第12話:銀狼からの手紙
蒼の部屋に戻った柊は、竜王との話を伝えたところだった。
「……と言う事何だけど、蒼はどう思う?」
当の蒼は、腕を組んで、厳しい面持ちをしていた。
「確かに、国会内部に、ホシが居る確率は高い。だが、俺等に探すのは、まず不可能だろう…やはり、ここは竜王を信じるしかないな」
仕事から戻った時雨も、沈痛な様子で居た。
「あと、竜王が提示した料金なんだけど…」
「それは問題ない。8億だろ?そんなん、安いもんだ。昔、あいつのジジイに、20億も、ぼったくられた事もあったからよ。それに比べりゃ、8億なんて…」
蒼にしろ、竜王にしろ、彼等の金銭感覚はどうなっているのか…
『金持ちは、恐い…』と柊は、1人思った。
「あの、柊さん…」
突然、時雨が声をかけてきた事に、柊は戸惑った。
ここ一週間、会話どころか、目すら合わせてくれなかったと言うのに、一体どうした事か。
横目で蒼を見ると、親指を立てて、ウィンクまで決めていた。
「すいませんでした。私…その…怒り過ぎてしまって。蒼にも、言われました。私達、3人で頑張っているのに、こう言うギクシャクしているのは、駄目だって…」
柊は、合点が一致した。
蒼の奴、出掛ける前に、仲直りさせてやるって言ってたけど、ちゃんと言ってくれたんだ。
「それに…」
時雨はなんだか、顔を赤くさせて、彼女らしからぬ、はっきりしない態度をとった。
「それに?」
柊も、訝しげな様子で聞き返す。
「その…柊さんは、変わった趣向をお持ちだとかで……なんでも、女性には興味が無いとかって…」
柊は、時雨の一言一句に、嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
「だから、その…なんと言いますか……柊さんは、男性がお好きとか…」
「ちょっと待ってよ〜〜!!」
もう最悪。でも、犯人は一目瞭然だ!こんな事、時雨に吹き込む奴って言ったら…
柊は、腹を抱えて、笑いを堪えている蒼を睨み付けた。
「蒼!お前、時雨に何て言ったんだよ!!」
蒼は、吹き出して、大声を出して、笑い始めた。
「ーハハッハ…いや、すまんすまん。ちょっとしたジョークだったんだが、時雨が真に受けちゃってさ。ぶはっ…ハハっ!っつぅか、マジ、ウケるんだけど…」
蒼は、腹を押さえながら、片手で机を叩き、一層笑い続けていた。
「ちょっと、蒼!あれ、嘘だったんですか!」
やっと真相を理解した時雨が、蒼に問いただした。
「嘘に決まってんだろ。柊は、健全な男の子だっつぅの」
「誰が男の子だよ!!」
「ちょっと待って下さい、柊さん。健全な男って事はやっぱり…私の体を触ったのも、わざとですか!」
「いや、それは、あの…違くなくもないかも知れなくもないかも知れなくて…」
「もう!どっちなんですか!」
「ひゃははは!お前等、コントしてんのかよ!」
「皆さん!!黙りなさい!!」
3人が言い争ってる中に、鈴のなる様な声が響いた。
「あれ、アリス。お前、いつから居たの?」
3人とも静まり、小さな美しい、訪問者に目を向けた。
「さっきから声を掛けていたのに、貴方達と言ったら何ですか、全く…緊急事態ですわよ」
アリスの言葉に、3人に緊張が走る。
「蒼、テレビを付けて下さい」
「あ、おう」
蒼が、テレビのスイッチを入れると、緊急速報が流れているところだった。
画面に写し出されたのは、海。その海面上には、大量の黒煙を上げて、何かが激しく燃えているのが分かった。
「太平洋沖、東京湾から200kmの所で、アメリカから来た飛行機が墜落しましたわ」
アリスが、深刻な表情で、解説をした。
「見りゃ分かる。んで、これが何だっつうの?」
「あれは、合衆国大統領のプライベートジェット。乗って居たのは、ジョーカーですわ」
「何だって!?」
蒼が声を荒げて、テレビを凝視した。柊と時雨も又、驚愕の面持ちで、テレビに見いる。
「ジョーカーって、前に言ってた、神の孫の1人だろ?どういう事だよ?これ…」
柊が、疑問と共に、視線をアリスへと向けた。
「私にも、皆目見当もつきません…ただ言えるのは、仮にも大統領の機体…事故ではないでしょう」
墜落した機体は、尚も激しさを増して燃えあがっていた。
「まぁ、あいつの能力なら、死んじゃいねぇだろ…しかし、厄介な事になったな」
「やはり、アダムの心臓の件と、関係があると見て良いですわね」
「だが、分からねぇ。仮に心臓を取った奴の仕業にしたって、なんでジョーカーが狙われる?」
蒼もアリスも、腕を組んで、二人とも黙りこんだ。
その時、時雨は後ろを、部屋の入口を振り返った。後ろに、何者かの気配を感じたからであった。
「きゃ!!」
時雨は、そこに居る者を見て、思わず叫び声を上げた。
時雨の悲鳴に、皆が一斉に振り返り、身構えた。
皆の視線の先には、宇宙服の様なスーツを身に纏った人物が立っていた。
「なんだ、こいつ……いつ入って来た?」
蒼が珍しく、焦りの表情を浮かべた。
宇宙服の人物は、ゆっくりとした動作で首を回して、全員を観察している様だった。球体型のヘルメットのレンズには、スモークがかかっているらしく、顔を伺う事は出来ない。
蒼は万一の為に、大気をいつでも操れる様に意識を集中し始め、アリスはゆっくりと右手を上げて構える。
それを悟ってか、宇宙服の人物が動きを止めた。そして、次の瞬間に、宇宙服は床に崩れる様に倒れた。まるで、脱ぎ捨てた服の様に…
「何!!?」
突然の事に、全員に更なる緊張が走った。
「はぁ、こりゃ大変な事になったのう。ジョーカーもつくづく運の無い奴じゃ」
男の声が聞こえ、皆が振り返った視線の先、テレビを食い入る様に見ている男が居た。
「お主等も、そうは思わんか?蒼、アリス」
「お前…」
蒼達に顔を向けた男は、二十代前半程の、華奢な青年だった。ボサボサの長い黒髪に、水色のシャツを羽織り、シンプルなストレートのジーンズに、裸足と言う出で立ちで、にっこりと、皆に微笑んで居た。
「あら、貴方でしたか。随分、久しぶりですわね。」
「つぅか、何で宇宙服なんか着て来るんだよ?新手の刺客かと思ったじゃねぇか」
蒼とアリスは、すっかり状況を理解したらしく、先程までの警戒心は微塵も感じられなかった。
「ちょっと、蒼。この人、もしかして…」
「そう、俺達、神の孫の中で一番の横着者。名前は太公望。聞いた事ないか?歴史の教科書にも、名前が出てるぞ。こいつをモデルにした本もある筈だ」 太公望は、頭を掻きながら、明らかに迷惑そうな表情を見せた。
「あんなもの、こっちとしてはいい迷惑じゃ。わしは、静かに暮らしたいだけなのに…」
「それは一先ず置いときましょう。しかし、何故あの様な物を着ていたのです?さっきから気になって仕方がありませんわ」
アリスが、宇宙服を指差して問い掛けた。
「あ〜…あれは宇宙服じゃなくてのう。安眠スーツと言う代物じゃ」
「安眠スーツ?」
「そうじゃ。あれは、今から10年程前じゃったかのう?わしは、四六時中、誰にも邪魔されずに眠れる、快適な空間が欲しくてのう…NASAに頼んで作って貰ったんじゃよ。耐衝撃、耐熱、耐寒、防音、防弾、防刃、その他諸々…あらゆる事に対応出来る、正に完璧な代物じゃ。おまけに軽いときておる」
それを聞いた蒼は、ほくそ笑んで見せた。
「相変わらずだなぁ。んで、結局何しに来たんだよ?怠け者のお前が、日本語まで覚えて来たなんて、余程の事なんだろ?」
太公望は気だるそう動きで、ジーンズのポケットから、黒い封筒を取り出した。
「5年前に、わしに届いた神の御言じゃ。差出人は、ファウストで、内容はこうじゃ」
太公望は、封筒の中の手紙を広げて、流暢な英語で読んで聞かせた。
「太公望へ。
5年後の夏。
日本で、我等が父の形見が奪われる。
しかし、これを事前に防ぐ事は出来ない。
さすれば、即座に世界は三度目の嵐に突入する。
故に、君は5年後の夏まで行動を起こさずに、日本語を身に付け、蒼の元を訪れよ。君が、日本の国会議事堂の地下にある、蒼の部屋を訪れた時、その部屋には、蒼とアリス、そして、蒼の秘書が二人居る。
彼等と協力して、少しでも、世界への被害を減らしなさい。それと、蒼に伝言を頼む。」
太公望は顔を上げ、蒼を見据えて、静かに語り始めた。
「蒼よ、今回の一件で、嵐が来るのは遅れる。
だが、遅れるだけだ。
三度目の嵐は必ず来る。
気を付けろ…各国の首脳達は、水面下で、既に動いている。
世界各国は、我等の味方に非ず。
彼等は、神の孫を消し、本当の意味での、自由を手に入れるつもりだ。
来る三度目の嵐は、人対人でなく…人対神の戦になるだろう。君は一刻も早く、残りの者達と合流しろ。
ジョーカーは死んでいない。ガーネットも又、日本に入っている筈だ。時が来たら、僕も合流する。それまで、無事で居てくれ。健闘を祈る」
太公望は、読み終わった手紙を丁寧に畳み、封筒に戻すと、それを蒼に渡した。
蒼は、封筒を受け取ると、無言で煙草に火を付けた。
他の皆も、口を閉ざし、部屋を静寂が支配していた。
「嵐……か…」
蒼の静かな呟きが、部屋にこだました。




