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ニの五


「えっと、まずこの夢の象徴であるお前の話を聞きたいのだが。お前から見た俺はどんなんだ」


 そう、俺はこの長い夢の意味を知るべく少女に話しかけたのである。

 少し直球かとは思ったが、生憎遠回しに伝えられる語彙力を俺は持ち合わせていない。

 少女は俺の問いに対し、小首をかしげる。


「はぁ夢、ですか。そういえば先程もおっしゃっていらっしゃいましたよね。何故夢だと思ったんですか?」

「だって夢以外にないだろ…」


と言いかけたところで、俺の頭をとある考えが過ぎる。


(もしかしてこれ、現実…?)


 その考えとはこれが現実であるという、普段の俺ならば鼻で笑い飛ばしているだろう荒唐無稽なものであった。


「どうかしましたか?」


 少女が不思議そうに俺を見てくるが、俺は少女を無視し冷蔵庫を覗く。

 この夢は現実的なので断言は出来ないが、夢ならば冷蔵庫に何か入れたとしても消えているか、買った記憶のない物が入っていると考えたからである。

 だが、俺の微かな希望は簡単に打ち砕かれた。

 冷蔵庫の扉を開けると、そこには昨晩買った物が入っていたのだ。俺は急いで財布を取り出し、今日のレシートの日付を確認する。

 確か眠る前は5月16日であったので、これが夢ならばレシートにはそれ以外の日付か、同じ日付が記されている筈だ。


『  セントー  

 ーーーーーーーーー

 20××年 5月17日 』


 俺は自分の目を疑った。

 レシートには5月17日と記載されており、俺の考えが正しいとすれば今は夢の中ではなく現実であるのだ。


(あぁ、そっかうん。この夢はえらく現実的だもんな。時間も進むよな。うん」


 俺は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた筈だが心の中で呟いたと思った言葉はいつの間にか口に出ていたらしい。


「あれー、もしかしてですがー社畜さんは今、そして私を夢だと思っているんですかー?」


 少女が悪魔らしい悪い顔をしながら俺に話しかけてくる。

 その上語尾も伸びておりとてもうざい。


(こいつ、俺が真剣に考えているのに…ぶん殴りてー)


 流石に人を殴ることはしないが、あともう一押しされれば俺は少女を殴ってしまうだろう。

 夢だとしても人、ひいてはか弱き?少女を殴るのは、怒っていても流石に罪悪感を覚える。

 だが、俺が我慢していることもつゆ知らず、少女は俺の前で、


「え?夢だと思っていたんですか?ねぇねぇ」


と更に煽ってくる。

 だが、それに言葉を返してしまうと俺の怒りが我慢を出来なくなると思ったので、俺は自分の怒りや混乱を鎮める為に黙る。

 すると、少女の煽りは段々と勢いを落としていった。


「あ、あの。もしかして怒っていますか。すみません、調子に乗り過ぎました。あの、なので喋ってください」


 どうやら少女は、俺が怒っているので喋らないと思っているようだ。

 まぁ、その通りなのだが。

 それにしても、少女の意思と言うか何と言うか、少女の何かは弱い。

 俺は少女のおどおどした態度が少し面白く感じ、いつの間にか怒りは何処かへ行ってしまった。


「ごめんごめん、別に怒ってた訳じゃないから、うん。だから泣きそうになるなよ」


 俺が少女に声をかけると少女の泣きそうだった顔は一変、眩いばかりの笑顔とまではいかないが小さな花のような笑顔が彼女の顔面に咲いた。


「なら良かったです」


(調子がいい奴)


 あの少女の泣きそうな顔は嘘だったのか、と思ったがそれは一旦置いておき、俺は少女に向き直り話し始める。


「えっと俺は今が夢だと思っているんだ。だがよく考えてみると、どうやら現実の可能性の方が高い。お前はこれは夢だと思うか?」

「現実ですよ」


 ばっさりと切り捨てられる。


(まあ夢で、自分は夢の人物であるなんて言わないよな。此処で悩んでも仕方がない。今を現実と仮定しても…)


 俺は自分の考えを整理しようと今この状況を現実と仮定してみるが、やはり少女の存在が一際違和感を放っており、これが夢である可能性が高いことを語っている。

 だが、夢にしては時間の流れも遅く、痛覚や思考などもしっかりと残っており、それが現実であるという可能性もあることも語っている。

 だが、此処で夢としても少女との話が進まないので一旦現実と仮定することにした。


「えっと、社畜さんは今が夢だとお考えなんですよね。ですがこれは現実です。何処からどう見ても現実ですよ。頭大丈夫ですか」


 自称悪魔に言われるととても嘘臭く感じる。


「分かった。今が現実だとしようか。だったらお前は何なんだよ」


 俺は少女に、世界の謎よりは小さいがとても重要な疑問をぶつける。

 そう、今が現実であったとしても少女は何者なのかという疑問が残るのだ。

 そんな疑問に少女は小さく咳払いをし、


「我が名はライヤ・ボティス。未来を予知し過去を覗く者である」


と昨晩も聞いたような自己紹介をする。


「まぁ簡単に言うと悪魔ですよ、悪魔。いくら社畜の社畜さんとはいえ流石にご存知ですよね」

「ああ、だが現実に悪魔なんていないだろ」

「此処に居ますって!」


(ああそうか、こいつは所謂…)


 俺は此処で気付く。

 いや、気付いてしまった。


(…厨二病だ)


 此処でやっと納得がいった。

 少女が厨二病と仮定すれば、少女の格好はコスプレで少女の言動は可哀想な奴で片付けられる。俺が、


(可哀想な奴)


と少女に生暖かい視線を送っていると、少女は視線に気付いたようで少し怒りを含んだ声で俺に対して突っ込みのようなものを入れてくる。


「何ですか!その目は」

「別に生暖かい視線なんて送ってないぞ」

「嘘をつけ!私は生暖かいなんて言っていませんからね!」


 少女が厨二病であると理解すると、ある程度俺の心に余裕が出来た。

 当然、俺の頭には突然少女が現れたという昨晩の記憶はある筈がなかったのだが。

 少女は口を尖らせながら話を進める。


「悪魔は存在しますからね!まぁ普段は、人間みたいな小さな存在になんて絶対に観測出来ない次元に居るので分からないのも仕方がありませんが」

「ふっ」


 ついつい、少女の話を鼻で笑ってしまう。

 これは決して煽っている訳ではない。


「ふって何ですか?ふって!まさか疑っているのではありませんよね」


 俺の煽りに、いや返事のようなものに少女は尖らせていた口を更に尖らせた。


「私は悪魔なんですー!正真正銘、由緒正しき悪魔です!」


 そう喚く少女に、到頭俺の頭は付いて行けなくなり、少女に現実を突き付けようと、遂にとある言葉を放ってしまう。


「悪魔、悪魔って証拠はあるのか?」


 言ってしまった。

 この時、俺の胸中には、少女が何も言い返せず、俺の家から去るだろうといった安易な考えだけが占めていたのだが、後々に俺はこの発言を後悔することになる。


「…」

「ほら何も言えないじゃないか。お前のお陰で早く帰宅出来たことには感謝しているが、例え厨二病であったとしても、流石に未成年らしき家出少女を家に泊まらせているとなれば、俺は誘拐罪とかそんなので逮捕されてしまう。お前の事情は知らないが、ずっと此処に置いておくことは出来ない。今日は泊まってっていいから明日には出て行ってくれ。…まぁ過ごした時間は短いけれど楽しかったよ。ありがとうな」


 俺が少女に優しく諭すように言うと、少女は小さな声でぽつりと何かを呟いた。


「…です」

「ん?何か言ったか」

「私は…私は本物です!」


 最初は何を言っているのかよく聞こえなかったのだが、俺が聞き返すと、少女は大声で自分は本物の悪魔である、と今にも泣きそうな顔で言ってきた。


「だから証拠「証拠を出せば認めてくださるんですね」


 少女は余程悲しかったのか悔しかったのか俺の声を最後まで聞かず、割り込んでくる。


「あ、あぁ」


 俺は少女の余りの気迫に何も言い返すことが出来ず、ただ頷くだけの存在になってしまう。


「じゃあ証拠出しますよ、これで認めないはなしですからね」


 そう言って少女はぶつぶつと何かを唱え始めた。

 日本語でも何語でもなく、俺の知識不足かもしれないが俺が聞いたことのない言語。

 そして理解しようとしても拒まれるているような冷たい言葉であった。

 少女が唱えていると、段々と少女の周囲が謎の光に包まれ始める。

 それは俺が忘れていた、少女が最初に現れた際に放っていた光と酷似していた。

 俺はこの異様な空気に何も言えず、只々少女を見詰め固まっていると、少女は遂に詠唱を終える。


「ーーーパリヴァンティニン クランム」


 少女が唱え終わると同時に少女自体が発光し始める。

 少女は自身を悪魔だと言っていたが、その姿はまるで対極にある天使と呼ぶに相応しかった。

 余りの眩さに直視出来ない。

 少し、と言っても二十秒程度なのだが、段々と光が収まってくる。


「な、何なんだよ」


 俺は言いたいことや混乱は沢山あったが、今はそれしか口に出せなかった。

 やっと光が収まり、俺は先程まで眩い光を発していた源に目をやるが、血色が悪く、真朱の瞳である少女の姿は見当たらない。


「ま、マジックかよ…」

「消えてはいませんよ。私は貴方の目の前に居ます」


 俺の混乱から出た言葉に返すように少女の声が聞こえてくる。

 だが、少女の声は右でも左でもない、かと言って正面でもなかった。

 少女の声が聞こえてきた方向は俺が向いている方向、真正面よりも下、そう俺が見詰めている壁の下である床であった。

 俺が慌てて視線を下に向けるとそこには…


「これが私の真の姿です」


と音を発している蛇の姿があった。

 蛇は天井の光を受け、てらてらと『白藍』に艶めいており、額には『深碧しんぺき』の角、そして極め付けには少女の瞳と同じ『真朱』の瞳を持っていた。

 蛇の角は作り物のようには見えず、神経が通っていそうな程精巧に出来ている。


「ら、ラジコンだよな…」

「社畜さん」


 俺が現実を拒否するかのように呟くと、蛇はそれを否定するように音を発する。

 その音は先程まで聞いていた少女の声と酷似していた。

 それに加え、音の聞こえる方向、身体的特徴、謎の現象。

 それが意味することは明白であった。

 だが、俺の小さな脳は理解しようとすることを先程よりも、より強く拒否している。


「いやいや、そういやこれ夢だよな。うん夢だ夢。だよな」

「認めると言ったのは嘘なんですか」


 夢であることを先程は否定したが、撤回する。

 これは紛れもなく夢だ。

 蛇を使ったマジックを披露する厨二病少女が俺の家に居るという疲れた夢だ、いやそうであって欲しい。


「夢ではありませんよ。これが現実であり真実です」


 俺が茫然と少女らしき奇妙な蛇を凝視していると、少女はまたもや何かを唱え始める。

 それと同時に辺りが光に包まれ始める。


「ーーーマラング マヌンガサ」


 そう唱え終わった少女の姿は、先程までの奇妙な蛇の姿ではなく元の血色の悪い少女の姿へと戻っていた。

 だが、変身が終わっても少女は何かを話す訳ではなく、座っている俺の目の前に黙って仁王立ちをする。

 逆光で少女の顔がよく見えず、少女が何を思っているかも、考えているかも分からない状況で俺は何も言えずにいた。

 少しの間だが沈黙が辺りを包む。

 気まずい空気の中、何を話しかければいいのか考えられない自分が憎い。

 そんな重い空気の中、最初に口を開いたのは少女であった。


「…信じていただけましたよね」


 少女の声は震えておらず、とても静かに、だが有無を言わさない雰囲気を纏っていた。

 俺は少女の雰囲気に押し潰されそうになりながらも何とか言葉を考えるが、中々出てこない。

 俺が悩んでいると、少女がまた口を開くのが何となく、空気の流れで分かった。

 俺はこれから何が起こるのか、何を言われるのか、と身構えたが少女から聞こえた声は俺が想像していたものと違っていた。


「そんなに怯えなくても大丈夫ですってばー」


 頭上から、俺が可笑しいのかのように笑っている少女の声が聞こえる。


「な、何なんだよ。夢、だよな…」

「あーもー、認めるとおっしゃっていましたよね?まさか、二言などがある筈ありませんよねぇ」


 目が笑っていない。

 俺は少女の無言の圧に思わず折れてしまい、


「あぁ」


と答えてしまった。


「よろしい!では私に続いて復唱していただきましょうか」

「な、何をだよ」

「い、い、で、す、か!」

「は、はい」

「では大きな声で元気よく!高潔な悪魔は存在する!はいっ」

「こ、高潔な悪魔は存在する…」

「声が小さいですよ社畜さん!高潔な悪魔は存在する!はいっ」

「こっ高潔な悪魔は存在する」

「まだまだですよ社畜さん!高潔な悪魔は存在する!はいっ」

「高潔な悪魔は存在する!」

「まぁまぁの出来ですね。まぁいいでしょう。これで信じて下さいましたか?」

「あ、あぁ」


(何処の体育会系だよ。ていうか、信じるも何も関係ないだろ)


 俺は社畜であるが故に体力がある筈もなく、少しだが肩が上下してしまう。

 まぁ自分で自分を社畜と呼ぶのは少し、いやとても虚しい。

 だが、この超常現象などを目の当たりにした今としては、もう現実から目を背けることなど出来る筈もなく只々現実を受け入れるだけであった。

 まぁ現実だとしても少女が満足気に頷いているのでもういいだろう。

 つまりは諦めである。


「もう社畜さんったら、もっと早くに信じて下さいよ。実は変身するのって結構体力っていうか精神力が削られるので、本音を言うとしたくないんです。まぁ蛇の姿でもいいんですが、意外と不便なんですよ、蛇。ですが、社畜さんときたら、信じていただけないので仕方がなく変身しましたけれど」


 少女が満足気に頷いたと思ったら、急に説教のようなものが始まってしまった。


「魔法も何も存在するのに認めない強情さは褒めるべきところですが、頑固ですね」

「そりゃどうも」

「信じましたか?」

「お陰様で」

「でしょう、でしょう。なんせ私は高貴な悪魔なので、認めさせるなど朝飯前です!」


 俺が出来得る最大限の皮肉を少女に送ったつもりであったが、肝心の少女には届いていないようであった。


(諦めよう。諦めも肝心だ)


「まぁ社畜さんが夢だと、そして私をちゅうにびょう、でしたっけ?と思っていても、私が悪魔であると認めていても、いなくとも契約は契約ですからね。まさか破棄したいなどおっしゃりませんよね」


(そういえば契約なんてしたっけか)


 超常現象や駄々を捏ねる姿などの癖の強い出来事に契約などすっかり抜けていた。


「契約、か」

「あーまさか!本当に契約を破棄出来るなど考えていたんですか?契約不履行の場合は…そういえば決めてなかった」


 少女がそう呟く中、俺は昨晩の記憶から契約の内容を掘り起こす。


(そうそう、対価が魂ではなく料理でいいってやつか)


「社畜さん社畜さん、契約の存在を思い出したところで、もう一度契約内容をおさらいさせていただきますね」


 どうやら契約を少しだが思い出したことが顔に出ていたらしく、少女はまたもや何処から取り出したのか分からない小さなホワイトボードを手に持ち、俺の返事を待たずに話を始める。


「この契約は私、ルイヤが社畜さんに未来予知する能力を与える、いえ貸し出すの方が正しいですね。その代わり私に社畜さんの料理を捧げるといったものとなります。そして此処からが重要なんですが契約不履行の場合は即刻魂を頂きますね。そして…」

「ちょっと待て。俺はそんなこと聞いてないぞ」

「そりゃあ今決めましたから」

「駄目だろ」

「悪魔ですから」


 少女、ルイヤは如何にも悪魔であるような笑みを浮かべる。

 思わずルイヤに対し手を上げそうになるが、寸前のところで抑える。


「じゃあ契約破棄は出来「ません」


 俺の言葉に被せるように、最後の希望を打ち砕いてくるが俺は諦めずに続ける。


「お前、クリーングオフって制度を知っているか」

「悪魔には関係ありませんね」

「…」


 俺は言葉に詰まった。


「まぁでも悪いことじゃないですよ?未来予知が出来る私と契約出来るなんて。しかも魂ではなく料理で契約を出来るなど、なんたる幸運なんでしょうか。普通は召喚すらも出来ませんし、召喚してもそこで死にますからね。意外と知られていませんが、召喚って変身と同じく結構体力使うんですよ」


 俺は知らず知らずのうちに危ない橋を渡っていたようである。


「分かりましたか?」

「ちょっと待て、未来予知って何だ」


 ルイヤは未来予知が出来ると言っていた。

 そんな夢や浪漫に溢れた言葉を聞いたのならば、誰しも気になるであろう。

 そんな俺にライヤはわざとらしく手を口元に添え、


「そんなことも知らずに私を召喚したんですか?」


と煽りを入れてきた。

 ルイヤの発言と仕草は俺を馬鹿にしたようであるが、表情から察するに言葉の方は素だろう。


「まぁいいです。ではご説明させていただきますね。まず最初に、何か勘違いなされている方が多くいらっしゃるので未来予知についてからを。未来予知って言っても万能そうで、実はそんなに万能ではないんです。他の未来予知をお持ちの方は知りませんが私の未来予知は契約者の魂を糧にし使用可能になります。まぁ魂と交換で未来予知が出来るって感じですね。ですが魂といえど有限なので、やはり使用限度が存在するんです。此処で疑問が浮かぶ筈。さあ社畜さん!」


 俺は真剣にルイヤの説明を聞いていたので、突然の質問に直ぐに返答することが出来なかった。

 だが、ルイヤはそんな俺を無視し、話を続ける。


「そう、そうです!何故我々に見返りがないのに契約をするのか、です!そうなんですよ、分かってますね。魂は消滅してしまうので何も手元に残らないんです」

「おい」

「ですが我々は魂を消費する時に魂の記憶を食べるので、それが対価になっているのです」

「おいって」

「驚きました?驚きました?そんなことも出来るのか!って」

「だから、おいって!」


 ルイヤは一人自分の世界へ浸ってしまっていたので戻すべく、大声を出すとルイヤは一瞬で黙った。


「すみません、熱が入り過ぎてしまいました」


 ルイヤは先程よりは小さい声で言う。心なしかルイヤが少し小さく見えた。


「では、話を戻しましょう。本来ならば契約者の魂を糧に未来予知をするといったところまでお話ししましたよね。ですが今回の契約は違います。料理での契約は魂よりは格段に燃費が悪いのですが、半永久的に使用できるんです。凄いですよね。一般男性の魂だと一年程先を見るのに平均十回程度で魂が消滅してしまうのですが、料理だとまぁ前例がないのではっきりとは分かりませんが、このままならば半年程先を見るのに約六十回程度の食事で可能になります」


 ルイヤの資料、ホワイトボードには分かりやすくまとめてある。

 意外な才能だ。


「お分かりいただけましたでしょうか」

「あぁ、なんとなく理解した。つまりは一日二食で未来予知可能ってことだよな」

「まぁそんなところです。では社畜さん、これからよろしくお願いしますね」


と、ルイヤはその血色の悪い手を俺に差し出してきた。

 俺は軽くその手を握る。


(まぁ悪い話じゃないの、か?)


「ああ。よろしく」


 俺は現実から目を逸らし、理解することを諦めた。


「あのー、もう終わりでよろしいでしょうか」


 握手し終わると、ルイヤは俺に上目遣いで聞いてきた。

 おそらくぷりんという存在を早く吸収したいのだろう。

 俺はルイヤに軽く微笑みかけ、


「ごめん、もういいぞ。ありがとうな」


と言った。ルイヤは目を輝かせながら、


「いただきます」


と言いながら素早く焼きぷりんの蓋を剥がし、ぷりんの柔肌をスプーンで滑るように掬う。

 ぷりんを美味しそうに食べるルイヤの姿は、何処となく小動物を彷彿とさせる。

 だが、ずっと見ている訳にはいかないので、俺は使用した食器を洗うべく、自分の食器を手に台所へ向かう。

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