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闇と光の混血児  作者: maria
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 水晶を覗き込んでいた四人は、息を止めたまま見入っていた。ここからは、はっきりと記憶にも新しい。

アダリアたちの新たな旅はここから始まったと言って過言ではないのである。すなわち、ルスカという最後のピースを有し、地底世界へと新たな目標を掲げたこの時から。

地上世界においては、ルスカの瞳は時開かれるものの、何かを意志を持って見詰めるようなことはなく、すぐに諦めたように力なく閉じられた。何も口にしなければ、指一本動かすことも無い。アダリアは長らくルスカの声も聞かなかった。

世界が変わるまで。

 そしてこれらは、既にある程度予想されていた事態ではあったが、サーシャの感動的な再会と合わせて、発狂に似た激昂があった。それに伴う決別があった。自分達を応援し力づけてくれた市井の人々との間にも、後ろ暗い壁が生じた。間の城が堕ちたこと、即ち魔王を滅したことに対する涙ながらの感謝の言に、アダリアはちょうど今と同じ罪悪感めいた心持にはなれど聊かの感動も浮かばなかった。

 これで終わった訳ではない。ルスカは魔を生み出した訳ではない。もっと巨きな、魔の全てを司る存在を倒さなければ、この平和は束の間のものとなってしまう。欺いている、という実感を有するアダリアにとって、魔を滅するべく己を掻き立てることでしか己を救うことが出来ない気がした。ルスカを背負い、人間と己の過去への裏切りを背負い、アダリアは次なる目標に向かって歩み出した。

 幸運なことに、その意志は共有された。

 ファナンは新たな呪術を習得し、更には幾多の呪術師との交流を深め、種々の伝説や神話を学んだ。リスティンはその地位を利用し、普段は開けられぬ古代書の集まる図書館に入り、魔の存在についての種々の伝説を手繰った。ディノルタも各地に散在する同業者から、大小様々な異変を伝え聞いた。

 アダリアは天に向かって耳を澄ました。魔を滅するという目的に向かって邁進したのは、自身が特別な存在であると意識していた為では無い。しかし時折、紛れもなく自身に、自身のみに向けられて降りてくる宣託があったのは、確かだ。それは己に告げている。ルスカを生かすこと。それからルスカを司っていた何者かが世界のどこかに存在すること。それを滅する使命が己にあること。それに比すれば人間を裏切った罪悪感などは、無にも等しい。

 そして――奇蹟が幾重にも重なった。

あらゆる苦悩と罪悪とを呑み込もうとするかのような巨大な穴が、彼等の目の前に強暴な口を開けた。暗闇の奥から轟音を立てて吹き込む冷風が、その先が単なる無ではないことを示していた。

 「本当にもう、ここから別世界へ、って感じね。」

 リスティンは気丈な笑みを浮かべながら、乾いた唇をひらりと舐めて湿した。

 「もうここから早速悪魔の巣窟じゃねえか。やつらの匂いがぷんぷんすらあ。気が利かねえこった、境界域もねえ。」

 ディノルタは乱杭歯を見せ付けながら、まんざらでもなさそうにその岩のような肩を回し始める。

 「昔は境界域があった。それがここまで侵食されてしまった。」伝承の類にはしっかり重きを置いて考える癖のあるファナンが、そう呟いた。

 「さあ、行こう。何を言っていても始まらない。」

 四人は、互いに力強く微笑みながら、頷き合った。アダリアとディノルタは未だ眠りに就いたままのルスカを両脇で支えながら、巨大な大穴へと飛び込んだ。


 天窓から覗く月はわずかに傾いただけである。意識が喪失してどのぐらい経過しているのであろう。ルスカはゆるゆると瞼を開いた。ここはどこであろう。城の地下牢ではないように思われた。それにしては豪奢な寝台に自分は寝かされている。

焦点の定まらぬまま、しかしそれでも月一つ閉じ込めたような金と銀の瞳は憂いと諦め、そしてもの凄い絶望を秘めていた。

 ルスカは混乱しつつもゆっくりと寝台の柱を掴み、満身の力を込めて己の体躯をそこから引き摺り下ろした。暫し衣擦れの音と共に、荒々しい呼吸が響き渡った。そして肩を上下させながら目の前に現れた階段を静かに見据えると、そこへと満身の力を以て這い出した。とかく外へ出て、ここがどこであるのか確かめたかった。

 それはこの上ない難事であった。ルスカは階段へ到達するまでに、幾度となく頭を床に付け、呼吸のみに身体の全ての動きを集中しなければならなかった。手足は震え、僅かに前へ出すのに非常な時間を有した。それでもルスカは白い衣服を引き摺りながら、階段を這い上らんとした。

 ルスカの病室として宛がわれたこの棟には、高く見張り台が設置されており、長い螺旋階段が続いていた。ルスカは呻き、意識さえ時折喪いながら一段、一段と必死にそれを這い上った。痛苦がルスカの意志を悉く滅さんとした。呼吸の困難、痺れる手足、僅かに動かしただけでも襲い来る疲労、中でも最も過酷であったのが、胸の痛苦であった。それに耐え兼ね、洩れ出ずる嗚咽を殺さんとルスカは幾度も両手で口を塞いだ。

 星図は変わり、月は落ちる。黎明。

 ここはどこであろうか。地上世界のどこかであることは確実であるとしても、記憶にはなかった。

 見張り台として作られたそこは、遮る壁も無く、月の光だけが満ちていた。ルスカにとってそれは身を焼く程の光量の筈であった。

 ルスカはそこに倒れ込んだ。両手で顔を覆い、荒々しい呼吸を何とか収めると、小さな悲叫の声を漏らした。

 「……サーシャ。」

 喉の奥で引き留めようとでもするように、声は震えていた。

 「……サーシャ。」

 一度呼んだら止められなかった。こんな行為が許されることでは無いのは知っていた。と同時に、相も変わらず、人類を滅したい、かの人の近くにいる全てを滅したい、そう襲われるように思って、しまう。彼の人と二人になりたいと。そればかりに。あれは幻覚なのであろうか、――自分を心配して部屋を訪れるアダリアに対してでさえ、首に潜む柔らかな急所を眼で追ってしまう時があった。あそこを撃てば、容易に殺せると――。自らを生かし、自らを救ってくれたアダリアを。なぜなのか。罪を重ねることが己の生であり、如何に悔いても、如何に嘆いても、それを免れることが出来ないことが厭という程に痛感され、ルスカは苦しかった。全てを殺戮でしか解決できないのだ。そうやって、生きてきた。それ以外の術は、何一つ、知らなかった。

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