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夢でのダンス

 翌朝、小間使いのリーゼは、夜通し胸に抱えていた不安を、侍女頭のクラウゼへと打ち明けた。

「クララ様が……毎晩、同じ夢を見ておられるようなのです」


 その報告は、すぐさまイルムガルトと伯爵の耳に入った。青い髪、水辺、そして底知れぬ寂しさを湛えた瞳。語られる断片を繋ぎ合わせれば、その正体に思い至るのに時間はかからなかった。


「やはり、精霊ニックスか……」


 伯爵の呟きは重く、湿り気を帯びていた。

 イルムガルトは直ちに、自らの魔力を削り、クララを精霊の呼び声から遠ざけるための結界魔法陣を編み始めた。一方、伯爵は救いを求めて、領地の境界に建つ古い教会の司祭を訪ねた。


「司祭様、どうか知恵をお貸しいただきたい。娘が……クララが、森の祠に封じられた精霊ニックスに魅入られてしまったようなのだ。教会の秘蹟ひせきで、何とかならぬか」


 縋るような領主の問いに、老司祭は悲しげに首を振った。


「伯爵様、精霊というものは、悪魔や穢れとは異なる存在なのです。それはこの世のことわりそのものであり、善悪の彼方に在るもの。我ら人の神に仕える者が、それを『祓う』ことは叶いませぬ」


 その夜、クララの寝室にはクラウゼが添い寝をすることになった。

 使い込まれた絵本を優しく読み聞かせ、幼い主の意識を明るい日常の側へと繋ぎ止めようとした。精霊の影を、温かな物語の灯火で追い払おうと、彼女は夜更けまで声を紡ぎ続けた。


 だが、祈るようなその試みも、深淵から届く呼び声には届かなかった。


 翌朝、クラウゼが「クララ様、昨晩はぐっすりとお休みになれましたか」と尋ねると、クララはまだ微睡まどろみの残る瞳で、ふわりと微笑んだ。


「ええ。昨夜はね、あの青い髪の人が、笛を吹いてくれたの」


 クラウゼの背筋を、氷のような指が撫でた。


「……笛、でございますか」


「とっても悲しい音色だったけれど……不思議と怖くはなかったわ。私、夢の中でその人と一緒に、ダンスを踊ったのよ。水の粒がキラキラ光る中で、ずっと」


 無邪気に語るクララの頬には、いつになく微かな赤みが差していた。

 クラウゼは、その「生気」にさえ恐怖を覚えた。精霊との距離が、もはや物理的な障壁を超え、魂の深層で分かちがたく結びつこうとしている。


 見えない水の輪が、クララの足首を掴み、音もなく底へと引き寄せている――そんな確信に近い予感に、侍女頭は冷たい震えを抑えることができなかった。



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