表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/255

第119.5話(前編):【均等の罠】誰も飢えさせないという傲慢


佐藤家のリビング。窓の外では季節外れの冷たい雨が降り続いており、古い木造住宅の肌寒さを強調していました。


みゆはダイニングテーブルにノートを広げ、大学の宿題であるレポートに頭を抱えていました。


テーマは「社会における公平な資源配分について」。教科書的な正解を並べようとするものの、どうにも言葉が滑ってしまい、ペンが進みません。


「……うーん、平等って言っても、何が一番正しいのかしら。みんな同じ量をもらうのが、結局は一番争いがない気がするけど……」


独り言をこぼすみゆの隣で、咲子は三郎の予備のブラシを、専用の布でゆっくりと磨いていました。


その手つきは、まるですべての塵を許さない、静かな執念すら感じさせるものでした。


「……『みんな同じ』、ですか。それは甘美で、とても恐ろしい毒薬のような考え方ですわね、みゆちゃん」


咲子の声は、いつもの華やかさを欠き、どこか遠い地の底から響いてくるようでした。


驚いたみゆが顔を上げると、咲子は磨く手を止め、窓を叩く雨粒をじっと見つめていました。


「おばあ様? どうしたの、そんな顔して」


「……わたくしが、まだ向こう見ずな若さゆえに、自分を『救世主』だと信じて疑わなかった頃の話ですわ。ある貧しい農村で、深刻な水利権を巡る争いが起きました。上流の家々が水を独占し、下流の家々は枯れた田んぼを前に、怒りと絶望で鍬を握りしめていた……一触即発の状況でしたの」


当時の咲子は、特命を受けてその仲裁に乗り出しました。


彼女の胸には「自分の知恵さえあれば、誰一人として犠牲を出さずに、全員を救ってみせる」という、汚れなき正義感が燃えていたのです。


「わたくしは、全世帯の取水量を、生存ギリギリの量まで一律にカットさせました。上流の利権も、下流の抵抗もすべて跳ね除けて、村のすべての畑へ、数滴の狂いもなく水を均等に分かち合わせたのです。……これこそが究極の平和、誰も恨みを残さない唯一の『正解』だと、わたくしは自分の出した結論に、深く酔いしれておりましたのよ」


「……でも、それって公平だし、いい解決策に見えるけど……」


みゆが戸惑いながら呟くと、咲子は力なく、自嘲気味な笑みを浮かべました。


「ええ、その時のわたくしもそう思っていました。……でも、その『公平』という名の刃が、村の首筋に冷たく当てられていることに、当時のわたくしは気づこうともしなかったのです」


咲子の磨くブラシの音が、雨音に混じって不吉にリビングへ響いていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ