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スクラップ・チェア  作者: 鐘鳴タカカズ
四章 ライレア大陸編
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三十日目 煢然

 波に揺れていたミニボートが、ひときわ大きく揺れる。船首は完全に海面を飛び出し、そのまま岩場に船底をこすりつけながら上陸する。同時に、船尾についていたエンジンは使命を全うしたように、眠るようにその動きを止めた。

 頭の上には澱のような雲が重なり合っていて、時刻は昼だというのに薄暗い。

 ボートに横になりながら、灰色の空を眺める。

 念願の左大陸に着いたというのに、両手を上げて喜ぶこともできない。

 理由は……分かっている。


『あなたは、人間ではないのかもしれません』


 記憶の中のマザーの声で、あの言葉がリフレインする。

 その言葉は毒のようにゆっくりと僕の体に浸透して、疾患なんて抱えようのないこの体を、錆びついたように固まらせてしまう。

 ボートに打ち付ける波の音は、不快感を伴うほど大きくなり、ここ十数日聞いていたせいで耳にこびりついて離れない。


『そういう時はね、一回深呼吸するの。たくさん空気を吸って、その空気が体全体に行き渡るのをイメージするの。それから、次の一歩の事だけを考えるの』


 行き場のない苛つきの中、思い出したのは姿さえおぼろげな母の言葉。

 息を吸って、肺に取り込んで、大きく息を吐く。

 酸素を取り込む必要がない以上、有機的に僕の体には何も変化はない。考えるまでもなくわかることだ。

 この時の僕は深呼吸を……人間の真似事をすることで、少しだけ気持ちが楽になる様な、そんな気がしていたのだ。

 謎の使命感に突き動かされながら、呼吸を続けること数分。


「……っよし」


 ボートの床に押し付けていた背中を離し、ごつごつとした岩場を渡って上陸する。土気色の地面を踏みしめると、体の内側からじんわりと温かいものが込み上げてきた。


「やっと、たどり着いた……」


 声に出して確認する。自分が今どこにいるのかを。

 通称、左大陸……本来の名前はライレアという。

 三大大陸の中で最大の陸地面積を誇り、最大の港を持ち、最大の都市がある、世界で最も発達した大陸。

 手に持ったタブレットを見れば、大陸の北西、その海岸線が明滅している。これが僕の現在地だ。

 僕の家がある町は、ここから少し南東に進んだ内陸。地図上で見れば指先ほどしかない距離だが、歩きだけとなれば一か月以上はかかると踏んでいる。


(いや、疑似睡眠の時間も取ると考えればもっと……)


 時間を計算しながら方角だけを確認して歩き出す。眼前にはなだらかな坂道と背の低い木々。道路も見当たらないし、エンジン音も聞こえてこない。

 地図上で確認すると、一番近い村でも三日ほどは歩かなければならないらしく、バイクなどの移動手段を手に入れることは難しそうだった。


(……まぁ、焦るわけでもないしな)


 ジェネレーターと歩ける足を手に入れた今、先を急いで足やタンクに余計なダメージを与えるリスクの方が高い。無論、早くつくに越したことはないが、今更焦ってもしょうがない、という諦観も同時に出来ている。

 素足で土をける音と、パイプで地面を抉る音とを出しながら、なだらかな傾斜を踏み越えていく。

 太陽は厚い雲に覆われていて、日を見るのはしばらく先になりそうだった。


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