ラウ君、過去のやらかしを振り返る 4
ディアの指摘に、女が顔をまっかにして震えている。色々言われてがまんできなくなったのか、ようやく口を開いた。
「……婚約者がいるから、俺は誰にも本気にならないってラウが言ったのよ。実際、誰とも恋愛はしなかったじゃない。その婚約者だって好きじゃなかったくせに」
その婚約者、とディアを指さした。反省するどころか、怪我をさせた相手に対してそんな態度を取る女に腹が立つ。
「あ? なんだよその態度。俺が過去にそんなようなこと言ったかもしれねーけど、俺が落ちぶれてからは、赤の他人を決め込んでいた奴に昔のことを色々言われたくねえよ。ましてや刺される筋合いもねえ」
友人全てに背を向けられたのだから、学生時代の遊び仲間程度の仲なら無視されても仕方がないと納得しているが、それなら今更昔の話を持ち出して絡んでくるなって話だ。イライラして言い返すと、下を向いていた女がギッとこちらを睨み上げてきた。
「ラウが誰とも恋愛しないって言ったから諦めたのよ! そう言ったくせに……守りたい人ができたってなんなの⁉ しかも相手が男とか! 馬鹿にすんのもいい加減にしてよ!」
「え? は? な、なに?」
いきなりキレてギャアギャア叫び出したのでわけがわからない。
「あれだけ女を食い散らかしていたくせに、本命に選んだのは男⁉ なんなの⁉ 本気で惚れてたアタシが馬鹿みたいじゃない! アンタみたいなクズ、刺されて当然なのよ!」
「それって……もしかして、ラウがクラトさんと男夫婦になったって噂のこと? あなた、あれを鵜呑みにしたの?」
「そうよ! 女相手じゃ本気になれなかったってことでしょ! それなのに、弄ばれたほうはたまったもんじゃないわよ!」
「あの、それデマよ? 女将さんたちが冗談で言ってただけで、クラトさんとラウは、兄弟みたいなものっていうか、叔父と甥だから夫婦とかはありえないのよ」
ディアが冷静に噂を否定すると、女はポカンと口を開けていた。血縁でないため、叔父と言うとやや語弊があるが、面倒なのでその件は表沙汰にしていないのでここは黙っておく。
「お、お、叔父……? で、でも本当の愛とか、大切な人ができたとかって言ってたじゃない。叔父と恋人なの……?」
「だから違うって! つか本当の愛とか俺が言ったことじゃねーよ! つかなんなの? 結局俺はデマの噂で刺されたってこと? 理不尽すぎんだろ」
同意を求めてディアを見ると、女の母親と一緒にものすごく気まずそうに目を逸らされてしまった。
それを見て、女もようやく自分が勘違いしていたことに気が付いたようで、顔を真っ赤にしている。
「え、あの、ごめん……本当のことかと思っちゃって……」
「いや、もし仮に本当だったとしても、刺していい理由にはなんねーだろ……」
女はごにょごにょと謝罪を口にしていたが、母親のほうがすごい勢いで女の頭を下げさせ、詫び金を無理やり押し付けてドタバタと帰って行ってしまった。
「……ハァ」
大きなため息が聞こえて、ビクリと肩が跳ねる。
どさくさに紛れて聞き流してしまったが、ディアが過去にあの女から相当嫌がらせを受けていた話を思い出して内心冷や汗が止まらない。
当時もなんとなく気が付いていたが、ちょっとした女同士の鞘当てくらいにしかおもっていなかった。そんな深刻な嫌がらせだとは考えていなかったから、キャットファイトを遠くから観戦するくらいの感覚でいた。改めて聞くとあれを放置した本当に俺は最低だった。
「すまん、あの頃、全然気づかなくてさ……」
「あの当時のラウなら、気づいても諫めるどころか面白がって喧嘩を煽ったんじゃない?」
「うっ……」
ダメだ、当時の俺がクズ過ぎてなんのフォローもできない。あの頃の俺も確かに俺自身なのに、今はもうどうしてあんなにも傲慢で全てのことに鈍感でいられたのか分からない。
「ここ最近、ラウに何度も謝られている気がする。なんかもうお腹いっぱい」
「謝罪することが多すぎる俺のせいです、ゴメンナサイ」
あれだけの仕打ちを受けたのに、ディアは何でこんなに軽い反応で済ませられるのか分からない。
「ディアは……なんで俺を助けてくれんだ? お前が一番、俺を恨んでいるはずだろ? それこそ、刺されてもおかしくねーくらいのことしたじゃん……」
普通に接してくれるからここ最近は忘れていたが、本来ディアとはこんな風に手助けを頼める間柄じゃないはずなのだ。それなのに友人のように接してくれるのが本来ありえないことなんだろう。
「うーん、なんでだろう……確かに一時期は死んでほしいくらいに恨んでいたけど、ラウのことがどうでもよくなったら復讐をするほどの情熱を持てなくなっちゃったのよね」
「復讐するほどの情熱かあ……」
分からなくもないが、それでもやっぱり当時のことを思い出しても冷静でいられるディアが変わっているのだと思う。
話し合いが終わったようだと気づいた双子が、店の奥から顔を出した。ディアが微笑むと嬉しそうに飛びついてくる。それに続いて、クラトさんも様子を見に来てくれた。
「大丈夫だったか? ラウ」
「平気っすよ。心配かけてすんません」
怒鳴り声とか、誰かが怒っている姿が苦手だという双子に揉め事を見せるわけにいかないからと言って、クラトさんは一緒に部屋で待ってもらっていた。
「心配くらいさせろ。ここ最近、お前は全部背負い込みすぎだ。もっと頼ってほしいが……でも今の俺じゃあ頼りにならないよな、すまん」
「ちが、違います、そういうわけじゃないんす。俺がもっとしっかりしないといけないと、思って……」
俺を刺した女がまた激高するかもしれないと危惧して、まだ精神的に不安定なクラトさんを揉め事に巻き込みたくなくて遠ざけたが、自嘲するクラトさんを見て余計な気を回したことを後悔した。
本来クラトさんは自分を卑下するような物言いをしない人だ。どうフォローすればいいのか分からず言葉に詰まっていると、双子が二人して俺のズボンを引っ張った。
「ラウ、また泣いてる」
「ラウ、泣かないで」
「泣いてねーよ! つか、なんでお前ら俺のこと呼び捨てなんだよ。一応俺、店主だぞ! もうちょっと敬ってもいいだろーが!」
「ラウ、すぐ怒る」
「ラウ、大人げない」
「だからなんで呼び捨て!」
俺が怒ると双子はきゃあとはしゃいだ声を上げてディアの後ろに隠れる。
「そういえば、この間二人にラウのことをなんて呼べばいいかって聞かれて、ラウでいいわよって私が言ったんだわ」
「お前かよ! 店主としての威厳とか、あんじゃん! もうちょっと考えてくれよ」
「いいじゃない、親しみやすくて。ラウは威厳とか持たないほうがいいと思うわ。目線が同じほうが、気持ちが通じやすいでしょ」
あ、と声が漏れる。
過去の俺は、町で一番の商家の息子でいろんな面で優れていたから、他の人間を下に見ていた。傲慢で無神経だった頃の俺に戻らないように、とディアは言っているのだろう。
「それに、二人が自分からこんなに話しかけるのは珍しいのよ。慕われているんだから、今のままのラウでいてほしいわ」
「そっか……そうだな。分かった、じゃあお前ら俺を兄貴と思っていいからな。ラウ兄と呼んでいいぞ」
「「ラウ」」
「なんでだよ!」
きゃらきゃらと笑う二人につられて、クラトさんも笑っている。その様子を見て、ディアも嬉しそうに笑っている。
いろんな不安もまだまだあるが、この光景を見ていると全部上手くいくんじゃないかって、何の根拠もないけど思えるんだ。
おわり
というわけで、ラウ君視点のお話は終了です!
振り返ると改めて当時のクズさが際立つラウ君のお話でした。
最後まで読んでくださってありがとうございます。