テオのおつかい
とある春休みの午前を終えようとしていたある日、由比はいつもより少しだけいい洋服を着て鏡の前に立っていた。洗面台の前に立ち、頭には貰ったばかりのヘアピンを着け、唇に桜色のリップクリームを塗る。それを見て、テオは不思議そうに言った。
「ゆい、おでかけ? あれるぎぃのくすりはのんだ?」
「うん、大丈夫。佳苗と約束してるの。ちょっと遠くまで買い物行くんだ」
「そっか。なにかあったらすぐにテオをよんでね。いつだってかけつけるよ」
「解ってる。頼れる従者がいて安心だよ」
由比はテオの頭を撫でると、時計に目をやり慌てたように春物のコートを羽織る。
「やばっ、遅れる! お兄ちゃんには夕方には帰るって言っておいて! じゃあね!」
「うん、いってらっしゃい、ゆい」
由比はそのまま玄関に走っていってしまう。残されたテオはリビングに向かう。そこにはダンボールにガムテープと送り状を貼る湘がいた。
「テオ、由比見なかったか?」
「かなえとカイモノにいくって。ゆうがたにはかえるっていってたよ」
「そっか。あっ……」
湘が少し慌てたようにテーブルに取り残されたスマートフォンを握る。
「あいつ、携帯置いてった……! さっきからメッセージアプリ鳴りっぱなしだぞ」
「それならテオがとどけるよ!」
「そうだな、テオの方が早いだろうし、エーテルで位置も解るもんな。頼めるか?」
「まかせて、しょう! ほかにすることがあるなら、やるよ?」
「そうか? テオに出来るかな……」
「テオ、こっちのせかいにもずいぶんなれたよ。ほかのひとも、みんなテオが『とうじょうゆいのしょうかんじゅう』だってわかってくれてる。だいじょうぶだよ」
湘は少し悩んでいたが、意を決したように頷くと、手元の少し小さなダンボール箱を指さした。
「帰りにこれをいつも由比と行くコンビニに持っていってくれるか? 送り状は貼ってあるから、テオは店の人に『普通配達でお願いします』って言えばいいから。これ、お金な」
「ふつうはいたつ、だね。わかった」
それを聞いていたのは茅だ。
「テオくん、コンビニ行くの? じゃあついでにタバコ買ってきてくれない? 135番ください、って言えばいいから」
「135ばん、わかるよ。かやがいつもすってる、あかいはこのやつだね。わかった!」
「おいおい、茅姉、そんなに一気に頼んでテオがパニック起こしたらどうするんだ。今日は弟切も別の用事で出掛けてるし、エノシマさんも遊びに出てるんだぞ? 誰も付いてないのに……」
「平気よ。ねぇ、テオくん。しっかりしてるものね?」
「うん、しょう、かや、テオはだいじょうぶだよ。ゆいにでんわ、ふつうはいたつ、タバコ135ばん。テオ、おぼえたよ」
そう言ってテオは胸を張る。不安そうな湘を横目に茅は笑う。
「そろそろテオくんもおつかいくらいできなくちゃ。じゃあ、行ってらっしゃい」
「うん、いってきます!」
「じゃあ、お金と電話はこの鞄に入れておく。テオ、無くすなよ? 頑張って行ってこいな?」
「わかった!」
肩掛けバッグを持たされて、テオはダンボール箱を持ち、外に出る。太陽の日差しが温かい。まずは由比に電話を届けるため、由比のエーテル反応を追う。まだそう遠くに行ってはいないようだ。全速力で走るまでもなく追いつけるだろう。テオは少し早歩きで由比を追った。
少し歩くと、やがて慌てて走る由比の背中が見えてきた。テオは声を上げる。
「ゆい!」
由比が足を止め振り返り、驚いたような顔をする。
「テオ! どうしたの?」
「おつかい! ゆい、でんわわすれてたよ。ピコン、って、いっぱいなってた」
言われて由比は自分の鞄を見る。中にはハンカチやリップクリーム、財布しか入っていない。テオは一度ダンボール箱を置き、肩掛けバッグから由比のスマートフォンを取り出す。
「はい、ゆい。もうわすれたらダメだよ」
「ありがとう、テオ……! その荷物は?」
「これはしょうのおつかい。あと、かやからもたのまれてる。タバコ、135ばん」
「もう、お姉ちゃんったら……! テオ、精神年齢的にはまだ未成年なのに……!」
「へいきだよ。こっちのひとはみんなテオをおとなとおもってるし、しょうもいってたよ。『まじゅつのホーリツじゃ、しょうかんじゅうにセイネンのガイネンはない』って」
笑うテオに由比は頭を抱える。しかし、それをテオは不思議そうに見つめていた。
「ゆい、かなえがまってるんじゃないの?」
「あ、そうだ……!」
由比がスマートフォンのメッセージアプリを立ち上げると、そこには由比が来ないことを心配する佳苗からのメッセージが届いている。
「ごめん、テオ。ついていってあげたいけど、行かなきゃ……!」
「テオはへいき。ゆい、たのしんできてね」
「ありがとう! じゃあね!」
由比は再び走り出す。それを見送り、テオは再びダンボール箱を持って歩き出す。コンビニには由比と何度も行っている。もう店員さんとも顔なじみになっていて、店の中に入っても叱られない。テオはワーウルフではあるが、賢く理性的であると皆知っている。
コンビニの自動ドアをくぐり、カウンターに向かう。
「うわ……! あ、あぁ。東條さんちの召喚獣さんか。驚いた。何か御用ですか?」
男性店員が胸に手を当て、訊ねる。テオは胸を張って言う。
「たくはい、ふつうでおねがいします。しょうからのおつかい。あと、タバコください。135ばん」
「はい。送り状は……大丈夫ですね。手続きするので少し待っていてください」
そう言うと店員は手早く何か書き込んだり、判子を押したりする。そして背後の並んだタバコの中から135番の赤いパッケージのものを取り出し、テオに差し出した。
「お会計は合計でいいですね? 1851円になります。……お金、ちゃんとありますか?」
「はい。ええーと、かみのやつふたつでたりますか?」
「はい、足りますよ。2000円、お預かりします。お客様控えと149円のお返しです」
「『おつり』、ですね。ちゃんともらいました! これでおしまいですか?」
「はい、ちゃんと業者さんにお渡しするまで預かっていますから、大丈夫です。タバコ、忘れないでくださいね」
「はい! ありがとうございました!」
「ははっ、ありがとうございました。またどうぞ!」
テオは控えとおつりとタバコを鞄に仕舞い、足取り軽く家に帰る。早咲きの桜の花がちらちらと舞い、ちゃんと『おつかい』できた自分を祝福しているような錯覚を覚えた。
「ただいま、しょう、かや!」
「おかえり、テオ。ちゃんと出来たか?」
玄関で丁寧に足を拭くテオに、湘は不安げに言う。しかし、テオは自慢げに鞄からお客様控えとおつりを取り出し、湘に手渡す。
「ちゃんとできたよ! いったでしょ? テオはだいじょうぶだって!」
「……はは、そうだな。テオ、桜の花びらが頭についてるぞ」
湘は少し背伸びして桜の花びらをとってやると、玄関の外に向かってふっと吹き飛ばす。
「かや、かや! タバコかってきたよ! 135ばん! あかいはこ!」
「ありがとう、テオくん、すごく助かった! いい子いい子」
茅に少し乱暴にわしわし撫でられ、テオはくすぐったそうに笑う。
家族の役に立てた。また、この世界で出来ることが増えた。異世界から来たテオには、それが何より嬉しいことだった。




