第13話:宣戦布告
「総理、シェリー米国大統領から、御電話です」
「分かった。繋いでくれ」
秘書の小島は、恭しく礼をして部屋を出て行った。
小島は優秀な秘書だ。確かもうすぐ、2人目の子供が産まれる筈だ。仕事も真面目に取り組んでいるし、家庭も大切にする、いわゆる『出来る奴』だと言えるだろう。私には、とても真似出来ない…
しかし、以前の秘書はもっと優秀だった。彼を、あの化物に取られた事によって、我々の計画は少々ずれてしまった。だが、遅れるだけだ…それだけで、全ては計画通りに進む。
「はい。高山です」
「お久しぶりね、Mr・高山。いよいよ、来るべき日が近付いたわ。そちらの準備は良いですか?」
「勿論です。アメリカはどうです?」
「抜かりありませんわよ。ヨーロッパ諸国も、準備は整ったそうですわ」
「分かりました。では、次のステップに移ります」
「ええ、ではまた…」
高山は、電話を切ると、椅子の背もたれに全身を預けて、短く息を吐いた。
「ふん…女狐が……」
あの女大統領は気に入らんが、アメリカの持つ力は大きい。奴等が居てこそ、ヨーロッパとも連繋が取れていると言っても良いくらいだ。だが、今だけだ…
「小島君、ちょっと出てくるよ」
「どちらへ?」
高山は、髪を撫で上げて、微笑んだ。
「蒼に、話があってね」
*
「ちょっと、蒼!それどころじゃないだろ!?」
柊は、デスクで仕事に没頭している蒼に、訴えかけた。
よりにもよって、国が自分達の味方でないと分かった今、仕事などしてる場合でない、と言うのも正論である。
「柊さん、落ち着きなさいな…」
アリスは、紅茶を飲みながら、柊を静かに諭した。
「でも…」
「貴方達、日本人は、もっと蒼に感謝すべきですわ。彼が居たからこそ、この国は、過去二度に渡る大戦で、潰れずに済んだのですよ」
これには柊も、反論は出来なかった。
蒼と知り合い、共に仕事する様になった柊には、アリスの言った事も、十二分に理解出来たからだ。
黙りこんだ柊を見て、蒼も静かに口を開いた。
「例え…どんな緊急事態だろうと、俺達は国民の事を、一番に考えなければならない。本来、俺達の様に、国政に関わる者は、金や権力の為に働くのではない。国を潤し、国民を助ける為に居るのだ。柊。お前も、それを忘れるな」
柊が、頷いたのを確認すると、蒼は仕事を再開した。
「でも、その手紙…信用出来るのですか?5年も前の物なのでしょう?」
時雨が、不安そうな表情で、誰にともなく問い掛けた。
「彼の、ファウストの能力は、かなり異質なものなのですわ」
アリスが、時雨に向き直り、答えた。
「ファウストの能力はなんて言いましょうか…全知、と言うのが正しいのでしょうかね?彼は、一歩も動かなくても、世界のあらゆる情報を知る事が出来るのです。この世界に住む、人間1人1人の事も、彼の脳に直接流れてくると言う話ですわ」
「それとじゃ…」
今まで黙っていた太公望が、アリスの話を引き継いだ。
「奴には、もう一つ、未来予知の力がある。あまり遠くない未来なら、見えるそうじゃ。ファウストは知っていたのじゃよ…我々が、こうして集まる事も、これから起こる事も…」
「どっこいしょ…っと」
おっさんじみた掛け声と共に、蒼が立ち上がり、腕を上げて大きく伸びをした。
「取り敢えず、粗方終わった。後は、他の連中がなんとかするだろ。太公望、場所を移して、今後の対策をねろ」
その時、蒼の言葉を遮る様に、ドアをノックする音が、不気味に鳴った。
「蒼。高山です。少し話したい事がありまして…」
部屋に居る全員が、蒼の表情を、それとなく伺った。アリスにしろ、太公望にしろ、自分達の暮らす国ならいざ知らず、ここは蒼が統治する日本だ。ここでの判断は全て、蒼に任されているのが道理だ。
蒼は、皆の注目を浴びる中、その顔に、冷酷な微笑を浮かべて見せた。
「真打ちの、ご登場ってやつか…向こうがその気なら、臨むところだ。その前に太公望」
太公望は無言で頷くと、蒼のおでこに、静かに人差し指を当てた。
「……準備出来たか?」
蒼の問いかけに、太公望は指を離し、軽く頷いた。
「良し。高山、入って良いぞ」
「失礼致します」
高山は、総理大臣らしい威厳に満ちた声音を発し、神聖なる神達の部屋へと、臆する事なく、堂々と一歩を踏んだ。
「んで、俺に話ってのは、なんだ?」
対する部屋の主は、狩場に迷いこんだ、愚かな獲物を見る様に、威圧感と残忍性を含んだ瞳で見つめて居た。
「いや、大した事ではありません。私も多忙だったもので、蒼とじっくり話す機会がなかったと思いまして…」
「クッ、ククク…んな、口実はいらねぇよ。もう、全部知ってんだよ」
高山は、動揺した風も無く、首を傾げた。
「何を、知っているのですか?」
「なぁ、高山」
「はい」
両雄は暫し沈黙した。その沈黙は、見えない重圧となって、部屋を押し潰さん程に重かったが、彼等の眼は揺らがない。
重く、暗い沈黙の中で、先に口火を切ったのは蒼だった。
「アダムの心臓使ってまで、自由が欲しいか?欲深き人間よ…」
「ファウストに聞いたのか…。蒼よ。我々、人類は十分に成長した。もはや、神の力など要らぬ…我々は、神の楔から外れ、本当の意味での自由を手に入れる」
「俺等と戦争しようってのか?賢い、とは言えねぇなぁ…。それとだ…お前達に心臓の使い道が解るのか?」
高山は、不敵な笑みを浮かべて、蒼の顔を覗き込む様に見つめた。
「実は、アダムの心臓が、この国会から持ち出されたのは、もう10年も前の事なのですよ…」
「…………」
「我々は、数多くの人体実験を繰り返した。それによると、心臓を人間に移植する事によって、全ての記憶を失う代わりに、人間を遥かに凌駕する力を手にする事が分かった」
高山の発言を聞いて、柊と時雨は、驚愕した。まさか自分達の住む、平和大国とまで言われる日本で、その様な事が行われていたと言う事実は、とても容易に受け止められる話ではない。
「……だが、お前が、今ここに居るっつぅ事は、上手くいかなったんだろ?」
「あぁ、1つ問題があった。移植された人間は、一時間と経たずに死んだのだ…」
蒼は、鼻で笑うと、哀れみを含んだ眼をして見せた。
「まぁ、所詮そんなとこだろ。心臓の力に、人間の脆弱な肉体が耐えれる訳がねぇ」
「そうだ。だが、人を超えた者なら、どうだ」
意味深な高山の言葉に、蒼は怪訝な表情となった。
「人を超えた者…それすなわち、神の血を受け継ぐ者だ。私の言いたい事が解るだろう?」
自分の発言により、蒼の表情に、ほんのわずかだが、動揺が見えたのを、高山は見逃さなかった。
「そう…私が探していたのは、お前達の子だ…。そして、私は見つけた」
高山は、蒼から視線を外すと、緊張した面持ちで、自分達の会話を聞いていた青年と眼を合わせた。
「それが君だよ。柊…」
その発言には、流石の蒼も、狼狽の色を隠せない。だが、当の柊は、それ以上に動揺していたのは言うまでもない。
「お前が…柊を秘書にしたのは、その為か…。だが、誰の子だって言うんだよ?」
「蒼…柊のフルネームを聞かなかったのか?」
蒼は、うっすらと額に汗を浮かべて、柊へと振り向いた。
「柊のフルネームは…新庄 柊だ」
それを聞いた蒼は、眼を見開いた。
「まさか…!?柊、お前の祖母の名前は、なんて言う?」
突然の事に、動揺した柊は、震える声で、その名を口にした。
「千草…新庄 千草だよ」
「なっ!!」
千草、と言う名前を聞いて、蒼は今までの長過ぎる人生の中で、自分が最も動揺したのと同時に、その名に懐かしさを感じた。
「これで分かっただろう、蒼よ。柊は、お前の孫だ」
蒼は、高山に視線を戻すと、獅子をも殺さん程の、殺気と威圧感を持って睨み付けた。
「ふぅ、全く…孫と分かった途端に、そんなに殺気を撒かないでほしいものだ」
高山は、蒼の殺気をものともせずに、普段通りに、冷静な態度をとっていた。
「安心しろ。もう、彼に用はない」
「どういう意味だ…?」
「お前に柊を取られた時は焦ったが、もう代わりは見つかったのだ。アメリカに居たのだよ…ジョーカーの息子がな」
高山が来てから初めて、アリスが口を開いた。
「それで、ジョーカーの乗っていた飛行機を落としたのですね。彼がこの事を知れば、その息子を守りに行きますものね」
「要心するに越した事はないからな。蒼に、心臓が盗まれたと言えば、お前達、神の孫が集まる事は予測出来た。その時に、太公望と接触されては困るのでね」
太公望は、酷く気だるそうにしながらも、自分の名前が出た事もあってか、渋々といった様子で会話に加わった。
「どうやら、わし等の能力は把握している様だな…」
「神出鬼没のガーネットを除いてだがな。太公望、貴方の能力は、空間転移の筈だ。そちらの、アリスは時間停止。蒼は、大気操作で、ジョーカーは、磁力操作。ファウストに至っては、把握しきれていないのが実情だが、世界監視、と我々は呼んでいるがね」
「んでもよ。なんで、俺達を集める様な事をしたんだ?もしかしたら、なんの邪魔もなく、お前達は計画を実行できたかも知れねぇじゃねぇか」
蒼は、先程までの殺気も抑えて、冷静さを取り戻した様子で、高山に問い掛けた。
「歴史にならったのだよ。蒼、これは我々、人類から、お前達への宣戦布告だ。我々は、持てる全ての手を駆使して、神を討ち取る」
宣戦布告。それを聞いて蒼は、嬉々として、高らかに笑い声を上げた。
「テメェ等、人間如きが、神に刃を向けるか。やはり、ファウストが言ってた、三度目の嵐は、回避出来ねぇみてぇだな。ま、そっちがその気なら、俺達も退かねぇぞ」
蒼は、おもむろに右手を上げ、それを合図と悟った太公望は、脱ぎ捨てた安眠スーツを手に取ると、蒼の肩に手を添えた。
「皆も、わしの体に手を当ててくれ」
太公望の呼びかけに、アリス、柊、時雨の3人は、太公望の腕や肩に手を当てた。
再び睨み合いを続ける両雄は、お互いに、殺気と威圧感を放ち、一歩も退かなかった。
「蒼。我々は勝つよ…人類の自由の為にも」
「ほざけ…所詮は、テメェの為だろ?だが、良いだろう…やれるもんなら、やってみろよ。哀れな神の下部達が、神に楯突く報いを受けるが良いさ…」
そして、蒼達は、太公望の能力によって、一瞬の内に姿を消した…
そして、後に人々は、この後に起こった戦争を、第三次世界対戦とは呼ばずに、こう呼んだ。
『G.C.W』
『God Children's War』と……