森の呼び声
今夜もまた、寝台の中でまどろみの淵をさまよっていた。
意識のすぐ外側で、森がざわめいている。それは木の葉が擦れ合う音でも、夜鳥の羽ばたきでもない。もっとこう、生きものたちの熱気が凝り固まったような、しつこいほどの「気配」だった。
みんなは気のせいだと言う。けれど、私の目にははっきりと見えるのだ。
月明かりを透かすほどに薄く、鋭い羽を持った小さなモノたちが、無数に、狂ったように踊っているのが。それらは影を編み、光を食んで、森の境界線でこちらを覗き込んでいる。
声が聞こえるわけではない。だが、ふとした瞬間に、足の裏から吸い込まれるような感覚に襲われる。
――おいで。
土の下、あるいは深く重なった落ち葉の向こう側から、抗いがたい力で引かれるのだ。
私はたまらなくなって、布団の中で獣のように身を丸める。このまま魂を毟り取られ、あの深い緑の闇へと連れ去られてしまうのではないか。そんな恐怖が、いつも喉の奥を冷たく冷やしていた。
「お嬢様、またお眠りになれなかったのですか?」
朝を連れてきたのは、小間使いのリーゼだった。
彼女がカーテンを開くと、柔らかな陽光が部屋に差し込み、夜の間の禍々しい気配をかろうじて押し戻してくれる。
リーゼは私の青白い顔を見て、心底心配そうに眉を寄せた。私がいくら森に呼ばれるのだと訴えても、彼女は「気にしすぎですよ」と笑うだけだ。
「リーゼには、風の音以外、何も聞こえませんでしたよ。さあ、温かいスープを召し上がってくださいな」
彼女が運んできた盆からは、根菜と麦を煮込んだ滋味深い香りが立ち上っている。それはこの「現実の世」の象徴のような匂いだった。
この屋敷で、私の話を真正面から受け止めてくれるのは、たった一人しかいない。
魔法使いのイルムガルトさん。私がひそかに「先生」と呼んで慕っているその人は、森の奥深くにある古い祠まで足を運び、鎮めの儀式を行っているという。
「森の妖精たちが騒いで、眠れないのです」
私がそう言ったときも、彼女は鼻で笑ったりはしなかった。ただ、深く静かな眼差しを私に向け、黙って話を聞いてくれた。彼女だけは知っているのだ。この森が、ただの木の集まりではないことを。
父は伯爵として、一年の半分を王都のタウンハウスで過ごし、王城で仕事をしている。
父が不在の間、この広大な領地を切り盛りしているのは家令のベルナーさんだ。
彼は実直な男で、土と共に生きる人々を愛していた。農家を回り、作柄を確かめ、収穫の恵みに感謝を捧げる。森から得られるわずかな木の実や薬草、それら「森の裾野の恵み」にも、彼は細心の注意を払って目を配っていた。
ベルナーさんが守っているのは、目に見える豊かな実りだ。
イルムガルト先生が対峙しているのは、目に見えぬ彼方の理だ。
そして私は、その狭間に立たされている。
窓の外、青々と茂る森を眺めながら、私は自分の足先がかすかに痺れているのを感じていた。
森は、まだ私を呼んでいる。




