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最後の記憶

あれから、随分と長い時間を俺たちは過ごした。


リチャードの隠し子が現れて、その子とエミリアが結婚したり、ユリウスは宰相になったり、エミリアの代わりに俺たちの子供になるってリチャードが俺の屋敷に住み着いたり・・・色々な嬉しい事や楽しい事、時には辛く悲しい事も、俺の人生を彩った。


満たされ無かった俺は、捕まえた天使達に満たされ続けたし、二人は俺を招いた事を後悔もしなかった。


ただ。

リチャードは、もともと、あまり体が丈夫な方で無かった。

それが、晩年になると、よりいっそうで、寝つく事が増えていった。


◇◇◇


「リチャード、大丈夫か?」

ある晩、もう三日も寝込むリチャードを俺は見舞った。


・・・まただ。天使が窓辺の安楽椅子で微睡んでいた。

月の明かりに照らされた姿に、俺は息を飲む。

リチャードは、老いてなお、天使のままだ。


俺の声に気がついた、リチャードは薄く目を開けた。


「やぁ、エリオス。」

「リチャード、辛そうだ。」

俺はそう言って、起き上がれないリチャードが体を横たえている安楽椅子の肘掛に座り、リチャードの額にかかる髪を払い、額を撫でてやった。


「ん・・・。エリオス・・・。」

リチャードはそう言って目を細め、気持ち良さそうに、俺に撫でられる。俺は暫く熱張った彼の額に手を当てていた。


すると、リチャードは、痩せた手で額に当てる俺の手を掴み、その手を自分の唇に引き寄せ、俺の手にそっと口付けを落とした。


「・・・どうした?リチャード?」

「お別れを・・・。」

「馬鹿な事を言うな。ただの風邪だ。直ぐに良くなる。」


リチャードは、小さく首を振って否定する。


「エリオス、僕は経験者だ。・・・分かるんだ。」


俺は何も言えず、ただリチャードを見つめる。


「エリオス、ありがとう。僕の人生にいてくれて。・・・僕はもう・・・生まれ変わりたくないな。それが・・・ちょっとだけ怖い・・・。」


「嫌だ。リチャード。俺と居ろ。」


リチャードは、力なく笑う。


「ずっと、ずっと大好きだよ。エリオス。」


俺は堪らずに、リチャードを抱きしめる。細身のリチャードは、更に痩せてしまっていて、なんだかすごく小さくなってしまった様に感じた。そしてその体は、重さを感じさせない。


そして、俺もとうとう悟る。

本当にリチャードが、もう長くないのだと・・・。


「なあ、リチャード。」

「ん・・・。」

「もし、またリチャードが生まれ変わったら、俺も生まれ変わっている。俺は執念深いから、リチャードを逃がさない。そして見つけてやるから、安心しろ。」

「なにそれ・・・こわいよ・・・。」

リチャードは嬉しそうにクスクスと笑う。


「そしたら、チェスでも、遠乗りでも、なんでもリチャードが好きな事に付き合う。」

「ん・・・。」

「お前が女なら、嫁にもらってやる。」

「ん。」

「俺は、ずっと・・・。」


いつの間にか、涙が止まらなくなっていた。

リチャードは、俺の涙をそっと拭い、呟く。


「ありがとう。ね、泣かないで。・・・ごめんね、僕、体が弱くて。・・・エリオスを泣かせたく・・・ないのにな。」


ああ、多分もう、本当に時間などないのだろう。

そして、リチャードはそれを知っている。


俺は無理に顔に笑みを浮かべる。

・・・本当に笑ってやりたいけど、それは無理だ。

リチャードも、ゆっくりと笑う。


そうして、俺と暫く見つめ合ったリチャードは、

「ばいばい。エリオス。大好きだよ。・・・また、ね。」

そう言って、サファイアの目を永遠に閉じてしまった。


俺は声も出せずに、ただリチャードを抱きしめて泣いた。

そして、その僅かに残る体温を感じていた。


「・・・リチャード、俺は愛していたよ。」


俺の言葉は、月夜に溶けてしまった。


◇◇◇


リチャードの死から、数年後、俺はユリアも見送る事となる。


ユリアは、リチャードの死の悲しみが深く、沈みがちになっていった。


ユリアは、リチャードが離れに住み着いても、決して俺の様にベタベタと付き合う感じではなかった。だから、ここまで深くリチャードの死を悼むとは、思っていなかった。

二人で居る事を見かけるのは、サロンか俺が作った花の庭の東屋くらいで、大抵はリチャードが微睡む横で、ユリアは刺繍を刺したり、ピアノを弾いたりしており、特に会話を楽しんでいる様子はなかった。二人はただ一緒にいるだけだった。ただ一緒にいるだけ・・・それがどれほど深い結びつきなのか、俺は分かっていなかった。


・・・やはり天使は一対だったのだろう。


リチャードを失ったユリアは、あっという間に流行り病に負けて、旅立ってしまった。

ユリアは死ぬ前に「エリオス、大好きよ・・・また、ね。」そう言った。・・・リチャードと同じセリフだ。


・・・俺が捕まえた筈の天使は、俺の手をすり抜けて、あの薔薇園へ帰ってしまったのだろう。

そして、二人で「退屈なお茶会」をしているのだろう。


そして、いつかそれに招かれる日を、俺はただ待つのみだ。


だけれど、俺は後悔などしない。

俺は欲深い男だから、俺が捕まえた天使達を残して死ぬなど生来出来はしないのだ。

天使を悲しませるくらいなら、俺が二人を悼みたい。


・・・そして、もし、リチャードの言う「生まれ変わり」が本当にあるのだとしたら、俺はリチャードでもユリアでも・・・いや、二人とも逃しはしない。


俺には、生まれ変わろうが、そうでなかろうが、そんな事は関係ないのだ。


二人を「愛している」ただ、それだけなのだから。

そして、それが今も俺を満たしている。・・・俺の中で、二人はずっと生き続ける。


俺はチェスのクイーンで、天使達を守るのだ。





【終】





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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでいてユリウスの2人でセットって言葉を思い出しました笑 お父さんに似たのかな?笑
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