【掌編】頑張れ西ノ宮健吾くん
突然健吾坊っちゃんの部屋に呼びつけられたのは教育係にして執事でもある、私、松本行雄だった。何が無礼を働いたのだろうか。
恐る恐る坊っちゃんの私室のドアをノックすると「入れ」と簡潔に言われる。
ドアを開けると、坊っちゃんはアルバムを眺めながらむすっとした表情で何か考えあぐねているようだった。
「坊っちゃん、どうかされましたか」
「松本。頼むから驚かんで聞いてくれ」
「はい」
「俺はな、松本。東條由比が好きみたいやねん」
「……はい」
ようやく自覚なされたのか、この方は。
「クソ生意気なガキやと思っとった。けど、それは自分の思う通りにならんのが歯がゆかったからや。……って、松本、驚かんのやな」
「存じておりましたし、驚くな、と命令されましたので」
「そりゃそうやけど……なんや面白ないな……」
「それで、どうなさるおつもりなのですか、坊っちゃん。すぐに告白するおつもりで?」
坊っちゃんは顔を真っ赤にして叫んだ。
「出来るわけ無いやろ! 今まで散々邪険に扱うとって、今更好きやから付きおうてくれ、なんて! フラれるのが目に見えとるわ!」
「ではどうされるのです? 諦めるのですか?」
「諦めるんやったらお前呼んどらん。ゲームで言うたら今の好感度は最低値ってところやろ? ここから挽回するにはどないしたらええか、人生の先輩としてアドバイスしてくれ」
アドバイス、と来たか。これはどう答えればいいのだろう。正直言って、私から見て坊っちゃんが由比殿と結ばれる可能性は無いに等しいだろう。
だが、それは無いに等しいだけであって、まったく無いという訳ではない。根拠は由比殿の未来の存在であるエノシマ殿の存在だ。
レヴィアタンを撃退し、エノシマ殿の切なげな視線の先には坊っちゃんがいた。これは、エノシマ殿の時空では、由比殿は坊っちゃんと結ばれていた可能性があるということだ。
しかし、だからといってそれを根拠に必ず結ばれるとは思えない。
「……これまでの非礼を詫び、着実に好感を持たれるよう努力するしかないかと思いますが……」
坊っちゃんは顔を伏せ、深く深くため息を吐いた。
「やっぱりそれしか無いか……。今から挽回なんか出来るんやろか……。由比の同級生には阿方の家のモンもおるんやろ? あいつの方が好かれとるんちゃうんやろうか……」
「坊っちゃん、悲観的になってはいけません。誠実さをアピールし、由比殿がときめくような行動を取るのですよ」
「壁ドンとか、頭なでたりしたらええんか?」
「どこ情報か解りませんが、それはある程度好感を得られている人にしか通用しませんし、今の坊っちゃんには逆効果かと……。あと、少々情報が古いです」
「あー! もう分からん!!」
坊っちゃんは立ち上がってベッドに突っ伏す。その行動がなんだか子供じみているように見えて微笑ましかった。
「素直になればいいだけだと思います。幼い頃のように、自然に、遊びに誘えるようになるまで」
「ガキの頃か……。俺、どないしとったかな……」
エノシマ殿に答えを聞くのが一番早いことくらい、坊っちゃんも気がついているだろう。けれど、それをしようとしない。それだけで坊っちゃんは由比殿に誠実に接しようとしている事は明確だった。
その調子で大丈夫ですよ、坊っちゃん。出来ることからコツコツやればいのですから。
その言葉は心の底に隠して、とりあえず私は坊っちゃんの為に気持ちを落ち着けるハーブティーを入れようと思った。




