優等生の憂鬱
魔術学科は少し特殊だ。
普通の現国や数学のような授業ももちろんあるけれど、それよりはるかに召喚術や投射魔術、魔術言語のような授業が多い。
まぁ、だから『魔術学科』なんだけど、やっと魔術師のスタートラインに立てたような私にとっては、ついていくのに精一杯。古くから連なる魔術師一家の末っ子として、これではいけないとどうにか食らいついて真ん中の成績をキープしているのが現状だ。今日も小テストか返ってきて、50点満点で34点という良いんだか悪いんだかよく解らない微妙な点数をつけていただいた。
「これじゃあマズイよなぁ……」
そう言いながらバツをつけられた問題文をなめるように見る。家に帰ったら復習しないと……。
そう思っていると、前の方の席に座っている阿方くんが上本くんや尾口くんに絡まれていた。
「阿方ー、お前テスト何点だったんだよ」
「どうせ恥ずかしがるような点数じゃないんだろー。教えろよぉ」
阿方くんは少し苦笑しながらテストを広げて答える。
「んん、今回はちょっと調子悪かったからなぁ。46点」
「ッカー! 調子悪くて46! いいよなぁ、お前は! やっぱ違うのかねぇ、生まれが違うとよぉ」
「だよなぁ。元々魔力が豊富な亜人の子孫となると、脳みそも魔力の知識が豊富なんでしょうなぁ!」
「ちょっと、上本、尾口、あんまりそういうこと言うのやめなよ!」
正義感の強い坂山さんが助け舟を出すが、それが更に拍車をかけるようで上本くんが言い返す。
「お前らみたいなミーハー女に庇われても嬉しかねぇよなぁ、阿方? マーメイド由来の顔の良さできゃーきゃー言ってるようなよぉ」
「そんなんじゃないわよ、バカ上本!」
「なんだよ、肉体強化ゴリラの坂山に言われたかねーよ!」
「なんですってぇ!」
上本くんは坂山さんが上本くんを好きなことを知らない。阿方くんはそれを知っているので、困ったような笑顔のままで見守っていた。
上本くんと坂山さんの口論は次のチャイムが鳴るまで続いた。授業が終わり、私は阿方くんに駆け寄る。
「災難だったね、阿方くん。生まれでどうこう言われるなんて面倒だよね」
「んー、小さい時から言われ慣れてるから、別に気にしてないけどな。東條もそうだろ?」
「まぁ、そりゃそうだけど……」
「俺なんかより、もっとマーメイドの血の濃い爺さんの方が苦労してきたと思うよ、俺。俺に残ってるマーメイドの名残なんて、この髪と足の痣くらいだけど、爺さんは足にまだ普通の鱗があったから」
「あー、それは苦労しそう……」
「だから、絶対足が出るような服着ないからなぁ。それを思うと楽なもんだよ、俺の苦労なんて」
そう言って阿方くんはへらりと笑う。
それを見ると、やっぱり阿方くんは強いなぁ、と思う。
「東條だって苦労したろ? 魔術師エリート一家の劣等生なんて言われてさ」
「まぁ……それは事実だったから言い返せなかっただけだし」
「無事に開花できて良かったじゃないか」
「夏の前に良い家庭教師がついたからね」
「へぇ? もうその人には教わってないのか?」
「基礎だけ教えてくれて、あとは私の努力次第だって言ってたよ」
「はは、それで今努力してんのか」
「いっ、今までだって努力はしてたんだい!」
「そうだよな、悪い悪い」
そう言ってけらけら笑う阿方くんは、きっと本当に悪いと思っているのだろう。だから私の怒りもすっと収まる。
私たちがそんな話をしていると、本物の阿方くんのファンが遠巻きに声をかけてきた。
「ちょっと東條さん、あんまり阿方くんに馴れ馴れしくしないでよねぇ!」
「そーよ、そーよ! 阿方くんは優しいから東條さんみたいな劣等生と仲良くしてくれてるんだからね!」
「はいはい、解ってますよ。じゃあ私は退散するね」
「なんかごめんな、東條」
「いいよ、気にしてないから。またね」
私は笑って阿方くんの席から離れる。それと同時に阿方くんのファンがわぁっと席に群がった。おそらく彼の小テストの結果を絶賛しているだろうことは容易に想像できた。そして、それを見て舌打ちする男子生徒もいる。
称賛と嫌悪を同時に抱かれているというのは、どんな気分なんだろう。生まれてこの方、嫌悪しか抱かれていない私にはちっとも想像できなかった。
「阿方くん本当に大変だ……」
私が席に戻ってそう呟くと、後ろにいた佳苗がぽつりと言った。
「由比もこれから結構大変だと思うけどなぁ」
「何が?」
「成績、めきめき上がってるから。色んな意味で評価花丸急上昇中だよ」
「ふぅん……? 全然実感ないけど」
「由比が実感するようなナルシストなら、私、友達辞めてるよ」
「えー!?」
「あはは」
阿方くんは優秀だから苦労してる。私は自分のことで手一杯なので苦労を実感する間もないけど、いつか実感する日が来るのだろうか。
そういえばお姉ちゃんは彼氏をとっかえひっかえしているし、お兄ちゃんも学生時代はバレンタインなんかは大変なことになっていた。私にそんな苦労がなくて本当に良かったと思う。
素直に好きだと伝えてくれるのはテオがいるから、それで十分だ。
そんなことを考えていると、次の授業を知らせるチャイムが鳴る。私は慌ててかばんから教科書を取り出し、次の授業に備えるのだった。




