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07.お礼


藤山くんのお父さんは、母の明るい言葉にきょとんと瞬きをした後、穏やかに微笑んだ。


「颯汰くんとお母様が優しい方で良かったです。海斗が入学式に、しかも人前であんな非常識なことを叫んだにも拘らず、快く赦してくださって……颯汰くん。あの時は、不快な思いをさせてしまって本当にごめんなさい。これからも海斗と仲良く――」

「非常識なこと? 颯汰、何の話?」

「え? 何の話だろう?」


母さんに訊かれるが、全く身に覚えがなかった。

二人で首を傾げていれば、藤山くんのお父さんは呆気にとられて、口をぽかんと開けていたが、その顔は徐々に隣の藤山くんに向けられる。


「まさか……カイくん、颯汰くんに謝ってないの?」


震え声で尋ねるお父さんに、藤山くんは間を置くことなく、逃げるようにさっと顔を逸らし俯いた。

するとみるみるうちに、藤山くんのお父さんの表情が険しくなり、強い口調で問いただし始めた。


「謝ってないのに、颯汰くんに纏わりついてたの……!?」

「……」

「上着の時も、ハンカチの時も、タオルの時も、洋服も貰ったのに、謝ってないの!? 信じられない!」

「……お、俺は悪くない……」


非難された藤山くんは、顔を向けずに弱々しく、もごもごと抵抗の言葉を口にした。罰の悪そうな青白い顔をしている。

その態度で火がついたのか、お父さんは烈火のごとくまくし立てるように藤山くんを叱った。


「どう考えても、見ても、カイくんが悪かったでしょう!? どうして謝ってないの!? 図々しく颯汰くんのケーキまで食べて、全然反省してないじゃない!」

「まあまあ、海斗くんも悪くないって言ってるし、颯汰も気にしてないみたいだし、いいんじゃないかしら?」

「いえ! こればかりは許容できません! この子、初対面の颯汰くんに信じられないことを言ったんですよ!?」


それから藤山くんのお父さんの感情がヒートアップしたまま、入学式で藤山くんが発言したことを掘り返され、母と僕は話が理解できた。


「なんだ。颯汰、振られちゃってたのね」

「振ってない……」

「まあ、運命の番が僕だなんて、受け入れられないもんね」

「受け入れてる……」


俯き、声を絞り出し、消え入りそうな声で否定してくれる藤山くんは、後ろめたさがあるのか肩身が狭そうだ。


藤山くんのお父さんが、不安を煽るように「ほら、カイくんが謝らないから二人とも誤解してるよ?」と冷たく突き放す。


ますます身を縮こませるので、僕は苦笑いを浮かべて、怒ってないことを主張するために、藤山くんのお父さんに穏やかに言葉を発した。


「僕も藤山くんに子供を産んでもらおうとは思ってないので、気にしてませんよ」


付き合うことすら夢のまた夢なのに、結婚なんて無理に決まってる。

僕がもっと何かに秀でていたら、藤山くんと釣り合うかもしれないが、今のところ何かの才能が開花する気配は皆無だ。

成績もαの中では、中の下だし。


藤山くんを見れば、俯き、金色の前髪から隠れ見るように上目遣いで僕の顔色を恐る恐る窺っていたので、僕は精一杯優しく微笑みかける。

伝わったようで、パッと華やぐような笑顔で顔を上げた。


「ほ、ほら! 颯汰も産まなくて良いって言ってる!」


虎の威を借りたように、藤山くんは元気を取り戻し、僕を指さしながらお父さんの袖を掴み、強気に言い返していた。


お父さんは少し気が削がれたのか、僅かにたじろぎ、僕を見たので、笑って頷けば、諦めたようにため息をついた。


「……本人が説明しないので私の口から言いますが、実はあの発言には理由がありまして……。私が海斗の弟を産む時に、海斗が立ち会いしたいって言ってくれたんですけど、思ったより難産で……なんと言いますか……私が叫んでる姿が怖かったらしくて、ちょっとトラウマになってしまったみたいなんです」

「あら。そうだったの。大変でしたね」

「私が痛みに強い方ではないから、海斗も遺伝してるみたいで。血も、注射も、テレビで見る手術シーンも昔から泣くほど怖がるんです」

「まあ。可愛い」

「だからというわけではないんですが、気を悪くしないで頂ければ……」

「出産は未知だし怖いわよねぇ」


母は頬に手をあてて、藤山くんに顔を向ければ、彼は必死にこくこくと頷いた。

出産は命がけとも聞くので、産まない僕が無理やり産んでほしいとお願いするのは、酷なことだ。

……そもそも、僕なんかでそんな状況になることはないし、高校生なので、無縁の話だ。

一悶着は取り敢えず過ぎ去り、話題は僕があげた洋服の話になった。


「それにしても、海斗が颯汰くんの洋服を持って帰ってきたときはびっくりしましたよ! こんなに巣作りに協力的になってくれるとは思ってなかったんで」

「喜んでもらえたみたいで良かったわ〜。颯汰ったら、貧乏性なのか洋服あまり捨ててくれなくって、どうしようかと思ってたのよ」


母さん、そんな余計なことを言わなくても……。

羞恥が芽生え顔が熱くなる。

藤山くんのお父さんは、これと言って気にすることなく、穏やかに微笑みながら藤山くんの方を向くと、金色の頭に手を置いて撫でた。


「昔はよく私の真似をしてて、一緒に巣作りしてたんです。――夢だったんだよね、大切な人で巣作りするの?」


藤山くんは僕の方をチラッと見てから、はにかんで頷いた。

お父さんと一緒に巣作りしている姿を想像し、微笑ましくなる。が、渡した洋服の状態を思い出して、恐縮しながら口を開いた。


「僕の服で巣作りしてもらえるなんて、光栄ですけど………あげたものがあんなボロボロな古着で、なんだか申し訳ないです……」

「そんなことないです! あんなに着古した洋服は滅多に得られないので、颯汰くんは巣作りに理解があって本当に羨ましいですよ! それに比べて、夫は直ぐに捨てようとするんです! 全部大切なものなのに! 古くなったものから、私に黙って処分してるのでその度に喧嘩になるんです!」


藤山くんのお父さんは、机を拳で軽く叩いて、回想しているのか机を軽く睨みつけて、熱弁し始めた。


僕と母の前だからか、言い方は柔らかい口調ではあるものの、声音には明らかに不満が含まれているので、洋服を捨てる行為がどれほど罪深いことなのかを物語っている。


藤山くんのお父さんは、不機嫌そうに口をへの字に曲げていたが、僕を見ると口角を上げて嬉しそうに笑った。


「それに比べて颯汰くんはなんでもくれるので、いい番ですよ。優しい人で良かったね、海斗!」

「ん」


捨ててって言いづらくなってしまった。

顔を合わせて朗らかな空気を発している親子を目の前にして、僕は窮地に追いやられる。

訴えを聞くに、長期間保有されるみたいなので、どうにかしたいが、信用されきっているのでなす術がない。

どうしようかと悩んでいれば、それ以上の問題が浮上した。


「だけど、夫が颯汰くんに嫉妬してるんです。今までは夫の服で疑似巣作りしていたのに、颯汰くんの服があるから、要らないって言われて。相当ショックだったみたいで、颯汰くんをライバル視してるんです」


もう一人の父親には敵対されていると知り、恐れから胸がどきりと跳ねる。

母が「海斗くんを取られちゃったみたいで、寂しいのね」と相槌を打ち、プレッシャーで息を飲み、胸の鼓動が速くなる。


会うことはないとは思うが、僕の知らないところで評判が悪くなってしまってるのは、よろしくない。


僕のせいで傷ついてしまったお父さんを立ち直らせるために、大人しく話に耳を傾けている藤山くんに声を掛けた。


「藤山くん、僕の服はたまに使って貰って、お父さんの洋服を優先して巣作りに使ってくれないかな?」

「匂いが混じって邪魔だから、もう使わない」

「じゃ、邪魔って言われたら、お父さん可哀想だよ……」

「可哀想じゃない」


低姿勢でお願いしてみるも、藤山くんは悩む素振りも見せずに、即答で素っ気なく首を横に振って却下する。

取り付く島もなく、困ってしまう。


「そうそう。家でもこんな感じで。益々、颯汰くんに嫉妬してるんですよね〜」

「あら、それじゃあ颯汰は随分と嫌われているかもしれないわね〜」


全く深刻そうではない、世間話の一環として二人は和やかに会話を交わし合っているが、それを聞いた僕は気が気じゃない。


嫉妬というか、お父さんが藤山くんを溺愛しているなら憎しみが募っているのでは?

顔の見えないお父さんの重圧を感じて、背中に変な汗が滲んできた。


「それで、今日はお礼に颯汰くんに洋服のプレゼントを持ってきたんです。海斗と一緒に似合いそうな服を選んだので、気に入ってくれるといいんですけど」

「え?」


予期せぬ申し入れに、素っ頓狂な声が出た。

藤山くんのお父さんは持参していた紙袋からラッピングされた包み紙を取り出すと、「ほら、海斗から渡して」と藤山くんに手渡した。

僕は慌てて両手を振った。


「そ、そんな! 気にしないでください! どうせ捨てる予定だった服だったんです! お礼をしてもらうようなものじゃないんですよ!」

「いいんですよ。どうせ最終的には海斗の手に渡ることになるんですから」


笑顔でさらりと返される。この服の再利用先は決定済みのようだ。

それなら、一時的に藤山くんから借りているってことで、気兼ねなく頂いてもいいのかもしれない。

藤山くんは立ち上がり、僕に包み紙を両手で差し出した。


「颯汰、洋服くれてありがとう。まだ足りないから、要らないのがあったら持ってきてね」


涼しい顔でおねだりされる。僕は苦笑いしつつも、立ち上がり贈り物を受け取った。


「僕に似合う服を選んでくれてありがとう。それじゃあ、これから沢山着て匂いをつけるね」

「ん。次は下着も贈る」

「し、下着はいいかな……」


まさか下着まで巣作りには使わない、よね……?

一抹の不安がよぎるが、もしも使わないと言われて、何言ってんだこいつ?と冷たい目を向けられたら身の置き場がなくなるので、訊くのは憚れた。


そして穏やかな談笑の時間が流れ、連絡先を交換して藤山くんたちは帰ることになり、家の前にタクシーが着くと、母とともに二人を見送る。


「今日はありがとうございました」

「またいつでも遊びに来てね」

「藤山くんもまた学校でね」

「ん」


手のひらをあげると、藤山くんも応えるように腕を上げてくれて、長く大きい袖口から指の部分だけが見えた。

指が動くと袖口が曲がり、まるでパペットを動かしているように思えて、可笑しくてふっと笑ってしまった。

すると僕たちのやりとりを横目で眺めていた藤山くんのお父さんが、ほっとした表情で口を開いた。


「海斗の相手が颯汰くんで安心しました。いい意味でαらしくなくて、まるでβといるみたいに安心できるので」

「私と旦那がβだからかもしれないわね。実は私、未だに颯汰はβなんじゃないかって疑ってるのよ」


僕も母に同意見だ。きっと僕はβだと思う。

藤山くんのお父さんは、緩やかに首を横に振った。


「いえ、海斗の運命の番であるなら、αで間違いはないと思うんですけど、今まで感じたことのない……αなんですよね」

「平凡だものね」


母は笑い、僕も苦笑いをする。平凡なαは、藤山くんのお父さんΩから見て、どうやらある意味、特別なαのようだ。



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