十九話 教育
整理してみよう。
シルフィア、エルマーは幸せに永遠に二人一緒に暮らしたい。俺は特にあれがやりたいこれがやりたいという事が無いため、シルフィア(と、エルマー)の手助けをしている。
シルフィアはビルテファ王国の滅亡時、死亡を偽装して東の森に逃げ込んだ。シルフィアは魔法使いであり、帝国に狙われる立場にあったため、東の森にそのまま隠れ住む事にする。また、ヴァンパイアの体の維持に必要な血を得るため、百人強の人間達も一緒に移り住んでいる。そして隠れ住んでいる事が発覚しないよう、人間達が森を出て王国領の故郷に戻らないよう囲い込む。
いつまでも隠れていられるとは限らないため、万一見つかっても抵抗できるよう、魔法の研究をはじめる。
魔術が発達して俺が分裂できるようになってからは、相対的に優位にい続けるためにマッチポンプを始めた。自分達は魔法を研究し続け、他の勢力の科学・魔法の発展を妨害する。そうすれば常に優位にい続ける事ができ、根本である「シルフィアとエルマーの幸せな生活」が邪魔される事はない。武力的・技術的・情報的に圧倒的上位に位置していれば安全はまず確実に確保できる。
つまり「他勢力の発展の邪魔」「自分達の発展」。この二つができていればいいのだ。
他勢力の発展の邪魔については、そもそもが肉親とは言えたった二人の幸せのために行っているので、あまり過激な対応は憚られ、ものすごーく緩やかに発展させるように調節している。あとは自分達がそれなりの速度で発展し続ければ行動方針は満たされ続ける。
「で、魔法教育の導入ですか……」
「まずいか?」
里の屋敷の執務室で、文机についたシルフィアは俺が渡した書類をぱさりと投げ出した。悩ましげに眉根を寄せ、紅茶に口をつける。
「科学教育だけで十分じゃないですか。魔法技術は私達の血族の切り札にしておくべきだと思いますけど」
「民に知恵と力をつけさせるとロクな事にはならない理論か? 大丈夫だろ。俺がいる」
魔法研究に限界を感じ始めていた俺は里人への魔法教育導入をシルフィアに打診していた。
危惧すべきはノーライフでは無い自由意志を持つ人間が魔法を学ぶ事による魔法技術の流出だが、既に里の人間達は全員土地っ子世代に入れ替わっており、里の外に知己を持つ者はいないから早々魔法教育を受けた者が逃げ出す事も無いだろうし、冒険心に駆られて森の外に出たがる者には審査と監視をつければ事足りる。外部との接触を断てば流出は防げる。
既に歴史や国語(ビルテファ語)、数学、科学などを学ぶ基礎学習院は設置されており、七年間の義務教育を受けた世代が既に成人する程度には浸透している。そこに魔法教育をねじこむか、義務教育終了後に進学する新しい学校を設けるか。
シルフィアは民に力をつけさせる事を危ぶんでいるようだが、現在里人の人口は二百五十人。俺の総数の千分の一にも満たない。里人が発見・研究・開発した魔法技術による恩恵は俺にもフィードバックされるから、例え魔法を得た里人が反乱を起こしても容易く鎮圧できる。
「んー……大御祖父様の事は信用してますけど……」
「だったらいいだろ。このままだとその内研究もドン詰まりになるぞ」
「魔法の更なる発展には魔法教育が必須であると?」
「俺はそう思う」
前世、俺はとある漫画に影響されて囲碁を齧っていた。実力はアマチュアの初段。「俺、囲碁打てるぜ」と自信を持って言える程度だ。そして今世、囲碁に興味を持ったフビッタ=ヌラァフと何度も対局を重ねた。相手は囲碁のいの字も知らない素人だ。対して俺はそれなりの実力を持ち、数十万体の思考能力で大人気なく全力で叩き潰しにいった。
最初は虐殺もいいところだった。あまりにも一方的で、打っていてよくコイツ心折れないなと対局相手に感心するぐらい一方通行の展開だった。
対局を重ねるにつれてそのヌラァフは定石を覚え、打ち筋を学び、実力をつけていく。それでも最初負ける気などしなかったのだが……七十二回目の対局で、負けた。
俺が打つのは数十万体の思考でしつこいぐらい念入りに検証した一手だが、それはあくまでも「俺」が数十万体考えているだけなのだ。「俺」が想像も出来ないような一手を打つのは百年かかっても不可能。俺の想像を超える手を打たれ続ければ、当然の帰結として敗北するのだ。
発想、着眼点。そういったものが強く影響する領域で、俺は洗練された凡人、という程度の結果しか残せない。チェス然り、将棋然り。
魔法研究もそうだ。俺が千年かかっても思いつかない発想を誰かがあっさりと出し、問題が根こそぎ解決する事も有り得すぎるほどに有り得る。
「ゾンビにしては駄目なのですか」
「発想が制限されるからなあ」
ゾンビには全て「ロバート一行に不利益になる事をしない」事を基準とした複数の命令を出している。ゾンビの行動や発想は全てその命令を念頭に置いたものになるため、自由な発想が阻害される。それでなくとも俺の形質魔力が混ざるせいか思考がほんの少し俺寄りになる。そのほんの少しがいけないのだ。
「えー……」
「渋るなあ。正直に言ってみ? 何が嫌なんだ」
「……大御祖父様は嫌じゃないんですか?」
「何が?」
「凡俗共が自由に魔法を使える事になるんですよ? 生意気です」
シルフィアは拗ねたようにドレスの裾を弄る。そこかよ。選民思考ここに極まれり。
「お前はすぐそういう事言う。もっと大きな心を持てよ。富士山のように……でっかく生きろ!」
「大御祖父様の方がおかしいんですよ。いいじゃないですか愚民は愚民らしく這い蹲らせておけば。どうして自分のところまで階段用意してやらないといけないんですか」
シルフィアが空のティーカップを振ると、そこにすかさず傍に控えていたラキが紅茶を注いだ。
ぬーん。感情論はめんどくさいな。利益云々ではなく嫌だから嫌だと断られたら論破しようがない。
里の内政はシルフィアが取り仕切っているから、シルフィアを納得させなければ里人の魔法教育は実現しない。やろうと思えば新しく魔王城付近にでも人間を集めてきてそこで教育を行う手もあるが、シルフィアと軋轢が生まれるだろうし、基盤のできていない里人以外の人間をゾンビ化せず魔法教育を施しても安全な状態にするには時間がかかる。
ま、よかろう。感情論には感情論だ。
「よし。シルフィア、自分と里人どちらが好きだ?」
「なんですかいきなり。当然自分ですけど」
「里人と帝国人は?」
「里人に決まってるでしょう。ナルガザンは嫌いです」
「ノーヴァーとエレメンは?」
「有象無象ですね。気にかける価値もありません」
「自分の庇護下にある人間達がナルガザンやらノーヴァーやらの人間と同程度でいいのか? 魔法を持たせて箔付けするべきじゃないか? 下々の程度が低ければトップの程度も知れるってもんだ。逆に民草が高度な知性を持っていればその上位にいるお前は自然に更なる格を得る事になる。隔絶した魔法文明を束ねる長となれば神格化されてもおかしくない」
「魔法教育の導入を許可しましょう」
シルフィアが本気になった。やるからには徹底的にやる事にしたらしい。
まず里人を一箇所に集め、マッチポンプの盛大なネタバレをした。確かに偽の情報を掴ませたままでは研究に支障が出るが、まさか全部バラすとは思わなかった。
「―――聞きなさい。この世に精霊などという不可思議なものは存在しません。魔王然り。呪い然り。全ては私の手の上で起こっている事です。あなた達はこれまでよく私に従ってきました。これ以上欺くのは忍びない。これは懺悔であり、告白であり、文化的で、先進的で、世界の神秘を解き明かす輝かしい時代の幕開けとなる宣言でもあります」
云々、とシルフィアは演説をする。俺がやっても白けるだけだが、現実離れした美貌と卓越した演技力、エマーリオ譲りのカリスマ性を持つシルフィアがやると民衆の心は鷲掴みだ。ついでに心臓も鷲掴みにされている気がするが。
二時間にも及ぶ演説を、里人達は驚き、喜び、嘆き、熱狂し、豊かな反応を見せて聞いていた。前世、校長の十分の挨拶ですら寝ていた俺からしてみれば驚嘆すべき事だ。それだけシルフィアに人心掌握の適正があるという事だろう。二時間も真面目に話を聞かせられるというのはそれだけで凄い。
しかも演説が終わったとき、里人達は全員自分達が置かれている状況を理解し、受け入れていた。ぱねえ。演説内容が理解できなかった年端のいかない子供は別だが。
ある意味人生そのものを詐欺られていたに等しいというのに、里人が反発せずに現状を受け入れたのには勿論理由がある。
里人にもアンデッドと精霊によるマッチポンプ的世界観は説明していたのだが、里にアンデッドはいない。外から隔絶された世界であるため、森の外で暴れているアンデッドや魔王の話が耳に入る事はない。アンデッドと精霊が敵対しているといいつつも、里人は一度もアンデッドによる被害を受けていなかったのだ。それどころか精霊システム施行以前にはスケルトンやゾンビによる恩恵を受けてすらいた。
騙されていた事は確かだが、自分達が幸せになる騙され方だったのである。故にシルフィアの巧みな話術もあり、里人の心にするりと真実が入り込んだのだ。
里人に正しい情報を与えた後は学府の設立である。
現在里に存在する教育機関は一つだけ。前世でいう小学一年生~中学三年生の内容を七年かけて学ぶ基礎学習院。本来九年の内容を七年に圧縮してあるのは、俺が持っている小学一年生~中学三年生の学習内容知識に抜けている部分があったのと、生徒に要求する最低水準を高く設定したからだ。
これはあくまでの私見なのだが、日本の義務教育は最低レベルの知性の生徒に合わせて行われているように思われる。簡単に言えば途轍もない馬鹿でも理解できるようなペースで行われているのだ。現に俺は三時間かけて教わった内容が分からなかった時、教科書を五分見てみたら理解できた経験がある。それは教師の教え方がド下手だったからなのだが、その教師は一応教科書の範囲は授業で全て触れていた。つまり五分で理解できる事を三時間かけて教えるだけの時間の余裕を持って授業をしている、という事でもある。
俺の成績は普通だった。現国がちょっと得意で、幅跳びで学年二位なのが取り柄な、IQテストで101だった一般人。そんな特別頭が良いわけでもない人間が五分で理解できる内容を三時間かけて教えているのだから、平均的な知能レベルの生徒から見た場合、物凄く時間に余裕を持った教育をしている事は明白。
故にシルフィアは過剰な余裕を削った。平均的な知能の生徒に授業ペースを合わせ、馬鹿は容赦なく切り捨てる方向で行ったのだ。結果、授業に必要な時間は短くなり、九年が七年になった。まあ授業についていけない生徒にはある程度の補講を設けるのだが。
特に教育を急ぐ理由があるわけでもないのに短縮するあたり、シルフィアの感性が伺える。私の庇護下にいる以上無能は許さん! と。正確にはほぼ俺の庇護下にいるんだけども。どっちでもいいか。
基礎学習院の七年で学ぶ科目は国語(ビルテファ語)、歴史、地理、数学、理科、体育。体育は体育というか狩猟訓練に近い。基礎的な剣術と健康法程度の体術も学ぶ。
基礎学習院といっても発展学習院は無く、意味としては「生活していく上で身に着けておくべき基礎的な物事を学習する院」である。八歳から学びはじめ、基礎学習院を卒業して十五になったらそのまま働きはじめる。シルフィアと俺は相談して、基礎学習院の科目に魔法学を追加し、科学大学と魔法大学の二つを進学先として設置する事にした。
基礎学習院の六年生で魔力覚醒させ、エマーリオが没する前に明らかになっていた程度の基礎的な魔法の法則について学ばせる。既に基礎学習院を卒業している里人も魔力覚醒させ、魔法学の特別講習を受けさせる。差別がおきないよう、魔力密度に関係なく里人は全員魔力覚醒させておく。魔法が使えないからこそ出てくる発想もあるだろうし。魔術とか。
なお、予測される魔法を使った犯罪の取り締まりは俺(精霊)が行う。
基礎学習院を修了した者は進学か就職か選べる。学ぶ気無い奴に教えても科学や魔法の発展は無いだろうから、別に進学を強制はしない。科学を学びたければ科学大学へ。魔法を学びたければ魔法大学へ。
大学は基本的に五年だ。科学大学は俺が前世から持ち込んだ科学知識をありったけ覚えてもらうのに二年。魔法大学は現時点で判明している魔法知識をありったけ覚えてもらうのに二年。幅広い知識は発想の幅も広げると思うので、科学大学でも魔法について多少は学ぶし、魔法大学でも科学について学ぶ。
既存の知識を学び終えたら卒論の期間に入る。学んだ内容から何かしらの新しい理論を打ち立てたり、発見をしてもらったりするのだ。これが三年。三年以内に何か発表してもらう。できなかったら退学だが、特にペナルティはない。外聞は悪いだろうけど。
卒論を仕上げた者は、その時点で残りの期間に関係無く卒業資格を得て、卒論の有用性に応じて毎月死ぬまで一定額の給付金が出る。三年の間に幾つ卒論を出しても良い。給付金の額は累積される。
卒業後にまだ研究を続けたいという意思のある者は研究院に就職可能だ。一定期間成果が出なければクビだが、給料は月給百万シアン(≒百万円)。更に研究の成果に応じてボーナスがつく。
学費は基礎学習院から大学まで全過程無料。教員はゾンビか俺だから人件費もへったくれも無い。維持費ぐらいどうとでもなる。
科学大学の科目は生物、化学、物理が選択。
魔法大学の科目は魔法、魔術、錬金術が選択。
国語、数学、歴史、地理が両大学で必修。
ナルガザン語、イクシニア語、フビッタ語、日本語、天文学、地学、経済が両大学で選択。
大体こんなん。
今後十四歳以上の里人は全員魔法を使える事になるので、法もちょろっと追加。
・複製魔法の使用禁止
・ノーライフ類の作成禁止
・指定された場所以外での魔質の創造・使用・持ち出し禁止
・無許可で外国への外出禁止
複製魔法は主に著作権的問題だ。五年かけて書いた渾身の作の大長編小説が一冊買われただけでコピーされまくった、ではやりきれないだろうし、魔力如何では人間の複製もできてしまう。ただし研究院では俺の監視の下で限定的に許可される。
ノーライフ類の作成禁止は個人が大きな勢力を持つのを防ぐためだ。ゾンビネズミの軍団やら、極端な話家族や友人を殺してゾンビにしたり。ゾンビを利用する事で可能となる犯罪は多いから、その予防でもある。
魔質の創造・使用制限はまだ魔質について分かっている事が少ないからだ。うっかり落としたり、水に混ざったりした時、環境に与える影響は分からない。物質と化学反応を起こさないようだから恐らく何事も起こらないと思うが。念のためにね。
外国への外出制限は技術の流出防止のためだ。人間はなに考えてるのか分からん。今までシルフィアに従順だった奴が実は反骨精神の塊で、里を出て教国や帝国にたどりついた途端にペラペラと魔法技術についてぶちまける事も考えられる。従って里を出る際には俺が監視につく。
以上。細かい所はシルフィアに丸投げしてある。
問題は人間がほぼ確実に不老で思考の制限も受けないヴァンパイアになりたがるという事だが、まあそれもシルフィアがどうにかするだろう。全員ヴァンパイアにしたら血の供給ができなくなるが、数人ぐらいなら大丈夫、な、はず。そこもシルフィアに丸投げ。こまごました内政関係は全部シルフィアに任せた。俺はひたすら教育と研究。
よーしパパ研究しちゃうぞー!
やっとストーリー終わったー。次話からまた研究のターン。ふひひひ。いよいよ魔法・魔術・錬金術のメカニズムの核心に入っていきます。




