二十話 ロバート教授の講義「魔力の保有エネルギー特定法」
大学に進学する者は全員魔力覚醒しているため、大学の授業の講義は全て俺が行う。学長、教授、助教授、事務員、全部俺。雇用の創出のために売店の店員と清掃員には里人を使っているが。
そろそろ大学を設立して四年になり、一期生が卒論期間に入ったところ。今日も今日とて講義、講義、講義。
魔法大学の講堂で、俺は黒板の前に陣取って三人の生徒に講義する。両大学合わせて大体一学年1~4人だ。進学率は100%である。まあ受験もあるっちゃあるが本当に基礎を確認するだけだからあってないようなもんだし。
「えー、知っての通り魔力の成分は八種類のダークマターだ。八種類のダークマターとは、YYY、NYY、YNY、YYN、YNN、NYN、NNY、NNNの八型。これはメタトロンによって分離される事は前の講義で説明したな。今回はダークマターのエネルギー量について話そうか。
炭素の魔質であるグブレイシアンは魔力を消費して光を出す性質がある。これは魔力を光エネルギーに変換しているのだと考えられている。この時グブレイシアンが発する光度だが、実は消費魔力の種類によって変化する。法暦四十九年の発見だな。
正確には消費するダークマターの種類によって光度が変化する。結論から言えば大きなエネルギーを持つダークマターほどグブレイシアンによって光エネルギーに変換された際強い光を出す……と、いう理論が主流だ。さて、その結論に至った過程を見てみよう」
俺は教壇の上にグブレイシアン塊を二個転送する。続いて黒板の中から二人目の俺参上。二人目の俺は八種類に分離したダークマターを別個に捕集して保持して持ってきた。
「グブレイシアンが空気中の空気を消費して光っているのが見えるな? 大気中の魔力の成分のダークマター比はYYY:NYY:YNY:YYN:YNN:NYN:NNY:NNN=1:1:1:1:1:1:1:1であるから、この光は八種類のダークマターが発する光の強さのちょうど平均値の光度なわけだ。で、ダークマター一種類毎の光度はというとだな……まずYYY」
俺はYYYのダークマターでグブレイシアンを包み込んだ。一気に光度が上がり、明らかに比較対象として置いてあるもう一方のグブレイシアンよりも明るく光っている。
「こんな感じだ。NYY、YNY、YYNは」
NYY、YNY、YYNのダークマターで順番にグブレイシアンを包み込んだが、その三種類はどれも光度は等しい。ただし比較対象のグブレイシアンよりは若干強く光っている。
「こんなもん。YNN、NYN、NNYは」
YNN、NYN、NNYのダークマターで順番にグブレイシアンを包み込む。その三種類はどれも光度は等しい。ただし比較対象のグブレイシアンよりは若干弱く光っている。
「最後にNNN」
NNNのダークマターでグブレイシアンを包み込むと、明らかに比較対象よりも暗い光を出した。役割を終えた増員の俺は退場する。
「文字で書くと分かりやすいだろう。YとNの数で光度が変化している事が分かるはずだ。Y三つが最も強く光り、Y二つがその次に強く、Y一つ、Y無しと光度は下がっていく」
実験に興味津々だった生徒が一斉にメモをとりはじめる。
「Yの数で光度が決定されるのか、といえばそれはそれで間違っていないんだが、少し注をつける必要がある。Yの数と光度が比例しているのならば、NNNは光らないはずだ。しかし実際には光っている。Nのみでも光エネルギーへの変換が起きている、という事だな。光度の強さからエネルギーを大雑把に算出すると……まあ現状では大雑把にしか算出できないんだが……YYYの光エネルギーはNNNの光エネルギーの約二倍。仮定に仮定を重ねた推測になるが、どのダークマターにおいても魔力が全て光エネルギーに変換され、ダークマターが要素Y、Nの二種類三個で構成されている粒子であると仮定すると、Yの保有エネルギーを2、Nの保有エネルギーを1とすれば実験結果に即した理論が一応は成り立つ。YYYが6、NYY、YNY、YYNが5、YNN、NYN、NNYが4、NNNが3だ」
そこで一端間を置き、黒板に図を描きながらノートを取る時間を与えた。
「書けたか。気づいた奴もいるかも知れんが、別の仮定に基づいた解釈もある。
YYYもYNYもNNNも、ダークマターは八種類とも保有エネルギーが等しい。ただグブレイシアンによって光エネルギーになる割合が違う。YYYは十割、NNNは五割しか変換されず、変換されなかった分のダークマター構成要素は主観的・及び現在確認されている魔質を使用した観測方法では確認できなくなる。これでも筋は通る。二種類三個の要素から成り立っているのではなく、四種類六個かも知れないし、単純に全く異なる粒子が八種類でダークマター八種類なのかも知れん。
しかし、ダークマターによるエネルギー量の差異はタキオンでも観測されている。YYYダークマターを消費するタキオンは、計算上NNNダークマターを消費するダークマターの倍のエネルギーを使ったに等しい加速を示す。光るか、加速するかの違いであり、ダークマター消費に関する法則はグブレイシアンとタキオンで等しい。
存在を示唆する情報が何一つない状態で、あるか無いかも分からない『グブレイシアンとタキオンによる魔力変換での魔力残留物』を想定する意味は無い。その可能性を頭の隅において置く事は広い視野を保ち思考の硬直化を防ぐ意味で大切だが、科学と魔法の基本は観測であり、観測できないものに基づいた理論を論じても発展性は無い。他の確固とした情報を元にした理論によってそのような物質が存在しなければ不自然だという結論に至ったのなら例え観測できていなくてもまた話は別だが。
話が逸れたな。まあそういう訳で最初に述べた仮定の理論が最も妥当だと考えられている」
「ダークマター毎の保有エネルギー量に差がある事は理解できたな。では具体的にダークマターが保有するエネルギー……魔力が保有するエネルギーとはどの程度のものなのか? これを講釈していこう。
複製魔法については基礎学習院で学んだな。複製魔法は、基本的にコピー元となるモノと、そのコピー元を複製可能な量の元素を用意し、その両方を魔力で包み込み、コピー元を参照して材料の元素からコピー元と全く同じものを作り出す。通常の魔法で物質を創る場合、創造される物質の構造や性質は魔法の行使者の認識に依存するため、望み通りの物質を創るのは不可能だ。複製魔法では行使者の認識に依存する部分を、コピー元を魔法で参照するという行為によって肩代わりする事で正確な複製物を創る事ができる。
次に擬似物質についてだ。魔法を使えば、物質材料を使わず、魔力のみを材料にして質量を一時的に創造する事が可能だ。虚空に1トンの鉄球を出す事もできる。魔力のみで創りだした物質は一定時間が経過すると消滅する。このように魔力で創造され、時間経過で消失する物質を擬似物質と呼ぶ。
以上を踏まえた上で発展系だ。
複製魔法と擬似物質創造魔法を組み合わせる事で時間制限があるだけの物質を創る事ができる。複製元を魔力で包み、材料を用意せずに別の場所に同時に魔力を準備する。そして複製元を参照して擬似物質を創造すれば、その擬似物質は行使者の認識に依存せず、複製元と完全に同一の性質と質量を持つ。これを完全擬似物質という。所詮は擬似物質であり、時間経過で消失する事に変わりはないんだが、現存する物質と全く同じものである、という事が重要な意味を持つ。
擬似物質は消失すると言ったが、擬似物質は消失する際に自身が持つエネルギーも同時に消失させる。4℃の水1Lの完全擬似物質を創造したとしよう。創造から消失までの間にこの水を火にかけ、温度を100℃まで上昇させる。すると消失の際、96℃の上昇に費やした分のエネルギーも消失する。消失した空間の温度が96℃分上昇する、という事はない。
では逆に擬似物質からエネルギーを得るとどうなるだろうか?
アルコールの完全擬似物質を創造したとしよう。創造から消失までの間にこれに火をつけ、燃焼させる。この熱で……そうだな、水でも沸かすとしようか。水は4℃から14℃まで上がったとしておく。すると消失の際、水は14℃のまま保たれる。擬似物質にエネルギーを与えた時とは異なり、擬似物質外に放出された擬似物質の保有エネルギーは擬似物質が消失しても一緒に消失する事はない。擬似物質からエネルギーを取り出す事ができる訳だ。まあそんなまだるっこしい事をせんでも魔法で火を出せば水の温度は上がったままになるから、既に分かっている事ではあるんだが、重要なのはそこではない。擬似物質からエネルギーを取り出すと、擬似物質の存在時間が短くなるんだ。
2mp、0.06㎥の魔力で魔力と同体積の水の完全擬似物質を創造した時、存在時間は14.5秒。4mpの同条件ならば29秒。創造する完全擬似物質の体積と創造物質の種類、質量、運動量、温度が等しく、魔力密度のみを変えた時、存在時間は魔力密度に比例する。また、魔力密度が同じならば質量が小さいほど長く存在する。これは反比例する。
完全擬似物質の存在時間=魔力量÷質量
と、こういう式が成り立つんだな。メモれ。あ、いやこれはもう前の授業で説明してたか。じゃあ余談。行使者の認識に基づく通常の擬似物質の場合、魔法を使う毎に毎回想像が微妙に変わり、創造される擬似物質の質量も性質も微妙に変化するためこの式では誤差がでて成り立たない。あくまでも『完全』擬似物質の存在時間の算出式だからな。間違えるなよ。基本式だぞこれは。
えー、それで、この基本式はあくまでも基本式だ。擬似物質からエネルギーを取り出すと云々の部分が抜けてるだろ? そこを詳しく解説しよう。いかにしてこの式にエネルギーの取り出しについて組み込むか。
基礎学習院で物質は元素で構成されてるって習っただろ? 代表的な分子式もいくつか習ったはずだ。このへんの細かい化学式は頭の隅において置く程度でいいが、」
俺は黒板にメタンの燃焼の熱化学方程式を書く。
CH4+202=CO2+2H2O+890kJ
「このような式から、メタン1mol=16gを完全燃焼させた時、890kJの熱が発生する事が分かる。0.0224㎥の体積のメタン16gを2mp・0.0224㎥の魔力で完全擬似物質として創造した場合、存在時間は20500秒。しかしこれを完全燃焼させると存在時間は19441秒になる。1059秒短くなっているのが分かるな。この――――」
「教授ストップ。質問」
説明の途中で生徒の一人が挙手した。
「ういよ。なんだ?」
「完全擬似物質を完全燃焼させても結局消失するんですよね?」
「そうだが」
「完全燃焼すると二酸化炭素と水になるじゃないですか。そうなると二酸化炭素や水の分子を構成している元素が消える事になるでしょう? それってどうなるんですか? 完全擬似物質の元素と結合している物質の元素も一緒に消えるんですか?」
「ああ、良い質問だ。一緒に消える事はない。CO2のOが消えてCOになったり、O2が消えてCになったりだな。COが消えた場合Oになり、同じくOになった元素と結合してO2になっている、と思われる。良く分からんが(※)、実験の前後で物質の質量は変わってなかったからそういう事なんだろ。あんだすたん?」
「いえす」
納得したようなので講義を続ける。
「えー、それで、このメタンの燃焼による存在時間の減少から計算すると、890000÷1059で840Jのエネルギー放出につき一秒存在時間が減少している事が分かる(※2)。
他の可燃性の気体で実験をしても(※3)、質量に対する魔力量を前述のメタンと等しくすれば、全てにおいて存在時間は20500秒であり、840Jのエネルギー放出につき一秒存在時間が減少しているという結果がでる。逆に言えば16gの完全擬似物質が存在するためには単純計算で一秒あたり840Jのエネルギーが使われているという事だ。1gなら840÷16=52.5で一秒52.5J。
2mp・0.0224㎥の魔力の内、7/8は魔法にならず純魔力になるから、2mp・0.0028㎥の魔力が完全擬似物質になっている計算になる。この魔力量は16gであるから、16で割って1gの完全擬似物質の魔力を出す。これが2mp・0.000175㎥。1gの完全擬似物質が存在するためには一秒52.5J必要であり、20500秒存在し続けるから、2mp・0.000175㎥の魔力は最低でも52.5×20500=1076250Jのエネルギーを持っている事がわかる」
俺は喋りながら黒板にずらずら計算式を書いていく。背後で急いで板書を取る音がガリガリと聞こえてくる。
「2mp・0.000175㎥の魔力量=1mp・0.00035㎥の魔力量=1076250J。1076250÷0.00035=3075000000で、1mp・1㎥の魔力が持つエネルギー量は3075000000J以上となる。
なぜ3075000000J『以上』かと言えば、擬似物質の種類によっては1mp・1㎥の魔力から3075000000J以上のエネルギーを計測できるからだ。
完全擬似物質ではなく単なる擬似物質で、できる限り現実に存在する物質に近い物質を創造する。これを擬似物質Aとしよう。行使者のイメージという曖昧な情報に基づいて創造された物質であるから完全擬似物質とは異なるが、まあ消失までにかかる時間は完全擬似物質とそう極端には変わらない。この擬似物質Aをベースに「熱を発する」という概念だけを付け加えて擬似物質Bを創造する。すると擬似物質Bの存在時間と擬似物質Aの存在時間には誤差の範疇に含まれる程度の差しか見られない、という結果になる。
1mp・1㎥の魔力が持つエネルギー量が3075000000J丁度であるならば、擬似物質Bは熱を放出している以上擬似物質Aよりも早くエネルギーを消費し終え、擬似物質Aよりも早く消失しなければならない。にもかかわらず存在時間に差は無い。これは擬似物質が存在するために必要なエネルギーは、行使者の概念的イメージによって付加された発熱という魔法的性質の維持のために消費されるエネルギーとは独立している事を意味する。式にすればこうだ」
(擬似物質が存在するためのエネルギー)+(魔法的性質の維持のために必要なエネルギー)=魔力が持つエネルギー
「擬似物質が存在するためのエネルギーを『物質エネルギー』、魔法的性質の維持のために必要なエネルギーを『魔法エネルギー』と呼ぶ。擬似物質を創造した際、物質エネルギーか魔法エネルギーのどちらかを使いきると擬似物質は消失する。例えば軽い擬似物質を創造して存在時間を延ばそうとしても、大量の熱を一気に発する性質を付加すれば魔法エネルギーが急激に消費されて空になり、物質エネルギーが残っていても擬似物質は消失する。魔法エネルギーのエネルギー量は現在調査中だ。
調査方法は――――ん? ああ、もうこんな時間か。んじゃまあ今日はこれで終わりにしておこうか。お疲れー」
俺はチョークをおいて、しんどそうに机に突っ伏す生徒達に軽いねぎらいの声をかけ、講義を終えた。
当然魔法の設定は私の中で全て出来上がっているわけで、私は魔法について全て知っている状態なんですよね。でも作中では魔法について全てを知らないロバート達の視点に立って書かないといけない。知ってる事を知らないと仮定しながら実験と推測で真実を特定するように必要がある。これがすごく難しい。
※
作者も良く分かっていません。酸素原子は一個だけで安定的に存在できるのか、存在できるとしたら勝手に他の一個の酸素原子と結合する事はあり得るのか、またそれは自然なのか。とりあえず通常の元素が完全擬似物質に道連れにされて消失する事はありません。
※2
890000÷1059は840.41548630783758262511803588291ですが、別ルートでしっかり計算すればピッタリ840Jになります(計算ミスが怖いが)。あとで誤差云々の話をするのが面倒なのでこの時点で840Jとしておきます。
※3
可燃性の液体でも実験すべきなのですが、液体、例えばエタノールだと、物質の密度が気体よりも格段に高いため、質量と魔力量を揃えようとすると体積の関係で約96mpの魔力密度が要求されます。従って気体のみでしかできなかった。
二十話のまとめ:
・ダークマターが持つエネルギー比はYYY:NYY、YNY、YYN:YNN、NYN、NNY:NNN=6:5:4:3
・魔力で創造され、時間経過で消失する物質を擬似物質と呼ぶ
・見本を参照して材料を使わず魔力のみで創造した、見本と完全に同一の性質と質量を持つ擬似物質を完全擬似物質と呼ぶ
・擬似物質は消失する際に自身が持つエネルギーも同時に消失させる
・完全擬似物質の存在時間=魔力量÷質量
・完全擬似物質を消失までの間に燃焼させても、完全擬似物質と結合した元素は消失しない
・1mp・1㎥の魔力が持つエネルギー量は3075000000J以上
・魔法において擬似物質が存在するために消費するエネルギーを物質エネルギーという
・魔法において魔法的性質の維持のために消費するエネルギーを魔法エネルギーという
・物質エネルギー+魔法エネルギー=魔力の保有エネルギー
・擬似物質は物質エネルギーか魔法エネルギーどちらかを使いきると消失する