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東條茅の運命

 もう何度したかも解らない議題を出される。それはエノシマさんを強制帰還させるか否か。けれど、それは時空転移を強制的に起こすということ。しかも、もう消えた時空へと。

 確かに古くからの知識を持つこの老人たちや、潤沢なエーテルを持つ若い術士たちを動員すれば不可能なことではないだろう。けれど、私はそれを許さない。


「何度も言いました。彼女はもう、こちらで戸籍も持ち、普通に生きる小学生です。時空転移の弊害でエーテルも回復するわけでもない、エーテルの底が見えている、ただの小学生です。それに彼女にももうコミュニティが出来ています。新しい、東條エノシマとしてのコミュニティが。それを剥奪し、もしも反魂を起こそうなどとする者が現れたら、それこそ大変な事態を招くでしょう。この時空にはもう東條エノシマという存在がいるのです。それを奪い、時空にまた異変が起こればどうなるか、博識な皆さんなら容易に想像できるでしょう?」


 円卓を囲み、こちらを睨んでくる古くからの血を持つ各地方の管轄員である名家の当主たちに私は淡々と言う。古い考えを持つ老人たちには何も言わさない。エノシマさんは家族である以上に、この日本を救った英雄であることも付け足して、私は席を立った。


「無意味な論議は終わりにしましょう。今日の会合はここまでとします。皆さん、気をつけてお帰りください」

「待て、東條殿! しかし、それでは他の魔術師たちに示しがつかないではないか! 魔女たる存在は特魔に駆逐されるべきだ! もう二度と、本当に、東條エノシマのエーテルが回復しないと確定した訳ではないだろう!」


 それを言われて、私は小さくため息を吐いて書類の一枚をひらりと差し出す。


「去年の夏から、今日までの彼女のエーテル量の計測結果です。微量な量から、微動だにしていないのが解りますよね? 魔女どころか、最早魔術師ですらありません。彼女はただの人間です。これでも文句があるならば、私はそれなりの権限を持って、あなた方を除名してしまうことも不可能ではないのですが?」

「ぐっ……、血統に縋り付いただけの若い女が……!」


 それを聞き、私は不敵に笑う。


「その若いだけの女に、魔術で決闘してみますか? 私はあなた方が束になってかかってきても勝つ確信を持っていますが」


 それを聞き、老人たちは一斉に口をつぐんだ。事実を突きつけられて、まだ反論してくるのであれば、私は本当に実力行使で彼らを黙らせてやれるのだ。それだけの力を、身につけている自信もある。


「では、解散。皆さん、お疲れ様でした」


 そう言って再び席に座り、老人たちが帰るのを見送り、私は背もたれに深くもたれかかった。


「姉様、大丈夫ですか?」


 大切な自分の式神が私の身を気遣ってくれる。私は笑って手を振った。


「なんてことないわ。しかし、いつまでもしつこい連中よね。本当に除名させてやろうかしら」

「それは……」

「冗談よ」


 東支部の会合に使っているホテルを出れば、もう日はすっかり暮れていた。腕時計に目を落とせば、十時間以上も話をしていたことにやっと気がついた。

 午後一番に始めた会議は荒れに荒れ、日の長くなったこの時期に月を拝むことになるなんて思わなかった。


「はーあ、疲れた。さぁ、帰りましょうか、弟切」

「はい、姉様」


 ホテルスタッフが回してくれた高級な自家用車に乗り込み、私はいの一番にタバコに火をつけた。メンソールの香りのする煙を肺の深くまで満たし、ゆっくりと吐き出す。ドロドロになった脳の老廃物と一緒に吐き出す気分になって爽快になる。運転席の弟切は何も言わない。


「弟切、今日はあんたも疲れたでしょう。半日私の後ろで立ちっぱなしだったんだから」

「いえ、姉様を守るのは私の使命ですから。姉様こそ、お疲れでいらっしゃるでしょう。帰ったらすぐにお湯に入れるように、由比様に連絡を入れていますよ」

「由比に? ……あぁ、そっか。湘は今晩仕事だって言ってたっけ」

「夕食はハッシュドビーフだそうですよ。温めるだけで食べられるように、と」

「そう、それは楽しみね」


 短くなり、指先に熱を感じるようになり、私は傍らに置かれた筒型のポータブル灰皿の蓋を開けて、火消しの穴に吸い殻を押し込んだ。火が消えたことを確認して、灰皿の中に放り込んで蓋をする。


「あの老人共、いつになったらエノシマさんを認めてくれるのかしら。事あるごとに話に出して。若手に引き継ぎが済めば、エノシマさんが時空転移者だなんて知る魔術師も減るだろうけど」

「もう数年の辛抱でしょう。彼らにも寿命というものがあるのですから」

「寿命、か……」


 お父さんが死んだ日のことを思い出す。真っ先に私の脳裏に過ったのは反魂の魔術。日本支部だけではなく、全世界で最も禁忌とされている魔術。知識はある。行える力もあった。けれど、私はそれをしなかった。若いと侮られようと、東條家の当主として、今のこの場所に立つことを選んだ。権力になんて興味はない。けれど、それが私の運命なのだ。

 本来なら長男の湘がそれをするのが筋なのだろうが、まだ中学生の湘にはとてもじゃないけどさせられない。長子である自分がそれをするのが筋だと言い、私は魔術大学を中退して、お父さんの仕事を引き継いだ。


「私も早くお婿さん探さないとねぇ。東條家の血が絶っちゃったら、それこそお父さんに顔向けできないわ」

「……そうですね。そろそろ相応しそうな方を探しておきましょう」


 弟切がどんな気持ちでそれを言ったのか、容易に想像できた。血の盟約は魂の結婚のようなもの。自分の血を捧げた人間の結婚相手を見つけなければいけない弟切の気持ちを考えると、自分も身を裂かれそうな気分になる。けれど、それも私の運命なのだ。当主の血は、絶やしてはいけない。今までの遊びの恋愛とは違う。子孫を残すための婚姻をしなくてはいけない。

 ……その相手は、愛する式神ではなく、豊富な魔力を持つ人間でなくてはいけない。婿入りしてくれる次男坊でなくてはいけない。


「湘のハッシュドビーフ、楽しみねぇ」


 自分でもあからさまに話を反らした。ハンドルを握る弟切の方が小さく揺れる。笑っているのだろう。


「私の夕食は蜜柑の缶詰だそうですよ。……楽しみですね」


 もう一本、タバコを引き出し火をつける。メンソールの香りは清涼感があったが、今度の煙は苦いばかりだ。煙が目に染み、涙が零れた。

 ……そう、煙が目に染みた、それだけだ。

 結婚しても、必ず弟切は自分のそばにいる。それだけで十分なのだ。……自分が本当に愛する存在(おとぎり)とは結婚できないのだから。

 僅かに残った幸せの欠片をかき集め、固めて自分の幸福だと思うのが、東條家の長子として生まれ、自分が選んだ運命なのだから。

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