九人目
「いらっしゃいませ」
戸を開けたのは、簡素ながらもきちんと身なりを整えた青年。布に包んだ荷物を抱え、胸に白い花を差した男である。その様に、店主は煙管の火を落とし、目を細めてすっと立ち上がる。青年はどこか感動した面持ちで雑多な店内を見渡すと、にへらと頼りなさげな笑みを浮かべた。
「どうもこんにちは。えっと、ここって」
「はい。しがない雑貨屋でございます。どうぞお掛けください」
「あぁ、雑貨屋さん。そうか、やっぱりここがそうなんですね。よかった」
青年は安堵した様子で胸を撫でおろし、促されるまま椅子に腰掛ける。店主が湯気の立つお茶を置くと、青年はどこかくたびれた様子で頬を掻いた。
「いやぁ、静かでいい街ですね。ここは。実は、ここに来るまで随分と迷っちゃいまして。人に聞こうにも、中々歩いている人が居なくて困ってたんですよ。無事に来れてよかった」
「左様でございますか。して、ご用件は?」
「あぁ、そうそう。実は僕、遠いところへ行くことになったんです。それで、この街から船が出ていると聞いて」
青年の言葉に、店主は目を細める。
「……あぁ、あなたも切符を買いに来たのですね」
「はい。ここでも買えると聞いたもので」
「えぇもちろん、当店でも取り扱っておりますよ。本日は、あの船をご利用になるお客様が多いもので」
にこにこと微笑みながらそう言った店主は棚の引き出しから一枚の片道切符を取り出し、ぽんと判子を押して青年の手元に差し出す。青年は安堵したようにため息をつくと、懐から一枚のコインを店主に手渡した。
「はい、確かに。して、お客様。乗り場への案内は必要でしょうか?」
「あぁ……そう、ですね。この街は少し入り組んでいるようだから、また道に迷ってしまいそうだ。道順だけ教えて頂けますか?」
「かしこまりました。では、手書きで失礼致しますね」
店主は引き出しから一枚の紙とペンを取り出すと、迷いなくそのペン先を走らせる。
「まず外の通りに出ましたら、大通りをまっすぐ北へ。しばらく歩くと左手に服屋の看板が見えますので、そこの角を曲がって頂いて。奥に見える時計塔まで道なりに進んでください。時計塔の前まで来たら、そこから東へ向かって少し歩くと、噴水のある広場に出ます。広場からであれば、海が見えるはずです。あとは、家の合間を抜けて頂ければ、そこが港でございます」
「あぁ、なるほど。僕が来た方とはまた逆の方ですね」
「そちらの切符は四番の乗り場でご利用頂けますので、待合所にてそのまま船をお待ち下さい。出港の予定時刻は子の刻ちょうどです。まだしばらく時間がありますので、それまで街を見て回るのもよろしいかと」
簡易的ながらも的確な地図を紙に記した店主はそれを折り畳み、青年の手に握らせる。青年はそれをポケットに押し込み、深く頭を下げた。
「ご丁寧に、ありがとうございます。おかげで、無事に旅立つことができそうです。それでは」
「はい。いってらっしゃいませ。良い旅を」
振り返りざまにもう一度頭を下げ、店を後にする青年。店主は胸に手を当てて深くお辞儀をし、静かに戸を閉めた。
――――その日は年に一度、迷える死者を送り返す祭りの日。
その晩に船を出すのは不吉とされており、今年もまた、船が出たという記録はない。
お題:「旅立つための切符」を買いに来た「青年」




