唇
「……」
優希が不機嫌そうにしている。
デートを断った日の午後だ。士郎は困っていた。すぐにこの子は拗ねてしまう。
妹を女として見たくないが、女心と秋の空というのは正解なのだろう。
「なあ、もう怒るなよ」
「怒って当然でしょ。お兄ちゃんとデートしたかったんだから」
そう言われてもまた困る。どうしたらこの子の機嫌が直るのか。
「デートはできないけど、俺に出来る事はなんでもするから」
「ほんと?」
優希の表情が輝いた。
「じゃキスして」
それか。士郎は少しだけ後悔した。そうきたか。
「手を出せよ」
「嫌だ」
「なんでだよ。キスしてほしいんだろ」
「ほっぺか唇じゃないと嫌だよ」
やはり女の部分を優希が出してきたので士郎は戦慄した。本当はこんなやり取りも苦痛なのだが。
「……よしわかった」
「え? キスしてくれるの?」
「もうお前の機嫌取るのが嫌だからな。お前から俺の唇にキスしてくれよ」
「えー~っ!」
優希は驚いたようだった。士郎がこんな発言するのは予想外だったのだろう。
「く、唇へのキスは男の人のほうからリードしてくれないとやだよ」
「だってキスしてほしいんだろ」
「うー、ハードル高いなあ」
やはりまだ幼い女の子だ。士郎から見たらまだ子どもなのだ。
「……よし」
優希の目が光ったような気が士郎にはした。
優希が沈黙したまま、士郎に近づいてきた。そしてばっと士郎の上半身を抱きしめた。ちょんと士郎の額に唇を触れさせる。
「……キスしちゃった」
「口じゃなくていいのか」
士郎は拍子抜けした。唇にキスさえ覚悟していたのだ。おでこだけとは。
「うるさいなあ、乙女心は複雑なの!」
恥ずかしくなったのか優希はリビングから退席した。
士郎はぽかんとするしかなかった。




