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リトル・アミー 第二話(完結)


 ある夜、三女のメアリーが多くの紙幣を手にして、前触れもなしにルカの部屋に入って来た。そのお金を使って、ルカのための移住権を購入するつもりだと彼女はいう。メアリーはひとりでこれほど短期間に大金を稼げるような性格ではなかった。また、そんな優れた能力を持っていたわけでもなかった。ルカは驚いて彼女を問い詰める。はじめ、メアリーは羽振りのよい友人から借りたとか、道で知らない人に渡されたとか、これ以上ないくらい下手な嘘をついた。ルカがさらに追求していくと、それは恋人以外の多くの男性たちに自分の身体を売ることで作ったお金だと判明した。ルカは激昂してメアリーを殴りつける。彼女の行為を許すことはできなかったが、自分にはどうしようもないことのようにも思えた。


「こんなことは長い人生には何度でもある。耐えなければ、耐えなければ!」


 ルカは頭を抱えてそう叫んだ。気が狂いそうになった。二人は抱き合って一晩中泣き続けた。


 それから二か月が経過した頃、リトル・アミーでのスーザンの公演は、少しずつ人気を得るようになっていた。すでに自己の破滅が決定づけられている、この街の住民の多くが、己れのこの先の不幸をひと時でも忘れるために、あのリトル・アミーに足繫く通うようになっていた。スーザンの歌声はすっかり上達していて、観客からの惜しみない拍手を受けられるようになっていた。彼女をバラードの王女と呼ぶ者まで現れた。彼女は懸命なる努力を続けることによって、その才能が少しずつ開花しようとしていた。


 ルカの父親は、自分の肉体がすでに働けなくなっていることを知ると、生涯をかけて貯めてきたすべての財産を市役所に持ち込み、子供たちを救いたいと嘆願した。自分がかつてひとりの役人として、この街のために貢献していたことも熱く語った。しかし、対応にあたった役人たちの対応は極めて冷徹なものだった。すでにスカイワールドへのこれ以上の居住者を受け入れることはできない、という厳しい現実がそこにはあった。


 父親は自分のふがいなさを嘆きつつ、病床で自分の半生について娘たちに語って聞かせる。かつては本庁の建設課の役人であり、スカイワールドの構想や建設にも一役買っていたのだという。しかし、このスカイワールドという魔窟は、人々を幸せにするどころか、逆に多くの哀れな敗者を生みだすだけのシステムだと悟り、職場を去ることにしたのだという。父は今となっては建設者として働いていたことを後悔していると語った。看病にあたっていたルカの手を強く握った。彼はそのまま家族に看取られながら息を引き取る。ルカは金持ちと才能者しか救おうとしない、この国の政府に失望し、スカイワールドを嫌悪して、そこへの移住を頑なに拒絶するようになる。


 数か月後、スーザンの歌の才能がついに政府からも認められ、彼女がスカイワールドへの居住権を得たことを、ルカは新聞紙の記事によって知る。スーザンは自力で生存を勝ち取ったのだ。しかし、自分には妹や弟たちを救う力はこれっぽっちもない。誰も救えないのであれば、自分はこれ以上生きるつもりもない、という反骨的な思想を固める。彼女は地上からの脱出に成功したスーザンを自然と避けるようになる。ふたりが顔を合わせることはなくなっていった。


 ある日、ルカは駅のロビーにおいて、体調を悪くして座り込んでいた青年に対して、自分の最後の貨幣を使ってパンを与えた上で介護をする。この男性はあくまでスカイワールド政策を推進し、民衆を救おうとはしない、冷酷な父親に嫌気がさして家出をしてきた役所の幹部のひとり息子であった。命を救われた青年は感激して、一枚だけ余っていたスカイワールドへの移住権を、ルカに譲ろうとする。ルカはこの青年の振る舞いに魅力を感じていたが、彼と一緒になって、その権利を行使するかどうかに迷うことになる。


 そして、地上に残る者たちにとっての最後の春がやってきた。スカイワールドへの移住権を持つメアリーとの別れの日、ルカの家族は街にひとつだけ経営していたレストランに出かけて全員で食事をした。みんなでメアリーとの思い出話に花を咲かせた。まだ四歳の末の弟までが無理に笑顔を作った。泣かないことだけが唯一のルールだった。役人が迎えに来ると、メアリーは巨大なゴンドラに乗せられ、恋人と共にスカイワールドへと吸い込まれていった。そんなメアリーの姿をルカは最後まで見届けた。彼女はその瞬間を我がことのように幸福に感じていた。


 同じ頃、プロの歌手となったスーザンは、スカイワールドへの移住審査を受けるためにゴンドラを訪れていた。しかし、自分の遠い親戚にスカイワールドの建設に反対を表明していた、反政府的な人間がいたことを理由に、移住申請が却下されてしまう。会ったこともない親戚の行為によって自分の幸福が取り消されてしまうのは理不尽だと感じた。彼女は判定人の役人たちに対して懸命に懇願したが決定は覆らなかった。彼女は政府の対応に絶望するが、やがてすべてを受け入れ、生まれ故郷の街に戻ることにする。


 その足は自然と劇場に向いた。リトル・アミーは営業こそしていなかったが、あの頃のままだった。彼女はスタッフも客も誰もいないはずの店に入り、舞台に立って歌い始める。それはかつてルカから購入した詩集から作った歌であった。気がつくと、客席にはひとりの女性の姿があった。始めは幻覚かと思ったが、何度見てもそれはルカであった。二人は抱き合って再会を喜びあった。人が百年を生きる時代もあれば、一年しか生きられぬ時代もあると、そう認識する他はなかった。やがて、二人は悲愴な決意を胸に、寄り添ったままに夜の街に出る。強い風にあおられて、白い灰が激しく二人の身体に吹きつけた。


「何も怖くないよ。あれは白い花だ……、まるで、白い花のように見えるね」


 親友へのその呼びかけが、ルカの最後の言葉になった。


 その数日後の朝、かつてルカに命を救われた青年は防護服を着つつ、彼女を探しに秘密裏に地上の街へと出かける。彼は街を彷徨い、劇場の奥へ進んだ路地の一角で、寄り添ったまま息絶えているふたりの女性の遺体を発見する。真っ白な灰に包まれたふたりの指には、お揃いの銀の古い指輪が輝いていた。青年はふたりはスカイワールドには入れなかったが、天国へと向かい入れられたことを悟り、黙って祈りを捧げる。地上は悪しき人間たちの行為によって、すっかり汚されてしまったが、白い灰を全身に浴びて地面に横たわるふたりの姿は、まるで天使のように見えた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。他にも多くの短編作品がありますので、できればそちらもご覧ください。よろしくお願いします。

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