表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/2

リトル・アミー 第一話

 西暦二千七十年、度重なる核戦争によって、太陽の光は完全に失われ、パリスの街には真っ白な死の灰が降り注ぐようになっていた。地上に住む人々は次々に倒れていった。最初は誰もが異常な事態だと思った。しかし、そういった光景に慣れてしまうと、多くの人は傘をさして、または何もささずに平然と家の外を出歩くようになった。あらゆる生物に死をもたらす、この恐るべき白の風景は、いつしかパリスの街を象徴する景色となっていった。


 国家の首脳はかつては空中と呼ばれていた空間に、広大な高層建造物スカイワールドを建造することをすでに取り決めていた。約二か月後、計画通りにそれが完成すれば、十数万人規模の居住が可能な巨大施設であったが、それでも市民の総数の十分の一程度を救うのがやっとだった。そこで潤沢な資金を持つ者、または類まれな才能に恵まれた、選ばれた人間たちだけを、安全なその施設へ住まわせることを決めた。その反面、地上に居残ることになる大多数の人間たちには、余命一年を宣告した。


 アンドル・ルカは両親を含む九人家族の四女だった。肌の色は褪せていて、一番大人しく口数の少ない子だった。元より貧しい家庭だったが、彼女は自分の父親がどのような仕事に就いているのかを知らないでいた。それでも、仲の良い家庭だった。市長(誰もその姿を見たことはないが)の特別な配慮により、ルカの家庭からは、ただ一人だけがスカイワールドへと送られることになった。自分だけが生き残りたいと願う者はひとりもいなかった。父親は仕方なしにくじ引きを作成し、子供たちの全員にそれを引かせた。その結果として、唯一の生存者としてルカが選ばれた。しかし、ルカはそれを固辞して、すでに結婚を約束した恋人のいる、三女のメアリーにその資格を譲った。


「おまえは助かりたくないのか? 生きたくないのか?」


 父親はルカにそう尋ねた。


「スカイワールドに行けば本当に幸せになれるの? そんなこと誰にも分からないわ。でも、私がここに残ることで、もうすぐ死ぬことになるのなら、きっと、それが運命というものなんでしょう」


 ルカは強い口調でそう答えた。貴重な権利を譲られた泣き虫なメアリーは、複雑な思いだった。しかし、立派な妹に反論するすべを知らなかった。兄妹たちは皆、残酷な運命の前に泣きじゃくったが、他にどうすることもできなかった。


 ある夜、ルカは街の場末にある、『リトル・アミー』という名の、小さな劇場を訪れる。決して、芸術鑑賞がしたかったわけではない。まるで何かに引き寄せられるような訪問だった。木造の汚れた建築物、壁には長い期間風雨に晒されてすっかり色の褪せたポスターが所狭しと張り付けられていた。チケット売りすら存在せず、段ボール箱にコインを投げ入れる仕組みだった。舞台を支えている古い煉瓦は、あちこちで崩れ落ちていた。薄暗い場内に客はたった五人しか見えなかった。彼らはこの公演が目当てではなく、死の灰から逃れるために、あえてここに入ったのかもしれない。


 この劇場の歌い手のひとりスーザンは、自分の才能をここで認められることで、ゆくゆくはスカイワールドの敷地へと招待されることを夢見ていた。彼女の出番はたった一時間の公演のラストだった。決して上手くはないその演奏を聴かされると、客のほとんどは最後までそれを聴かずに静かに席を立った。ルカは叶わぬ夢を抱くスーザンの、秘めた哀しみと寂しさが、まるで自分のことのように思えた。彼女は最後までその演奏に耳を傾けた。彼女の歌が終わると、たった一人の客として惜しみなく拍手を送った。スーザンはお礼を述べるために、その小さな舞台から客席へと降りてきた。互いに孤独だった二人は、すぐに意気投合して、自分たちの境遇を語り合った。やがて、無二の親友となっていくふたりの最初の出会いだった。ルカはスーザンの拙い歌には隠れた魅力があることを認め、毎日その店に通うようになる。


 ルカの父親は一年前に元の仕事を失職していたが、自分の子供のうち、できるだけ多くを救ってやろうと、不衛生な建築現場に赴き、多くの労働者と共に懸命に働いた。だが、悪魔のもたらす白い灰には勝てない。厳しい環境の中で、かえって身体を壊して寝たきりになってしまう。家は失望に包まれていた。家族の皆が、自分たちに残された時間は、とても少ないように感じていた。


 核のもたらす灰は毎日同じように淡々と降り続いていた。死神の足音は地上に生きる誰のところへも、着実に迫ってきていた。ルカは家族を救うために、自分が書き溜めていた物語や詩を少部数印刷して、それを売ってお金に替えようとする。しかしながら、道端にゴザを引き、店を開いても、当然のように一冊も売れなかった。数日後、たまたまそこを通りがかったスーザンが彼女の売り物に目を止め、その詩集を一冊購入していく。ふたりはその場で再び語り合った。道端のバザーでまったく同じ装飾の銀の指輪を購入すると、友情の証としてそれを身に付けるようになる。


ここまで読んでくださりありがとうございます。二話で完結します。今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ