表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
三章 魔力の深奥
80/125

三十話 ぼうけんのしょにきろくしますか?

 鋼の錬金術師曰く、人間てのはお安くできているらしい。

 水35L、炭素20kg、アンモニア4L、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、イオウ80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素。大人一人分として計算した場合の人体の構成成分だ。真理の扉も通行料も無いこの世界では、上記の成分と参照元の人体、一定以上の密度の形質魔力さえあれば容易く人体を創造(複製)できる。

 禁忌も天罰も無ければ神も仏もいやしない。果てしなく厳密で緻密で精密な物理・魔法法則があるのみ。

 が、物理学・生物学的には問題無くとも倫理的に問題が発生してしまうのが人間社会の面倒くさい所だ。

 法歴108年、挿入コード発見。法歴109年、接続コード発見。法歴115年、具現コード発見。この三つのコードの発見によって人生のセーブが可能になり、シルフィアはその扱いに頭を悩ませていた。

 挿入コードは特定のコード列(A)と特定のコード列(B)の間に特定のコード列(C)を挿入する魔力鎖=挿入鎖を示すコードだ。

 例えば「AHE」と「WAE」の間に「HHH」を挿入する挿入鎖を使用した場合、「AAEAHEWAE」という形質魔力が「AAEAHEHHHWAE」になる。挿入鎖は組み換え鎖と違い何度も繰り返し働かず、一本の挿入鎖は一ヶ所一回に自身の魔力鎖に含まれる「特定のコード列(C)」を挿入(移植)した後、崩壊する。一本の形質魔力鎖に挿入したい箇所が三ヶ所あれば挿入鎖は三本必要で、その形質魔力鎖が十本なら必要な挿入鎖の本数も十倍の三十本になる。

 接続コードは挿入コードの亜種のようなもので、魔力鎖の末端に特定のコード列を付加する機能を持つ。挿入鎖と同じく接続鎖も使い切り型だ。

 具現コードは接続した形質魔力鎖と近似の構造の形質魔力鎖を記録していた情報に基づいて物質化させる信号を発する魔法コード。

 例えば鉄塊があるとしよう。この鉄塊が帯びている魔力は鉄塊の情報を記録した形質魔力鎖が無数に集まった形質魔力である。この無数の形質魔力鎖の内の一本に具現コード鎖を付加すると、信号が発信され、鉄塊の形質魔力鎖は全て魔法として発動し、鉄塊の完全擬似物質が出現する。

 人生セーブ&ロードは主にこの三種のコードとアダマンティウムを用いて行われる。

 まずセーブしたい者の形質魔力をアダマンティウムに入れる。アダマンティウム内では形質魔力が拡散しない、つまり構造の変化を起こさないため、形質魔力は外部からちょっかいをかけられない限り永久的に保存され続ける。これがセーブだ。保存時の肉体情報は余すところなくアダマンティウム内に保存される。

 ロード時はセーブ時よりも複雑な手順を踏まなければならない。

 第一段階として保存されていた形質魔力を具現化しなければならないのだが、アダマンティウム内では形質魔力の構造を変化させる事ができないため、挿入鎖だの組み換え鎖だのは当然の帰結として無効。原理上アダマンティウム内部で魔法を発動させる事もできない。

 仮にできたとしてもアダマンティウム内で具現化すれば「※かべのなかにいる!※」状態になって見るも無惨な醜態を晒す事だろう。

 ではどうするかと言えばだが、まずアダマンティウムの周囲に存在鎖の挿入鎖を充分な数散布しておく。アダマンティウムに保存されていた形質魔力は魔力操作されない状態で外部に出るとすぐさま拡散してしまうのだが、拡散を起こり難くする魔力鎖である存在鎖組み込めるだけ組み込めば人為的に手を加えない限り拡散しなくなる。

 そうしてアダマンティウム内の形質魔力鎖が全て存在鎖が付加された状態で外部に出たら、今度は接続鎖で具現コードを付加する。するとセーブした時点の肉体を忠実に再現した擬似物質の肉体が出現するわけだ。

 後は単純な魔法の領分。人体の構成元素を必要量準備し、完全擬似物質の肉体を参照して複製。後始末として完全擬似物質の肉体にアムリタをぶっかけて存在時間をゼロにして消せば、晴れてロード完了という訳だ。

 問題は法術鎖まではセーブもロードもできないという事だろうか。つまりノーライフ類はセーブ&ロード不可。生きた生命専用の荒業だ。

 定期的にセーブしておけば、もし土左衛門に改名してしまったり、病を患って死んだり、うっかりミンチになったりしてもセーブした所からやり直せる。肉体だけではなく記憶までセーブ時点まで戻ってしまうのが玉に傷だが。

 ロードしても巻き戻るのは肉体だけで、決して世界ごと時間を遡れるわけではないものの、複数のセーブデータを作っておく事も可能となれば、その有用性は計り知れない。計り知れないだけに扱いが難しい。数学や物理なら客観的で明瞭な解答を導き出せるが、相手は倫理だ。

 極端な話、一歳の時にセーブして、九十歳になり老衰で死んでからロードすれば、同じ人間が何度でも人生をやり直せる。それは本当に同じ人間なのだろうか? 許されるべきなのだろうか?

 人間は常に経験し、思考し、大なり小なり変化し続ける。幼少期や青年期などは特にそれが顕著だ。例え全く同じ遺伝子・肉体を持っていても、環境によって性格も体格も別人レベルに差がでる。九十歳で死んだ老人と一歳のセーブデータはまず別人と言っていい。しかし断じて他人ではなく、血縁というか実子というか、強いて言うなら家族的立ち位置であり、老人の遺産を引き継ぐ程度の権利はあっても良いだろうという意見がある一方で、いやいや脳の構造が同じ人間である以上発想力も似たようなもので、里の発展に寄与する可能性は低いのだからむしろペナルティを与えるべきだという意見もあり。生物学的には同一個体の遺伝子が種全体(里)に広がり多様性が失われるからダメだの、むしろ優秀な遺伝子なら広めた方がいいだの、人生に失敗したらいつでも巻き返せるというのは張り合いを無くすだろうとか予防線があれば死に纏わる危険に臆する必要がなくなるから有益だろうとか。

 メリットとデメリット、倫理観の衝突。

 里はシルフィアの独裁体制で、そのカリスマ性と支持率は高い。いざとなれば「私が法だ!」でゴリ押しできるだろうが、文化と思想が発達した現在、そんな事をすれば確実にわだかまりが残る。

 そこでシルフィアは五人の議員から成る議会を設置した。十八歳以上の里人全員を投票者かつ被投票者とし、得票数上位五人を議員とする。議員は里内部の政策、対外政策(主にマッチポンプの動向)、財政状況、ブラックゾーンな研究開発などの機密資料閲覧権を与えられる。当然守秘義務はあるが。

 議員は端的に言えば政治に関わる権利を持つ。この法律は無いんじゃね?とか、こういう法律発布してくれとか、財政支出のここ削れよ常識的に考えてとか、そういうシルフィアとの直接議論をする事ができ、書類処理の一部も任される。

 一般の里人もシルフィア(里の政治)に物申す事はできるのだが、それは意見書を通してであり、シルフィアと直接質疑応答はできない。開示されない情報は多いし、意見内容によってはシルフィアに届く前にラキにハネられる事もある。議員にはそういった問題がない。

 まー最終決定権は相変わらず全てシルフィアにあり、何も変わってないっちゃ変わってないんだが、民意がお上に伝わり易くなったという所に意義がある。

 シルフィアの独断でセーブ&ロードの扱いを決定されるより、里人の意見を取り入れた、配慮したとはっきり分かった方が潜在的反感も抑えられる。

 また、これは里の人口増加に対する布石でもある。現在、里の人口は約四百人。今後も増え続けるだろう。そうなれば書類も増えていき、いずれシルフィアとラキだけでは処理しきれなくなる。シルフィアが西方諸島にバカンスに出かけるたびに書類が山積するのも問題だ。

 要するにゆくゆくはシルフィアが隠居できるように下地を作っておきましょう、と。

 で、議会が開かれ、その結果限定的にセーブが許可される事になった。

 兵役(里周辺を哨戒し主に獣を追い払う)に就いている者、危険な実験をする者はセーブ可。兵役期間・実験が終了すればセーブデータはお気の毒だが削除。

 生命に関わる大手術の前、あるいは現代医学で治療不可能な病を患った場合、本人の希望があればセーブ可。前者は手術が失敗した場合ロードされる。1%でも成功の可能性がある手術ならある意味必ず成功するようになった。後者はセーブ後にセーブ元の肉体は解剖されたり魔術実験に使われたりする。治療の目処が立てばロードされるが、立たない限り永遠にロードできない。コールドスリープのようなものだ。

 なお、同じ人間が二人にならないよう死亡確認は厳重に行われる。セーブデータ管理も厳重に行われ、ロードに必要な魔力鎖のコード列は秘匿された。

 ……さて、今のうちに「おお×××よ、死んでしまうとはなさけない」と棒読みで言う練習をしておこうか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ