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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
間章 運命が扉を叩く音
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三話 大丈夫だ、問題ない


 マフィアグループを留置所に運び、廃ビルから犯罪の数々の証拠を押収。早急に片付けなければならない事務仕事を終え、後の事を本庁に引き継いだ和仁が帰途に着く頃には、既に真夜中を過ぎて空が白み始めていた。バスもタクシーも動いておらず、来田の車で自宅前まで送って貰った和仁は、小雪はもう寝てるだろうと思いそっと玄関の戸を開ける。


 すると長い髪をストレートに流した小雪が仁王立ちで待っていた。穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって何かに目覚めそうな憤怒の形相だ。和仁の全身からぶわっと冷や汗が噴出した。


「おかえりなさい」

「た、ただいま」


 静かで感情を感じさせない平坦な声がかえって恐ろしい。顔も返事も引きつる。


「和仁さん」

「はい」

「朝帰りですか」

「……はい」

「ずっと起きて待ってた私に何か言う事は?」

「申し訳ありませんでした」


 即座に土下座して頭を玄関の石床にこすりつける和仁。それを見下ろす小雪は般若の顔を崩して困ったような顔になった。


「仕事だからって言い訳しないところがあなたの良い所で、ずるい所だと思うわ。これじゃ怒るに怒れないよ」

「あー、いや、仕事というか」

「いーよいーよ、守秘義務で言えないんでしょ。許したげる。元々そんなに怒ってなかったしね。ヤクザ警察と結婚した時からこういう事は覚悟してたから」

「……今日は不思議な事に昨日の事とは全く関係なく、全く関係なく! 休みがとれたから、久しぶりに二人でどこかに行こうか?」

「ん~……嬉しいけど疲れてるんじゃない? 休まなくても大丈夫?」

「大丈夫だ、問題ない」

「そっか。じゃあ今日はゆっくり休もっか! 肩揉んであげる」

「聞けよ」


 実の所、確かに疲労は溜まっている。休ませてくれるのは助かるが何か釈然としない和仁を立ち上がらせ靴を脱がせ、背中をぐいぐい押していく。そのまま居間に押し込んでちゃぶ台の前の座布団に座らせた。ちゃぶ台には新聞と前々から和仁が読みたいと言っていた本が数冊積まれていて、お盆に載せた急須と湯のみ、茶菓子が置いてある。

 労わる準備万端だった。元々そんなに怒っていなかったというのは本当のようだ。和仁は無理に家族サービスするのはやめ、素直に好意に甘える事にした。本を手に取りながら思う。良い嫁を持って幸せだ。


「良い嫁を持って幸せだ」

「……ほんとにもーこの人は。この人はっ!」


 口に出すと小雪の肩を揉む力が強くなった。


 しばらく和仁は読書に集中する。小雪は頑張って肩を揉んでいたが、段々力が弱まっていき、三十分ほどで力尽きた。はふーとため息を吐き、和仁の肩に顎を乗せ読んでいた『二十一世紀兵器百科』を覗き込んで言った。


「ねえそれ面白い? 二十一世紀の兵器なんてSFみたいなものでしょ。軍事力放棄してた頭可笑しい昔の日本に兵器なんてほとんどなかっただろーし」

「いや? 軍の代わりに自衛隊があったから割と載ってる。それに当時の日本には世界随一の性能を誇ったミサイル兵器もあった」

「え、なにそれ初耳」


「『イカンノイ』って言ってな。イカンノイは日本が国際紛争に有効に対処するために開発された兵器だ。第二次世界大戦後の日本は日本国憲法第9条により、武力による威嚇や武力の行使・戦力の保持を永久に放棄した。一方で『あくまで防衛戦力として』自衛隊を組織したものの、自衛隊の存在だけでは近隣諸国との紛争を平和的に解決できない事態が冷戦後に頻発した。そこで『あくまで平和的に』国際紛争を解決する為に、イカンノイが開発されたわけだ。イカンノイは非常に高性能で汎用性が広いミサイル兵器だが、その存在は長らく秘密にされてきた。当時の日本の安全保障に欠かすことが出来ない最強の兵器だったらしい。ミサイルの発射基地の情報が漏れるだけで歴史が変わると言われていたほど戦略ミサイル兵器などの性能情報は極秘扱いされるから、この兵器も例外ではなく存在そのものが秘密にされていた。長らく性能は不明だったが、公表された情報によると有効射程は20,000キロメートルとほぼ地球の半周に近く、過去に存在したミサイル兵器の中で最も長い射程距離を誇り、現在に至るまでその記録は更新されていない。また、破壊力に関しては核兵器のそれを超えるといわれており、防衛省によって公式に発表されている出力は10,000gkrlトン。gkrが何の略かは分かっていない。よほど専門的な単位だったんだろうな。それとこの数値はあくまで公表値であり、真偽は不明であり、このデータは過小評価されているというのが専門家の大多数の意見だそうだ。公式データに疑問を唱える専門家も多く、破壊力はなく最大でもダイナマイト40本分相当だが半数必中界2.90μmと超ピンポイントの攻撃が可能、破壊力の桁が違い発射されると大陸が焦土と化す、凶悪な特殊効果を持つ、実はミサイルではなく細菌兵器である、実は戦艦である、などの様々な説がある。もっともイカンノイそのものも製造ノウハウも第三次世界大戦以降失われ、今ではその存在を匂わせる断片的な情報しか残っていない。どういう字を当てるかすら分かっていないが、『射貫-No.Ⅰ』が誤読されたものが一般化したという説が有力だ(※)」


「うん、腕疲れたし眠いからちょっと昼寝してくる」

「……おやすみ」

「おやすみ」


 静かになった居間で和仁はゆっくりと読書をして心と体を休めた。









 昼前、和仁が最後の一冊の本を読んでいると、いつの間にか起きていた小雪が昼食を持ってきた。


「はいご飯だよーっと」


 和仁は頷いて本を閉じ、卓袱台に置かれたボルシチを食べる。和仁の薀蓄をにこにこと聞き流しながら蓮華を動かしていた小雪は台詞の隙間を縫って聞く。


「全部読んだ?」

「いや、これだけ読んでない」

「じゃ、こっちは返しとくね。次は何がいい?」

「オリンピック史と漢方と古今和歌集と、後は適当に」


 小雪は関連性の見当たらないチョイスに微妙な顔をしたが、頷いた。和仁はなんとなく興味がわいたものを挙げているだけで、特に何か目的があって読んでいるわけではない。

 食べ終わったら小雪は午後から図書館で仕事だ。小雪は本を鞄に入れて出かけていった。図書館は清場家から徒歩三分の場所にあるので和仁もわざわざ送っていかない。


 小雪が出かけて一時間もしない内に最後の一冊を読み終わった和仁は満足気に息を吐いて本を閉じる。そのままぼんやりとしていると往来を歩く人々の話し声や足音が聞こえてくる。和仁には車のエンジン音やクラクションが町を支配する世界というのは想像がつかない。来田の車や木炭バスが走る音から想像してみようとしたがよく分からず諦めた。渋滞という言葉が死後になって久しい。


 今度車の本でも読もう、と頭の中にメモしながら大きく伸びをして立ち上がり、本を置いて玄関に置きっぱなしだった鞄を拾い、自室に向かった。

 和仁の部屋は基本的に本と酒瓶で埋め尽くされている。ドアの向かい側に窓があり、左右の壁には本棚が並ぶ。

 右の棚には図書館にも置いていないようなマイナーな古書や図書館の入荷を待ちきれず買った新書が詰め込まれていて、本と本の僅かな隙間に鉱物サンプルや三葉虫の化石、木製のレシプロ機模型などが窮屈そうに置かれている。

 左の本棚には本は数冊しか無く、代わりに和仁が今まで飲んだ酒瓶やウイスキーボトルの数々がコレクションされていた。特に酒好きという訳ではないのだが、仕事柄といえばいいのか体質の問題といえばいいのか、とにかくよく飲むので、なんとなくアレコレ違った銘柄に手を出している内にけっこうな数の空瓶が集まった。


 鞄から昨日の作戦で使ったジンが入った瓶を取り出す。まだ中身が入ったそれを棚の端に置き、ジンを開けた事で口が開いていない瓶が無くなった事に気付いて予備を買っておこうと入って早々部屋から出た。


 近所の酒屋で度数と値段が高く珍しいだけで不人気な舶来品のブランデーとテキーラを買い、家に戻る。午後は在庫処理に喜んだ店主がオマケに寄越した軍艦模型を組み立てて過ごした。  









 夕方、小雪が帰宅する。和仁の自室にやってきた小雪はタロットカードと占いの本を突きつけて占いをしようとのたまった。ニッパー片手に模型と格闘していた和仁は眉をひそめる。


「タロットはアントワーヌ・クール・ド・ジェブランが『太古の世界』を著してタロットのエジプト起源説を唱え、それに触発されて最初の職業タロット占い師でもあるエッティラが新解釈のタロットを作り出した事に始まり、現代まで伝わるタロット占いの基礎はそのエッティラが編み出した最初の体系的なタロット占い術であって、そもそもが学問的に異論もあるエジプト起源説による神秘主義的な意味づけをしたものだ。逆位置の概念と占星術との結びつけなどもこの頃始まったものであるから、結果を求める一手段としての占いというよりはむしろ占いをするために占いの方法を編み出したものとすらいえるものであって、科学的根拠の無い様々な占い術の中でもとりわけ……」


 そこまで言って和仁は小雪の不満そうな顔に気付いて言葉を切った。


「……まあ、それはそれとしてやってみようか」

「よろしい。何占う?」

「あー、未来」

「誰の?」

「俺の」

「いつまで?」

「死ぬまで」


 小雪はフムフムと頷きながらカードをシャッフルし、肘で文机に乗っていたプラモを端に寄せる。

 カードを充分切り、扇形に広げて和仁に差し出した。


「十二枚引いて。直感で」


 和仁は内心馬鹿馬鹿しいと思いながら一番上から十二枚数えてごっそり引き抜いた。小雪はそれを受け取って表向きに十二時の位置から時計周りに十二枚置いていく。

 十二枚並べ終えると、小雪はじっと絵柄を見ながらフムと考え込んだ。和仁も絵柄を見てみるが、吊るされた男や死神や悪魔の絵が描いてあるな、と思うだけで特にインスピレーションは湧かない。

 タロット占いではインスピレーションが重要視され、同じカードの同じ並びでも占い者によって解釈が異なる。その意味で和仁のタロット占いの才能は壊滅的と言える。

 やがて小雪は考えがまとまったのか、カードを指差しながら占い結果を告げる。


「えーと……あなたはまず死んでしまいます」

「いきなり終わった」

「その後重大な選択を迫られるでしょう」

「は? おい。おい」

「選択の結果にもよりますが、平穏が待っています」

「…………」

「充実した日々を過ごし、出会いと別れがあなたを成長させるでしょう」

「はあ……それで?」

「それからまた死んでしまいます」

「!?」

「あなたは大きな期待を受けますが、期待を裏切る事になっても、自分の信じた道を選ばなければ一生後悔する事になります」

「…………」

「最後に……えーと、最後は幸せになります。以上」

「はあ。さいですか。もしかして突っ込み待ちか?」


 突っ込み所が多すぎて戸惑う。小雪は憮然とした。


「失礼な。大真面目ですー」

「大真面目って言ってもなあ。二、三回死ぬ事になる件に関しては?」

「二、三回死ぬんじゃないの?」

「そんな馬鹿な」

「大丈夫、なんだかんだで和仁は幸せになるってば! 安心していいよ、私の占いは的中率100%だから」

「なんだそれは、本当か?」

「うん。まだタロット占い二回目だからね。前回は当たったから」

「ああそう……」


 呆れかえる和仁を更に数回占いに付き合わせ、満足した小雪は夕食の準備をしに去っていった。


 そんな他愛も無い、清場家の休日。



遺憾の意。http://dic.nicovideo.jp/a/%E9%81%BA%E6%86%BE%E3%81%AE%E6%84%8F

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