王都到着の道で
6月22日 夕刻
魔物や盗賊に襲われるとういうお決まりの事件も起きず、三日目の宿についていた。順調にいけば明日の昼過ぎには、王都に到着する予定だ。
順調のはずなのだが、ユウキの顔は晴れてはいなかった。その原因は、今ユウキの目の前にいる女性騎士のローザである。
「ユウキ殿、いつになったら模擬戦をしてもらえるのですか?」
「だから、都合がよくなったらと言っただろ」
「そればっかりではないですか! いつになったら都合がよくなるのですか」
「とりあえず、今からお風呂に行くから今日は無理」
最初は、余所行きの言葉づかいで話していたがもう今となっては、素の言葉遣いになってしまっている。
模擬戦をやると言ってから、毎日のようにこのようなやり取りがされている。
「なら、今から模擬戦をやればいいじゃないですか、お風呂の前ならむしろ調度いいです」
「こっちは調度よくない。もうそういう気分じゃないので失礼」
ユウキは駆け足で大浴場の方に逃げ込む。
「明日は必ず受けて貰いますよ!」
ユウキは背後からの声を完全に無視して、脱衣所で服を脱ぎ大浴場に入っていった。
「護衛依頼なのにこんなにのんびり風呂に入れるなんて最高だな」
大浴場がついている宿などは多くないし、ついていてもいい値段の料金をとられるので、お金がない庶民は格安の宿に入るのがこの世界の常識である。
王都では、最近格安の大浴場ができたらしいが、どこぞの王女が強引に作ったに違いない。
「隣いいかな?」
「どうぞ」
声がした方に顔を向けるとそこには、護衛騎士の一人である、デリクだった。
ユウキは、デリクのことが最初の印象が悪かったため、少し苦手意識があったので気まずい気持ちでいると、
「娘が迷惑かけているようだね」
「えっ! 娘って……」
「知らなかったのかね? ローザは私の娘だ」
驚いて反応に遅れてが、言われてみれば似ている点はあったように思える。
思い直すと顔立ちは、あまり似てないが、髪の毛のそっくりで、背の高さもデリクの子供なら納得である。
「そうなんですか」
娘さんの模擬戦をはぐらかし続けていることは、とっくばれているはずである。
ユウキとしては先ほどよりさらに気まずい。
「あまり気乗りしなとは思うが、ユウキどのと戦うことは娘にとっていい経験になる思う。だから、もし気が向いたら娘の相手をしてやってほしい」
相変わらず、厳しい顔つきでユウキにむかって話すデリク。
ユウキも親に頼まれると嫌とは言いづらい。
「約束ですので、この依頼が終わるまでには、相手をさせてもらいますよ」
「そうか」
デリクは聞きたい返事が聞けたからなのか、返事をきいた後は黙って風呂に入っていた。
しかし、ユウキはせっかくのゆっくりできる時間だったのにデリクがずっと隣にいるせで気まずい思いをしながら入るはめになったのだった。
風呂から出た後は、宿にいるとローザに絡まれる可能性があるため、デリクの許可を貰いアリシア共に散歩に出ていた。
「ふう~ローザには、困ったものだ」
「なら、早く模擬戦を受けてあげればよろしいのですよ」
「あきらかに一回じゃ終わらなそうだからな。やるなら帰りの道中だな」
「ユウキ様がそういうならいいですが、面倒事は後回しにしない方いいと思います」
アリシアのもっともらしい意見をスルーしてユウキは宿の通り沿いにある食事処に入った。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「二名です」
「ご案内します」
案内をしてくれたのは猫の獣人の女の子だった。
獣人自体は珍しくないが、ここアルダートン王国では、獣人種の風当たりは良くはない。奴隷の殆ども獣人種などの異種族がほとんどだ。
「注文がきまりましたら、お呼びください」
尻尾をゆらゆらとさせながら離れていく獣人な女の子を見ていると、正面から冷たい視線を感じた。
「ユウキ様達は本当に獣人の女の子が好きですね」
「達ってなんだ! 俺をあの先輩と一緒にするな!」
「なら過去獣人が相手してくれるその手のお店に入ろうとしたことはどう説明するのですか?」
「あ、あれは、先輩に強引に連れて行かれただけだ!」
「……」
完全に言い訳がましいため説得力は皆無である。
これ以上は、色々とまずいためユウキは真面目な話題に変えた。
「そういえば、ガルスから俺たちに付いてきている奴らは俺の監視なのか?」
ガルスを出てからずっとユウキ達を監視するようについてきている者がいることにユウキもアリシアも気づいていた。
「いえ、私はそのようなことは聞いていません。ユウキ様の監視については私に一任されています」
「そうか」
ユウキが考えている可能性三つ。
一つ目はアリシアが知らないユウキの監視人、二つ目は現子爵が遣わした者、三つ目はユウキかハロルド達を狙う賊。
「どちらにしよ、あまり気を抜きすぎないようにしてください」
「分かってる。情報が少ないから相手が動くのを待つしかないか」
っていうのは建前で自分が動いて事を荒事に持ち込んで苦労するのをさけているだけなことは、とっくにアリシアに見破られている。
「ユウキ様も今回の事で少しは働く意欲に目覚めてくれると思ったのですが……そもそもユウキ様は――」
「あっ! 注文いいですか」
このことになると話が長くなるのでユウキに許されるのは逃げの一択のみだった。
勇者物語のファンが今の元勇者の姿をみれば失望することだろう。
宿では自分の部屋で紅茶を飲む、シャルロッテとハロルドは、王都についてからの予定について話していた。
「せっかくの旅路なのにユウキさんやアリシアさんと話す機会もありません」
不満顔を隠そうともしないでカップを傾けている。
「しょうがないだろう、ユウキ君達は護衛の依頼を受けて同行しているんだから」
「そうなんですけど、なんかつまらいです」
「機嫌を直しなさい。約束通り、王都滞在中に時間を作ってもらえるよう護衛の騎士達には話してあるから後は、ユウキ君の了承しだいだよ」
「本当ですか! お爺さま、ありがとうございます」
嬉しそうな孫の顔をみているとユウキを護衛役に選んだことはやはり成功だったと思い、口を綻ばせていた。
「それでは、お爺さま、明日も早いので失礼します」
「わかったよ。おやすみ」
ハロルドは明日も孫にとって良き日にならんことを心に思いながら残りの紅茶に口をつけたのだった。
次の朝は最近は珍しくもない早起きをしたユウキは、馬を預けている厩舎に顔を出していた。
ユウキとアリシアは、一日目以外は、馬で移動していた。
「よしよし、後一日で王都に着くから頑張れよ」
水を飲む馬を撫でていると、後ろに人の気配がしたので振り向くと、
「きゃっ」
「シャルロッテ嬢!? 大丈夫ですか?」
驚かせてしまったのか、尻餅をついてしまった、シャルロッテに手をさし述べた。
「ありがとうございます。いきなり声をかけてびっくりさせようと思ったのに、逆にこっちがびっくりしてしまいました。さすが、A級ランクの冒険者ですね」
「いや、普通にびっくりですよ! どうしてこんなところに?」
「少しユウキさんにお願いごとあって来ました」
「なんですか」
少し緊張しているのか、重ねているて手を強く握っているのがわかった。
「王都の滞在中に一度、アリシアさんと一緒に私の買い物に付き合ってほしいのです。ユウキさんにはお詫びの品を買わなければいけないですし」
「俺の方は、全然いいですけど、許可は出ているんですか?」
「お爺さまにお願いして、許可をとってもらいました」
ユウキは、初めて護衛の騎士達に同情していた。
(また、ハロさんが無理やり許可をとったに違いないなぁ)
「なら俺方は大丈夫です」
「本当ですか!?」
「はい、王都では俺たちの仕事はありませんから、時間はたくさんありますよ」
「ありがとうございます!」
日本の同年代の子供と比べると、大人びて見えてしまうシャルロッテも、こう素直に喜んでいる姿を見ていると、ハロルドがシャルロッテのお願いを聞いてしまう理由がわかってしまうのだった。
「そういえば、よく俺の居場所がわかりましたね」
「それは――」
シャルロッテがユウキの質問に答え切る前にそれを遮るように声がかけられた。
「私がお教えました」
「やっぱりか。なんで俺の居場所が分かったんだ今日は起きてから誰にもあってなかったぞ」
「ユウキ様のメイドですから。それより、食事の準備ができたと侍女たちがシャルロッテ様を探していましたよ」
ユウキの問いに関しては全く答えになっていなが、どうやらシャルロッテ呼びにきたらしい。
「今すぐいきます。ユウキ様、一緒に買い物に行く件忘れないでくださいよ」
「はは、わかってますよ」
そう言うと宿の方に小走りで戻っていく。
「俺たちも朝食を食べにいくか」
「はい」
朝食を食べ終えてユウキ達は、王都に向けて出発した。
王都ラハノキアの人口は六〇万人以上で、当然ながら王国最大の都市である。
魔王との戦いの後で、故郷を無くした国民の多くが王都に住まいが移したことで魔王討伐後は治安が悪かったが、今では、落ち着きを見せている。
(まさか、こんなに早く王都に戻ってくることになるなんて思ってもみなかった)
しばらく道なりに進んでいると、先頭にいるユウキの目に一台の大きな馬車立ち往生している馬車が視界に入った。
馬車の作りは、商人たちが使う荷馬車に良く似ていて、表面は布で覆われていた。
「何をしてるか聞いてくるので馬車を停めていてください」
一緒に先頭を走っていたエリックが前の馬車に向かって馬を走らせていった。
前の様子が気になったのか馬を下りたローザがユウキの側までやってきた。
「どうしたのでしょうか」
「多分、脱輪じゃないか?」
などとユウキとローザが話しているとエリックが小太りのおっさんを連れて帰ってきた。
「すみません。私は、ダグリと申します。先ほど私たちの馬車が不注意で溝にはまって、持ち上げようにも積み荷が重たく持ち上がらないのです。どうか協力して頂けませんか?」
「とりあえず、ハロルド様に聞いてこよう」
エリックが確認のため、ハロルドが乗る馬車へと向かった。
「積み荷を下してはどうですか?」
「確かにそうすれば、楽になるのでわ?」
「積み荷が少々重くて、私を含めて三人しかいないため、全て下すには時間がかかるので、どうしようか迷っていたところに偶然あなたたちが来てくれたのです」
汗を拭きながら少々早口で喋る姿に苦笑いで答えていると、エリックが帰ってきた。
「急いでもいないので、手伝ってやってほしいとのことだ」
「ありがとうございます」
「ユウキ殿も手伝て貰えますか?」
「いや、今日は腰のちょ――」
「さあ、ユウキ殿困っている人がいるんですから早く馬から降りていきますよ」
断ろうとするユウキをローザが無理やり馬から引きずり下し、脱輪している馬車の方へと連れて行く。
助けを求めてアリシアの方を見たが、馬上で手を振って見送っていた。
鬼畜メイドに怒りを覚えながらユウキは、馬車を持ち上げるために馬車の端に手を引っ掻けて、合図で持ち上げる準備した。
「行きますよ、せーの!」
(んっ!?)
ユウキは持ち上げた時に少し違和感を感じていた。
重い積み荷と聞いていたのでユウキも身体強化を使う必要があるかなと思ったが実際はエリックとローザの身体強化で持ち上がっていた。
大きい馬車に重い積み荷という割には、変に軽い。まるで、生き物がのっているような重さだと、
「ありがとうごさいました」
「いえ、これも騎士の務めですので」
ローザの横をユウキが無言で通りすぎる。
「ユウキ殿どうかしましたか?」
エリックの言葉を無視してユウキは馬車を覆っている布を空けて中に入っていった。
「ユウキ殿!? なにをしているのですか!?」
「ちょっと!!」
小太りの男の仲間の一人が、慌てた様子でユウキを追って中に入いろうとしが、布を空けた瞬間男が吹き飛んだ。
「がはぁ」
イマイチ状況が呑み込めていないエリックとローザは、無言で降りてくるユウキを見て背筋が寒くなった。
いつも飄々《ひょうひょう》としている顔は、暗く冷たく、相手を蔑むような視線で小太りの男を見ていた。
「ユウキ殿、どうしたのですか?」
「こいつらは、非許可の奴隷商人だ」
この王国では、国から許可を得た限られた奴隷商人でなければ、売買を許されていない。
ユウキもここの世界に五年も住んでいて過去何度か、非許可の奴隷商人の摘発もした経験もある。
その見分け方は、簡単で奴隷の扱いで違ってくる。
「どうしてわかるのですか?」
戸惑いながら、ユウキに問うローザに、
「中を見ればわかる」
剣の柄を強く握るユウキは簡潔に答えた。
馬車の中を見たローザは口を手で覆った。
奴隷商人であろうと、アルダートン王国では、奴隷に対して過度の虐待など人間の尊厳を奪うような事は、してはならない。
「ここアルダートン王国での、非許可の奴隷売買は死罪だ」
「ひっ」
ユウキの冷たく言い放たれた言葉に気絶している仲間を見捨てて、残りの二人は逃げるように走りだした。
「逃がすか」
エリックがすかさず一人目のを取り抑えた。
そして、小太りの男の前には、ユウキが直ぐに立ちふさがった。
「くそ! 楽な仕事のはずだったのに!」
「俺もお前らみたいなクズに会いたくはなかったな。そのせいで、働くはめになった」
一歩ずつユウキが男に近ずく、
「く、来るな」
「今この場で、殺さないだけでも感謝するんだな」
「ぐふぉ」
ユウキは、音も無く首に手刀を入れて気絶させた。
柄にもなく熱くなってしまった、自分に対して大きく溜息を吐く、ユウキに声がかけられた。
「ユウキ様、お疲れ様です」
「あぁ、こいつを縛っておいてくれ」
「はい」
その後、こうなった経緯をハロルドに話した、結果、放置もできないので、王都まで後少しということでユウキが御者を務めていくことになった。
「まさか、非許可の奴隷商人を見破ってしまうなんて」
「でも、エリック、商人の馬車に無断で入るなんて一歩間違えればこちらが罪に問われることだぞ」
エリックとローザとも、ユウキのあの冷たい眼差しには、畏怖の念を抱きながら、ユウキについてを話を咲かせていた。
そして、前の馬車では、
「ユウキ様、なぜ、乗物酔いをされるのに御者をやるなど言ったのですか」
「くぅっ うるさい、その場の勢いというやつだ」
「ユウキ様、昨日買った酔い止めに効く、ポカンの実ですよ」
「少し、働いたら、このザマだ」
ここで、自分の責でわ?っと言わないあたりアリシアの優しさが見える。
冷や汗を流しながら手綱を握るユウキにアリシアはあきれるばかりであった。
次の話は、王都でのユウキとアリシアの話です。
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更新予定は2月21日です。
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