると思っているのなら……」
ヒカルは、暗いポータルの奥を睨みつけた。
「思い知らせてやる。」
誰も言葉を発しなかった。
しばらくして、ヒカルは振り返る。
「準備を始めろ。」
兵士たちが敬礼する。
「了解!」
科学者たちも一斉に動き始めた。
再び、巨大な機械が稼働する。
研究施設の外では、軍用車両が次々と集まり始めていた。
戦車。
装甲車。
航空機。
特殊部隊。
そして、少しずつ大規模な作戦の準備が始まっていく。
ヒカルは、ポータルの前に立っていた。
その向こう側には、人類がまだ一度も知らない世界が存在している。
そこには、これまで物語の中でしか見たことのないものがあるのかもしれない。
魔法。
モンスター。
盗賊。
そして――王国。
ヒカルは、もう一度ポータルを見つめた。
「待っていろ。」
「俺たちが行く。」
――そして初めて、人類は異世界へ足を踏み入れようとしていた。
――訪問者としてではない。
――新たな帝国として。
第1話――完。
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