リーゼの献身
森の祠から戻って以来、クララお嬢様は、まるで硝子の向こう側へ行ってしまったかのように変わってしまわれた。
小間使いのリーゼには、魔法の理などわからない。けれど、主の瞳の奥に宿る、あの透き通るような、それでいてどこか突き放すような冷たさを前にして、彼女ができることはただ一つだった。
(私が、お嬢様をこちら側に繋ぎ止めておかなくては……)
リーゼは、それまで以上に甲斐甲斐しく、祈るような心持ちでクララの身の回りの世話に没頭した。
朝、まだ空気の冷たい時間に、重厚なカーテンを静かに開く。洗面のための清らかな水を運び、その白く細い指を温かな布で拭う。朝食の配膳から、着替えの手伝い、そして主が部屋を出た後の掃除やベッドメイクまで、リーゼは一時の休みもなく立ち働いた。
昼になれば、再び食事を運び、飲み物の器が空にならぬよう気を配る。部屋に籠もりがちなお嬢様のために、窓を大きく開けて外の瑞々しい空気を取り込む。
夕には、晩餐のための支度。細やかな装飾の施されたドレスを選び、耳元に下がるアクセサリーを一つ一つ丁寧に整える。
夜、入浴の際には、立ち上る湯気の中にハーブの香油を垂らし、石鹸を泡立てて、その繊細な肌をいたわるように洗う。
専属の侍女と小間使いを兼ねるようなその仕事は、端から見れば過酷な激務であったが、リーゼは少しも苦に思わなかった。自分の指先が触れるたび、クララの肌に宿る人としての温もりが、あちら側の「水の冷たさ」に飲み込まれてしまわぬよう、必死に抗っているような心地だった。
そんなある日の午後、窓辺で虚空を見つめていたクララが、ふいにリーゼへ視線を向けた。
「リーゼ……。なぜ、あなたは私のようなもののために、そこまで尽くしてくれるのですか」
その声は、かつてのクララのものよりもずっと澄んでいて、けれど水の底から響いてくるような、不思議な反響を伴っていた。
リーゼは一瞬言葉に詰まり、けれど誠実に答えた。
「それは……お嬢様に、一日も早くお元気になっていただきたいからです。こうしてお世話をすることで、お嬢様の心が少しでも温まればと……」
「元気、に……」
クララは、その言葉の響きを確かめるように繰り返した。そして、さざ波のような微かな笑みを浮かべた。
「リーゼ。私は元気よ。……たしかに、以前の私とは何かが変わってしまったことは、私自身も自覚しているわ。けれど、今のこれが、私なの」
クララの手が、そっとリーゼの頬に触れた。その指先はひやりと冷たかったが、そこにはたしかな慈しみが宿っていた。
「心配しないで。私はどこへも行かないわ。こうしてあなたの真心に包まれているうちは」
その微笑みは、人のものでありながら、どこか遠い精霊の慈悲のようでもあった。リーゼは、お嬢様の変容を改めて突きつけられながら涙が止まらなくなった。そして、その透き通った言葉を信じたいと、強く胸に刻むのだった。




