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架空十字軍  作者: 明宏訊
22/61

ブリュメールのミサ7



 夜のとばりは下りつつある。

 だがミサにはまだ時間的な余裕がある。その間にナント王と連絡を取ることにした。何も直接でなくてもいい。誰かを介して情報や考えのやり取りができればよい。魔法を使えば不可能ではないが、互いの立場上、ミサが終わるまでは不可能なのだ。下手に猟犬を躾け過ぎたために飼い主に噛みつきかねない。もしもアラスにモンタニアールの王子が入城したと知るだけで牙をむく以前にショック死しかねない連中が何人も数えられる。なんとも忠誠心が過剰なことではある。

マリーが、モンタニアールに敵愾心を抱く理由はわかる。両親殺害の下手人はおそらくは同家の旨を受けた配下の諸侯だというのが大方の見方だ。名前はいくつか脳裏に数えられる。公爵家と伯爵家の絆は永遠のようにみえて、その実は完全とはいかない。それが事実ならば、いっそのこと両家は合体していたであろう。もともと婚姻とはそのために生まれた制度に他ならない。主の認可のもとに二つの家が合一するのである。

かつてカペー家がモンタニアールを名乗れたのは、それを利用した。その血を引くという伝説の一族を山奥から無理矢理、引きずり降ろして全世界に継承を主張したのである。もちろん、時の公爵ポーラ一世は即日、宣戦布告し王位戦争が勃発した。

献身的に公爵家に尽くしたのが伯爵家だった。四面楚歌に至っても伯爵家だけは時勢になびかず一族の命運をとしてカペー家に立ち向かった。それ以来、両家は婚姻せずに合一したと世に言われる。

種々の美しい物語に彩られた合一関係だが、必ずしも常に固く結びついていたわけではない。 

時代、時代の公爵と伯爵の関係に依存することが大だとも言える。もちろん、純粋な戦争技術と特殊な魔法を産する、という風に、相互に得意分野が違うゆえに依存しあうという点は否定できない。一方で両家は姉妹の関係だという思想が定着していることは否定できない事実だ。

ポーラとマリーはまさにそれを理想的なかたちで実現している。

しかしながらそれぞれの先代はそれほどではなかった。

どうして突如としてサンジュスト伯爵夫妻が落命したのか。先祖の墓参りに詣でている中途にいきなり襲われたらしい。護衛で唯一、生き残った魔法の使い手は証言している。

「知った顔があった・・・竜騎士団だ」

 それだけ言い残した老人は旅立った。

 残されたのは6歳の長女マリーだった。ドリアーヌ・ド・タンヴィルについて事実を知る者はごくわずかだけだった。当時のマリーはもちろん、その中に入っていない。

 誰が下手人なのか。根拠はないが状況からナント王か、その配下の諸侯という見方が有力だった。マリーの知性は周囲とは別に独自にその結論に達していた。

 ナント王は公爵家と伯爵家を離反させようと画策した。

主家とそれを取り巻くように無数にある従家の力関係は、どこの家でも突っつけば埃がでるように離反者を見出せる。先代ナント王はそこに目をつけて我が意に進んで従おうとするものを動かして、伯爵家を乗っ取ろうと考えた。しかしながら、当時の伯爵はすぐに  それに気づき除こうとしたので、逆襲を食らった。

それはおそらく事故だったのだろう。王の計算外の出来事だったに違いない。事の操作を誤って、

陰謀が露見すれば、ナント王は窮地に陥る。中世の道徳からすれば反する行為である。著しく名誉を失うばかりではなく、目に見える利権も同様に消え去る。中世とはその後、以前とは違って双方が合致していた時代なのだ。

 伯爵夫妻が落命すると同時に蓄電した一族がある。 

 アポリネール子爵家がそれだ。

 全く音沙汰がない。

おそらくは口封じのために、ナント王によって消されたのであろう。これが有力な説だ。マリーも支持している。

 蓋然性が低い説としては、魚人説などという与太話がある。ロベスピエールも含めてサンジュスト一帯だけではなくナルヴォンヌも含めた広い地域に伝わる話で、悪魔が好いた家には身体が人間で体が魚、あるいはその逆もあるそうだが、そういった化け物が生まれるというのだ。中世においてはその疑いをかけられてかなりの家が改易となっている。

 ある種の魔法技術によって人工的に魚人を産ませることができる、という説がまことしやかに流れている。その説によれば、ドリアーヌが生まれた理由をそこに根拠づけられる。しかしながら両親がそれを除こうとしたと言い出す瞬間にマリーは否定した。

 与太話が真実ならば、当時のナント王は何としてもドリアーヌを入手したかったはずである。それが目的とあれば筋は通る。瘴気から係累はすべて判別することが可能だ。伯爵家が魚人を産んだとあれば同家の命運は尽きたと言っても過言ではない。これは先の両家離反説に比較して、伯爵家滅亡説と称される。どちらにしても得をするのはナント王だ。

 どちらの説にしても、鍵を握っているのはアポリネール子爵家である。遠く伯爵家の血筋を引くだけでなく、同家の特殊な魔法技術の一翼を担っていた。ナント王の意を受けて魚人を産ませたとされる。

 が、同家は蓄電していく行方知らずだ。代替わりしたこともあるがナント王はドリアーヌを入手しようと動いた形跡を遺していない。

 それ以前にそのような魔法が存在するという証拠は何処にもない。

 何と言っても両親が妹を除こうとしたなどと、マリーは信じられなかった。だが、真意を明らかにしたのは、太后とポーラの面前だけである。

 家臣たちの前では、

 「我が両親がドリアーヌを除こうとした。これは十分にありうることでしょう」などと平気で嘯いていた。だから恐れるべき冷徹な少女などという風評が立ったし、それは今もなお彼女の二つ名とされている。

 マリーが憎む理由がわかる。両親を子殺しを平気で行う悪魔に仕立てる。それも平気な顔で言ってのける。そうした演出を強いる原因を作ったのがナント王、モンタニアール家としては絶対に許せない。だが、ポーラのように彼らへの憎しみを素直に表現できない立場だ。彼女はあくまでもポーラを輔弼する立場としてのみ自己の存在価値を見出していたからだ。故に冷静沈着を旨として常に動かねばならない。


 前ナント王は何を考えていたのか。

 伯爵家を自分たちの陣営に引き入れるか、そうならなかったとしてもあわよくば潰そうと企んでいたのではないか。ポーラはそう思うのだ。与太話については一顧だにする価値を見出していない。

 現ナント王、ピエール二世との連絡はルイ以外を使うことは考えていない。いまだ、少なくともミサが済むより前は、配下への配慮もあって、両国に正式な外交関係があってはならないのだ。ゆえに間諜たる優秀な誰かが情報を主君である王に伝達した、というかたちを採らねばならない。

 果たして、ルイはポーラの私室にやってきた。

 転移の魔法を使って衛兵と壁を乗り越えてきたのだ。

 鬱陶しいことだが、自室の前に門番を置かないわけにはいかない。煩雑すぎる職責のありようはポーラをいらいらさせるが、人間には役割が必要であり、それは城主とて自由にはならないのだ。面倒だがそれが伝統というものである。それは多くの人間を食わせるための一種の装置にあたる。それを守ることで一方、公爵家の権威を肯定することにつながるのだ。 

 ポーラはルイの瘴気を感じると身構えた。つい殿下と言いそうになってしまうのは、彼にそれに似つかわしい器量があるからである。

「ルイ、陛下のご意向は?」

 単刀直入なのは、新しい、というよりかは生まれてはじめての主君はいささかセッカチとみえる。

「兄は危惧しています。完全に、ここの皆様と意識を共有していると受け取ってもらって結構です。私の動きですが、伯爵殿はすでに読み取っておらえるでしょう」

「マリーを信じてほしい。彼女は理性的にふるまえることを受けあう」

 ポーラは自分の考えを信じたいとおもっている。

 それをルイに押し付けることにした。

  ルイはそういうポーラを好ましいと見なしている。兄の気持ちも透けて見えるというものだ。

 ポーラは言った。

「今宵のミサにおいて、あなたと正式な契約を交わす。よろしいのですね」

 ポーラの目には、ルイは早く本題に入りたげに見えた。

「そのことよりも、陛下のご意向ですが・・天使さまのご命令通りにエイラート奪還軍は実行できるとお思いか?」

「アラス城と同じようにナルヴォンヌにも諸侯が集まりつつあります」

 話の腰を折りたがるというのは、ほぼ少女の性癖と言っても間違いない。

「可能ならば、その諸侯の一家になってみたい。受け入れてほしいのではなく、妹が男爵家を乗っ取ったように、何処かの家に入りい込みたい。ロベスピエール公爵家は荷が重すぎる」

 どうしたのです?

 そんなことでは兄が肩透かしを食います。

 ルイは危うく口が滑るところだった。

 しかし、これはあくまでも公爵のスタイルなのだと、付き合いを深める度に味わってきたはずだった。

 上り始めた月が公爵を照らす。この上なく美しい。意識を強く保っていなければ、我が身をわきまえることなくつい呑み込まれてしまいそうだ。

 ポーラは言った。

「天使さまがコンビエーヌに降り立ったときには、心から驚いた。まさか、あのような場所に出向かれるなどと想像もしなかった。いっそのこと全世界に向けて宣言してくださればいいものを」

「そうすれば、陛下や閣下の念慮のうち、いくつかはすぐに解決しますが、閣下はそれを望んでおられませんね」

「それは陛下も同じことだろう。天使さまの権威に預かれるのはごく少数でなければならない。モルデカイさまは、私に名乗られた。そのときの陛下のお顔は死ぬまで忘れないだろう」

「それには私も驚きました」

 ルイはかぶりを振った。

 天使が人に名乗るということは、ありえないくらいに希少な出来事である。

「それには私も経験がある。目の前でそんなことをされたら、本人は立つ瀬がないというものだ」

「・・・・・」

「抜け目のない人だ。もう見透かしているだろう?」

 王弟は、ここであえて解答を見せつけることをしない。そんなルイにポーラは恐れを抱くと同時に好意も抱いた。知的なやり取りを楽しめる相手を見出したのだ。自分は恵まれていると素直に思える。

「そうだ、そなたの思う通りマリーだ。初めてあの子が入城したとき、謁見は翌日だったが、いきなり名乗られた。8歳だった私は仰天したものだ。私だけが城で愛されている存在だと自惚れていたからね」

 どうして仇敵にここまで話すのか、少女は不思議でたまらない。今宵の月がそうさせるのか、それとも来るべきミサがそうさせるのか。

 これまで体験したことのない大きな幕が上がろうとしている。

 そう予感せざるをえない夜だ。

 ルイ・ド・モンタニアールという一個人に起因するのだろうか。むしろ、その背後にいるピエール二世そのものが下手人かもしれない。ワインを身体に入れているわけでもないのに、すでに酔いが回っている。

 ポーラは6歳のマリーを思い出していた。

 結論まで言わなかったが、ショックを受けたポーラは母親に叱られて折れるまで一週間ほどマリーと口をきかなかった。いや、きけなかった、というのが真実だった。

 あのとき、結果的に根負けしたのは自分だと思う。マリーの魅力に負けていた。すでに掛け替えのない存在だと自覚していたのだと思う。

マリーは幼いころからマリーだった。

最初こそ泣きながら纏わりついてきたものの、次第に彼女から無視するようになった。それなのに、いざ太后が姿を見せると徐に泣き出すのだ。幼いころから、やはりマリーはマリーで冷徹な戦術家であった。

 ルイとの会見でわかったことは、エイラート奪還についてまともに話ができるのは、ナント王だけという皮肉な現実だった。

 ポーラは言った。

「もしも、だ。奪還軍が壊滅的なダメージを受けたら、ルバイヤートたちは逆に世界に攻め上ってくるだろうか?」

「もしも、ルバイヤートたちが賢いならばそんなことはしないでしょうね」

 それは技巧を凝らした誰かへの批判だった。

 ポーラはルイと視線をぶつけあった。事情を知らない人間が垣間見たら、恋路の中途だと誤解するような距離だ。二人は無言で互いの意思を確認しあった。ふたりとも自分たちの考えが恐ろしいことはわかっている。それは自分たちが生まれて育った価値観をひっくり返すような破壊力を秘めている。

 最初に口を開いたのはポーラだった。

「言ってくれる・・・・。ならばそれは杞憂だと思っていいわけだ。賢かろうが、そうでなかったとしても逆襲を恐れずに済む。なんとなれば無能ならば、私とナント王の敵ではないからだ」

「モンスターが瘴気を発すると聴いて、やけに警戒心が薄れていますね」

「確かにまだまだわからないことだらけだ。しかし当初の目的は明らかになった。それだけでも気分はよくなる」

「何分にも世界の外のことです。エイラートまで何があるのか、そもそもわかっていないのですよ」

「そもそも聖地そのものが実在するという確証がない・・・・とにかくニネベを全力で占領し、恒久的に支配する体制をつくりあげる。その点で陛下と考えを共有できるとおもうが?」

「お二方とも、本当に戦争がお好きなのですね、呆れたことです・・・・。問題はしかし、リヴァプール王と皇帝陛下がどこまで情勢に詳しいか、です」

「モーパッサンに陛下は拠点を置かれていない。ハイドリヒ伯爵からの情報だが・・・・」

「確か縁戚でいらっしゃいますね、伯爵とは。たしかアラスに向かっておられると。」

「直接、出会ったことは数度しかないが十分に信頼できる相手だ。配下とは思っていないが、それだけにはるばるとハイドリヒから訪問されるとなれば、絆を確認できる」

 ナルヴォンヌを落とした際には、ナント王の逃亡先に浸透してもらう心づもりだった。ただし、それはあくまでもすべてがうまくいったときのことであり、そうでなければ動かない。同盟関係とはいえ、危ない橋は渡れないという理屈はわかる。それだけモンタニアールは強大なのだ。

 「あちら側の方々は、今回のことをどのように受け取られているのですか」

 あちら側を今日的にあえて表現すると、ドレスデン文化圏ということになるが、そんな呼称が、少なくとも当時は全く無意味だったことは、ハイドリヒ伯爵がポーラと懇意であることから明らかだろう。

 エウロペにおいて誰でも知っている五か国がある。リヴァプール、バルセロナ、ナント、ドレスデン、ヴェネツィアといった区分は単なる妄想にすぎない。単なる血縁と地理上の問題にすぎない。だから文化圏という曖昧なやり方しか採用できないのだ。

 神聖ミラノ帝国は、確かに後のドレスデン文化圏をほぼ網羅する。

 後世、ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト総統はこれをドレスデン第一帝国とした。彼は自分の帝国を第三帝国と名乗ったことは言うまでもないことだろう。もともと、そういう言い方そのものがナンセンスである。そもそもドレスデン人など世界の何処にも存在しないのだ。古くからそう言い慣わす土地があるだけにすぎない。

 この、やけに仰々しい名前とは裏腹に中身が乏しい国は珍しい。

 名前からわかる通り、連中は古代ミラノ帝国を継承しているつもりだ。主の教えを悪魔から守った聖なる帝国として世界に住む人間の憧憬そのものだと言っても過言ではない。

ミラノからはるかな遠距離にあり、ほぼ自動的にヴェネツィア半島を彼らや彼女らが目指したことは想像に難くない。

 ドレスデンという妄想が形成されることが遅れたには、それなりの理由がある。

 それでも遅まきながら形を成しえたのは、帝国列強主義が彼らを心から震え上がらせしめ、一致団結せざるをえなくなった結果にすぎない。

 歴史とは単なる後付けにすぎない。後に起こったことを勝手に意味づけて過去にさかのぼる。そうして壮大な物語を構築するのだ。これが国家、民族という妄想の正体である。もとはと言えば、ある土地に人が集注しただけにすぎない。勿体ぶった物語を作らずには団結できないのが人間の愚かさだろう。歴史とは、このような愚かさを積み重ねた記録に4 すぎない。

法律の不遡及は原則としてどこの世界でも確立しているのに、何とも嘆かわしい話だ。

 さて、ルイの質問にポーラは万全の解答を用意できない。

 それを素直に認める。

「皇帝陛下がどのような方なのか、伯爵経由ではわかりかねる。果たして略奪にどのていど関わっておられるのか」

 略奪とは、教会に対する配慮から出た言い回しであり、事実上は交易を意味する。

「ぜひとも、関わっていてほしいですね、その方が話が早い。で伯爵家はどうなのです」

「私たちと行動を共にしている。彼は抜け目のない打算家、さ」

 逆に言うと容易にポーラの味方をすると言わなかったことに好感がもてるということだ。信用に足る知性を備えていることは保障されたわけだ。もっとも彼とは旧知の仲ではあるので、そこまで腹の探り合いをする必要はない。そういう間柄ではない相手と関係を結ぶにあたって重視すべき項目であろう。

 ポーラがハイドリヒ伯爵と懇意ならば、モンタニアールにも同様の交友関係があるとみるのが当然であり、すでにいくらかの手段を使って探りを入れている。

「ゲーリング家とはあれからどうなっているのだ?」

 不意を突かれたので、ルイはつい言いよどんだ。すでにさぐられてい痛い腹はないはずだが、それでもこういう会話をしていると身構えてしまう。向こうも楽しんでいるはずだ。そう踏んでわざと服を脱いで見せる。

「ヒトラー伯爵と婚姻関係において話が進んでおります」

ポーラは笑った。クララ・フォン・ヒトラーには面識がある。敵とはいえ知的な友人に数えられる好人物である。年齢的にも近いゆえに、世代交代が敵味方関係なく起こっていることは好ましい。

「それはいけない。我としてもそちらの方面に手を打たねば、アラスも危ないな」

 こういう会話を笑ってできるということは、ここは天国なのだろうか。

「こう考えたことはないか?我々はすでに死んで、最後の審判を通り天国へと向かう船に乗っている、と」

「これは閣下とは思えぬ妄想家ぶりですね」

 聖母のような微笑を浮かべながらもルイはポーラと共通認識を得ている風である。

「本当にそういう背景があって、こういう話を和気あいあいできたらよいですね」

 ポーラは歯を見せた。

「しかし陛下が天国行きなどとありえぬ。幼女をさんざんいじめた罪によって判決は明らかに思えるが?」

「では、私はどうでしょう」

「さしずめ、こうだな、幼女を痛めつけることを見逃した、いわば、不作為の罪によって地獄行きが確定しておる」

「ならば閣下の未来は明るいのでしょうか?」

「無垢な幼女が向かう先は天国以外にはありえない」

 ポーラとルイは、ほぼ同時に笑声を上げた。こういう風に笑うと確かにあの王の弟、モンタニアールの血筋だと思い知らされる。そんな彼とこうして談笑しあっているなどと、天使さまの戦場訪問以前にはありえないことだった。思えば遠くに来てしまったような気がする。だが、ほんの数日前のことなのだ。まだ世界の外から一歩も脱していない。

 まだ日常は非日常に置換されていない。それを示すように、夕餉を知らせる鐘が鳴った。



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