番外編 〜手紙。その頃、娘は〜
お読みいただきありがとうございます!
以前、短編として現実世界の娘の状況を書いたものを、こちらに番外編として再編集いたしました。
梅雨の中休みとも思える、よく晴れた日。
少しだけ湿気を帯びた、柔らかい風が吹いた。
どこから風が入って来たのかと、視線を窓の方にやる。けれど、開いている窓はない。
白い枠組みの大きな窓の外には、昨日までの雨露が光に反射し、キラキラと緑が揺れているだけ。
憧れのジューンブライド。今日は、私の結婚式だ。
慣れない締め付けと、ずしりと重いウエディングドレスに包まれて、式が始まるのを静かに待っていた。
そんな、ポッカリと空いた時間に、色々な出来事を思い出す。
この姿を一番見せたかった母はもういない。
◇◇◇
子供の頃、母と父の馴れ初めをちょっとだけ聞いた事がある。
出会いは、一回コッキリの模擬挙式のバイトだったそうだ。
その後、仕事でばったり遭遇し、縁あって結婚に至った。
父と母の関係は面白い。
見た目とは裏腹に母の方が男っぽく、父が女性的なのだ。もちろん『性格的に』という意味で。
掃除や物事に対して細かい父は、私の生活態度や恋愛事情にもかなり干渉してくる。面倒見が良いからなのだけど、ちょっと鬱陶しい時がある。
しかも、テレビで感動的な場面を観ると、涙ポロポロこぼしてるし。
対して母は、無頓着。
子供や家事に無関心でなのではなく、とにかく大雑把なのだ。そのくせ、仕事は徹底していて、手先は器用で機械などにも強い。
「ホコリじゃ死なないしぃ……」
「ちょっと味付け間違えたけど、胃に入ったら一緒よね」
「ちょっとした親への反抗期なんて、私達だってあったじゃない。成長過程だから、いいことよ〜」
「彼氏が出来たのに隠すって? 私も親には内緒だったしねぇ」
「ソファーで寝落ち? 私もよくやってたし、風邪ひいたら自己責任だから!」
てな、具合だった。
よく喧嘩にならないな……と不思議だった。
小さな頃から怒鳴られた事は一度も無い。
私が癇癪を起こしたら、その場では叱らず、落ち着いた寝る前とかにゆっくりと、何故それがダメだったのか納得するまで話してくれた。
ただ。
そんな母でも、人に対しての悪口で、「死ね」とかそれに近い言葉だけは許さなかった。その言葉は絶対に軽はずみで出してはいけないと言っていた。
本当に、大切な人が居なくなる時に、その言葉の重みが理解できるはずだと教えてくれたのだ。
ある日。
部屋を片付けていた時に、母が独身時代から飾っていた写真立てが目にとまった。
父と愛犬がゴロゴロしている変な写真。色褪せてきたし、せっかくだから中身を家族写真に取り替えようとした。
「きゃー! ダメダメ、開けないでっ」
「なんで? 家族写真のが良くない?」
「違うの! 実はね、その写真の裏には、結婚したばかりの時にパパに宛てたメッセージが入ってるの」
顔を真っ赤にして、照れながら教えてくれた。
「何かあって、先に自分が死んじゃったら、パパはママが幸せだったか疑問に思ったり、悲しんだりするかもしれないでしょ? あの性格だし。その時に、これを見つけてくれたらパパの心が軽くなるんじゃないかと思って。ママは長女で跡取りだったのに、お嫁にきちゃったからね」
パパはマッチョで強そうなのにメンタル弱めだから……と、笑っていた。母は逆に超ポジティブで、全くウジウジしないし天然だ。
「今日ね、お客様に『見た目超女子力高いのに、中身は武士だよねっ!』て言われちゃったー! 落ち武者って、ショックなんだけど……」
「……落ち武者」
なぜそうなる?
どうやら武士と言われて連想したのが、時代劇の落ち武者の姿らしい。たぶん、最近観たコメディ映画のせいだろう。
性格が武士とは、言い得て妙だけど。
そんな母が、突然逝ってしまった。
彼氏を紹介して、家族との団らんを楽しんだ後の事だった。
父も私もショックで泣いた。どうか嘘であってほしいと。葬儀が終わっても毎日泣いていた。
泣き疲れた頃。ふと、先に癌で亡くなった、母方のおばあちゃんの最後の言葉を思い出した。
『人はみんないつかは死ぬの。でも、また生まれ変わるんだよ。だって、優しい良い人や頑張った人が早く逝ってしまうのはおかしいでしょ? だから、また次の人生が待ってるの。お葬式はちょっと早いお誕生日会だと思って、泣かないでいいんだからね』
そんな、おばあちゃんに育てられた母は、祖母の葬儀で泣かなかった。
だからもし、母がそばに居たら、自分のことで悲しむ必要は無いと言うだろう。
そうして、父と私は悲しみを乗り越えた。
母は、きっと何処かで生まれ変わって、元気に人生を謳歌しているに違いない。
最近は異世界転生なんて話がよくあるものね!
◇◇◇
今日は、披露宴の最後に父への手紙を読む。
昔、母と企んだのだ。
題して私の結婚式で『パパを泣かすぞ大作戦!』を。
私を育ててくれた父と母への想いを、しっかり伝えよう。
そして、いつか父に、母の大切にしている写真の中に、メッセージがある事を教えてあげるのだ。
今はまだその時じゃない気がするの。今日は私の手紙で泣いてもらわなくちゃ。
――トントンと、ノックが聞こえ介添えさんがやって来た。
「お時間になりました」
よし、父と歩くバージンロードへ向かおう!
重たいドレスの裾を持ち上げる。
――と、その時。
開いていないはずの窓から、ひゅうっと優しい風が吹いて、頬を撫でた。
『さあ、頑張ってパパを感動で泣かしてらっしゃい』
そんな楽しそうな声が、聞こえた気がした。




