十人目
「いらっしゃいませ」
戸を開けたのは、すらりとした身なりの良い男。男は「どうも」と呟くと、帽子を胸に恭しく腰を折る。店主が煙管の火を落としてにこりと微笑むと、帽子を被り直した男は仕立ての良い服の襟をビシっと整え、こだわりのものと思わしきタイを伸ばしながらきらりと光る白い歯を覗かせた。
「少し、お時間よろしいかな?ミスター」
「えぇ。どうぞ」
男はその精悍なマスクに爽やかな笑みを浮かべ、店内に足を踏み入れる。雑多ではあれど、品物を見やすいようきちんと整理整頓された品物棚や、掃除の行き届いた床。ほんのりと漂う柔らかな香り。ぐるりと店内を見渡した男は手を広げ、感嘆の声を漏らした。
「おぉ、なんと見事な店構えか。なるほどこれは素晴らしい。街一番と称されるだけはありますな。そして店主殿。美丈夫との噂は聞いておりましたが、まさしく噂に違わぬ美しさ。いやぁ、まさかこれほどとは。恋を捨てたこの身なれど、胸のときめきを思い出してしまいそうだ」
「恐れ入ります」
胸に手を当てて切れ長の目を輝かせる男の言葉に微笑みを返し、店主は頬に手を添える。
「して、ご用件は?」
「おっと、これは失礼。私、こういうものです」
男は慣れた手つきで名刺を取り出して店主に手渡す。それを受け取った店主はくすりと笑って目を細めた。
「これはこれは。王都の探偵さんでしたか」
「如何にも。ここ数日、どうやら同一犯によるものと思わしき殺人事件が多発しておりまして。既に何人もの女性が被害に遭っているのですが、何せ犯人につながる証拠も目撃証言もまるで出てきやしない。警ら隊もお手上げなようで。そこで、王都で数々の難事件を解決してきたこの私が呼ばれたというわけですな。フフフ。全く無能な警らも居たものだ。初めからこうしていれば、助かる命もあったろうに」
「はあ」
「っと、そんな話をしている場合ではありませんな。早速本題に移りましょう」
探偵は椅子に腰掛けると、机に肘をついて指先を合わせる。
「単刀直入にお聞き致します。噂によるとこちらの雑貨屋。金さえ払えばどんなものでも売って頂ける、とか」
「えぇ。嘘偽り無く、どのようなものでもご用意致します。お客様にご満足頂けるよう努めるのが、雑貨屋たる私の務めでございます故」
店主がそう言うと、探偵は指に顎を乗せた。
「……それが、富や名誉であっても?」
その言葉に、店主はにこりと笑みを返す。探偵が懐から取り出した革袋を机に置くと、白味を帯びたコインがじゃらりと溢れた。
「売って頂きたいものがあるのです。恐らくは、あなたにしか頼めないものだ。他言無用で願いたいのだが」
「えぇ、何なりと」
探偵は静かに息を吐くと、続けて一枚の紙きれを机に差し出す。そこには走り書きのような文字で、指輪と思わしきものを図った大きさとその材質、宝石の種類、指輪に彫り込む名前などが書き込まれていた。
「この条件をぴたりと満たす指輪を用意して頂きたい。可能ですかな?」
「えぇ、もちろん。では少々お待ち下さい」
店主は紙きれを手に、店の奥へと消える。探偵が懐中時計を開いて目を細め、再び服の襟を整えると、小さな箱を手にした店主が戻ってくる。机に置かれたそれを開くと、小さな真紅の宝石が輝く指輪が納められていた。
「こちらでお間違えありませんか?」
「おぉ、これだ。間違いない!まさか、本当に用意してみせるとは」
探偵は指輪を裏返し、光に当てて声を上げる。そうして興奮したような笑みを湛えたまま、それを箱に納めて懐に仕舞い込んだ。
「ありがとう!本当に、ありがとう。眉唾ではあったが、あなたを信じて本当によかった」
「ご満足頂けたのであれば、幸いです」
「また後日、改めてお礼をさせておくれ。それじゃ、私はこれで」
「はい。またのお越しを」
探偵は再び帽子を胸に腰を折り、さっと踵を返す。やがて雑踏に消えゆくその姿を見送り、店主はくすりと微笑んで戸を閉めた。
――――その後、とある探偵の活躍により、一人の男が殺人の罪で逮捕された。男は無罪を主張したが、盗まれていた被害者の指輪を所持していたことから犯人と断定。見事な推理によって事件を解決に導いた探偵はその手腕を認められ、多額の報酬を受け取ったという。
お題:「指輪」を買いに来た「探偵」