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ずるい天使

「こんなところで何してるんだ」


 すると朝もやの中、どこからか小柄な召使いが現れた。少し朱に染めた瑞々しい頬が印象的だ。淡いブルネットを後ろで結わえて留めていたのをほぐして、艶やかな雰囲気でナイフの男に近付いた。


「おまえ、話がわかるのか」

「わからん」

「人の言葉がわからんのか。どうしようもない奴だな。術を流し込んでやる」


 庭師ロベルト岩のような手の平でイシグロの頭を鷲掴みにした。


「失敗したのに来たのね。あそこまで手配してあげてるのよ。あなたのために。ここが暗黒街を支配する伯爵の屋敷だと理解してるわよね。見つかればどうなるか」

「すまん。逃げるにもカネがない」

「この銀河でここから離れて。わたしもあなたのことは信じてたのよ」


 召使いは頬にキスするようなマネをしてスカートをたくし上げると、細身のナイフのようなスティレットで刺し殺した。

 彼女はイシグロを見た。

 ロベルト曰く「どうやら何らかの気配くらいは感じている」とのことだ。

 召使いの姿が茂みに消えた。


「何だ、この屋敷は」

「あの召使いは天使だ」 

「天使もねえ。死神との違いは?」

「同じだ。派閥だとでも思え。神や高位の天使に仕えるか仕えないかだ」

「シンプルだな。なぜ彼女はレメディオスを誘拐しようとしたんだ?」  

「誰かの下で働いているか、もしくは彼女自身がレメディオスの魂を喰らおうとしているかだ。清らかな魂を得ることは高位の天使になる近道の一つだ」

「世知辛いな」


 死体はどうするのかと尋ねた。


「誰かが見付けて伯爵に報告する。おそらく私が報告して私が穴を掘る。私は普段は庭師として仕えている。小遣い稼ぎだ」 

「伯爵やアマランタはあんたのことを死神だとは知らないのか。天使たちも」

「たぶんな」


 マリアは転生しても現実から逃れることはできないということか。前世では組織に縛られ、ろくでもない少年と逃避し、殺された末、転生とやらをしても同じような組織に押し込められて人を殺している。


「レメディオスは不思議な力がある。前妻の実家のウォルターハウス家は天使を継いでいると言われる名門だ」

「天使を継ぐ?」

「主が天使と契約をする。天使に魂を渡すんだ。天使は彼らを守る。だからレメディオスにはおまえのことが見えた。レメディオスを愛するアマランタの祈りがおまえに姿を与えた。二人に誘われたんだろ」 


 ロベルトはパイプの灰を落とした。丁度中折れ帽の中年紳士が現れ、上等な紙を見せた。読めない字が書かれていた。


「私は首都西ギルドに属してます。証明書がこちらですが、どうぞよろしく」

「うむ」

「こちらの地で魂を回収させていただきたいのですが、まず区長様にご挨拶したく」

「私だ」

「薔薇のロベルト様でしたか。ご挨拶もなく申し訳ございません」

「構わんよ。しかし我々は個人的にレメディオスと縁がある。わかるな?」


 フロックコートの紳士が向いた。


「グロウだ」


 庭師に省かれた。


「誠に申し訳ございませんでした。管理できておりませんで、ご迷惑をおかけしました」


 紳士は軽く会釈をし、死んだ男からいくつもの紫の玉を取り出して革袋に入れた。


「十三個ですが、ロベルト様には一割をお支払いすることでよろしいですか。あの天使は魂には見向きもしませんでしたな」


 革袋から一つが浮かんできた。ロベルトはパイプに火を入れつつ、上目遣いでこれで構わないと答えると、紳士は礼をして来た道を普通の人のように戻っていった。


「死神も天使も魂を集める点では同じことをしている。天使というのは特定の主や上級の天使と契約している」

「寿命が尽きたときはどうなる」

「本人の肉体が手放した場合、死神か天使のどちらかで話し合いになる。天使は上位に就くために清らかな魂を求めたがる」


 イシグロは不安定に浮かんでいる魂を指でつまんだ。ネチネチとしていた。これはどうするのだと尋ねると、ロベルトは普通はポリッシュしてからリサイクルするのだと答えた。


「汚いな」

「だから召使いのフリをしている天使は触れずに捨てた。奴の体にあるうちに汚れたんだろうがな。生まれつきかもしれん」

「生まれつきなら運命なのか」

「運命など変えられる」

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