受験生、由比
中学生の頃の進路相談。私は深く考えず、第一志望に「国立のばら原高校魔術学科」と書いた。それは親友の佳苗が進学すると言っていたこともあるし、幼なじみでもある阿方くんも受験するらしいと知っていたから。ただ、それだけの理由だ。
しかし、三者面談で私は渋い顔の先生の顔を見て、真っ先に脳裏に「あ、無理そうだな」と過った。
「東條さんのエーテルの量と質なら、妥当な進路だと思うんだけれど、技術と知識が圧倒的に不足しているの。夏も冬もかなぐり捨てて勉強して、どうにか……っていうところかしら」
それを聞き、横に座る姉も小さくため息を吐く。
「でしょうね。……この子は才能はあると思うので、それなりの勉強が出来る環境に置いてあげたいのですけれど。……由比、もう2ランクくらい下げたらどう?」
それを聞いて私は膝の上で拳を作る。
友達が誰もいない学校になんて行きたくない。
楽な道じゃないことくらい判ってる。
裏口入学なんてさせてもらえるくらい、姉が甘くないことだって判ってる。今は全然出来ない劣等生の私だけど、素行だけはきちんとしているつもりだから内申書は悪くないはずだし、勉強さえ頑張ればどうにかなるなら、どうしたってこの学校に通いたい。
国立のばら原高校の魔術学科は国立というだけあって、魔術師のエリートは殆どここを卒業している。もちろん、お姉ちゃんやお兄ちゃんも。東條の人間として、私だけランクを落とす訳にはいかない。きっと健吾にだって馬鹿にされる。そんな未来は絶対に嫌だ。
私は決意を込めて声を振り絞る。
「……先生。勉強ならいくらでも頑張ります。私は、どうしてもここに通いたい……通わなくちゃいけないんです」
「……覚悟の上なのね。解りました。だからといってあなただけ特別に見てあげるなんて私達には出来ません。いくら東條さんが名家のお嬢さんでも、他の生徒と同じに扱われることだけは理解しておいて」
先生の言葉を胸に刻み、私の地獄のような受験勉強が始まった。
まず、通う塾が増えた。家に帰っても勉強、勉強。寝る間を惜しんで……は、さすがに兄に止められたので、食事と睡眠時間以外は全部勉強に当てたと言っても過言じゃないくらいに勉強した。
ふらふらとした足取りで学校に通い、詠唱呪文をぶつぶつと暗唱する私の姿は不気味だったと後日佳苗に言われたほどだ。
テストが返ってくる度に佳苗にどこが出来ていないのか、何故出来なかったのか聞き、お昼休みにも阿方くんにも図書室で勉強を見てもらった。
そして2学期の中間テストでどうにか試験を受けるに値するであろうという評価を貰った。それでもスレスレだったけれど、とにかくチケットだけは手に入れた。冬休みも毎日特別塾に通い、少し遅いお正月では「皆のおかげで勉強頑張れています、どうか受かりますように」とお祈りした。
そして推薦なんて取れない、真っ向勝負で挑んだ受験当日、私は朝の5時には目が覚めていて、忘れ物はないかを入念にチェックしながらも、受験票を握りしめて復習を必死にしていた。
本来なら大学でするような受験勉強だが、魔術師にとってはこの高校に入れるか否かがその先の将来を左右する問題だったので、私はとにかく必死だった。
お兄ちゃんも無事に学校を卒業した。そして今では魔術師のエキスパート達が集う特魔学校に1年通い、無事に特魔処理班に所属している。
今度は私の番だ。春、必ずここに通うのだという意思を抱き、私はのばら原高校魔術学部の門を潜り、入試に赴いた。
それからの記憶はあまりない。
とにかくやることはやり尽くした。
合格発表は封書で届いた。
そこには「補欠」の文字が書いてあった。
「ほけつ……あれだけやって、ほけつかぁ……」
私は茫然自失といったようにそう呟き、部屋に閉じこもった。どれだけ泣けば気が済むのかというくらいに泣いた。
滑り止めで受験していた普通科の制服を買わなきゃなぁ、なんて思っていた春めいてきたある日、家の電話が鳴った。
何事だろうとぼんやりしていると、のんびりとお姉ちゃんがやってきて言った。
「入学金がどうとかで辞退者が何人か出たから繰り上がりで入学できるってさ。のばらの先生があんたに話しがあるって。早く出なさい」
それを聞いて、私は慌てて電話に飛びついた。電話の相手はおじさんと思われる魔術学科の先生で、入学に必要な手続きを改めてするので、すぐに来るようにと言われた。
私は慌てて中学の制服を着て、姉と共にのばら原高校魔術学部へとやってきた。
「入学式は4月の最初の月曜日です。制服をきちんと用意しておいてくださいね」
にっこりと笑う強面のおじさんは、自分の担任の先生にもなる斉藤先生だった。
そして、私は今の高校に通えることになった。
……それからの勉強が、更に激しくなるなんて思わずに、私はただ、浮かれていた。
魔術学習塾も全部辞めて、来るべき高校生活を夢見ていた。
……そして、今。
「ねぇ、エノシマ。勉強が解るようになるって楽しいね」
「おお、ようやくその域に達したか。良いぞ、由比。これからも励むが良い。お主には無限の可能性があるのじゃぞ。例えば、時空を跳ぶようになるだとかな」
私をそう思えるようにしてくれた張本人は、悪そうな笑顔でそう言う。
勉強が楽しいと思えるようになるなんて、受験生だったあの頃には想像もできなかった。あの頃はただ苦痛で苦痛で仕方なかったことを、今は自主的にするくらいには、魔術の勉強が楽しい。
私の横で、テオが不思議そうな顔で私の顔を伺ってくる。
もうひとりの恩人の頭を撫でてやる。
そして次の試験を楽しみにしている自分がいる。
次はどのくらい上がっているだろうか。
それとも、下がっているだろうか。
どちらにせよ、不正解だったところは線を引き、復習すればいいだけだ。そうすれば解るようになることが、今の自分にはなにより嬉しかった。




