惨劇の仮装舞踏会
イシグロはざわついた中、アマランタを逃げられるように玄関へと案内した。
「俺とおまえは、前世でのたった数時間の出会いからはじまった。俺はおまえがいたから幸せでいられた。レメディオスのところへ」
「わたしこそ。売春宿で朽ち果てるところを救ってくれたわ」
「でも追われることに」
「幸せだった」
「ありがとう。レメディオスを守れ」
「ええ。ここにいるのは、どこからどこまでも伯爵の部下よ。使い捨ての駒なんかじゃないわ。どうするの?」
「こうするんだ」
外套の下から拳銃を出した。
近付いてきた仮面を撃ち抜いた。もう一人抜きかけの拳銃の腕をねじ上げて、至近距離からこめかみを撃ち抜いた。エントランスホールで歓談していた人々が驚いた。
甲高い悲鳴とそれぞれ逃げる靴音。
「行くんだ」
フリーダム号が駆け込んできた。
イシグロは玄関からエントランスホールへ戻ると、そのまま二階まで上がって銃で警告した。
「これからは死神主催の舞踏会だ。玄関の扉は開いている。死にたくないものは、今すぐに去れ。残ったものは殺す。死神は善人でも悪人でも区別はしない」
吹き抜けの二階から、エントランスホールで構えた敵を撃ち抜いた。派手な飾りの付いた手すりが砕けると、三階から覗き込んできた仮装姿を撃ち殺した。二人が仮装のまま逃げ惑う人々の頭上に落ちた。
外套姿のイシグロは、大小いくつもの個室の並んだ奥へと退いた。鬱陶しい仮面を剥がして、ハルトに銃を構えた。
「隠れてろ」
銃撃が激しくなる。
セラが現れた。
「船が爆発した。ここは任せたわ。アマランタとレメディオスを救いに行く」
「天使は天使を救え。人に関わるな」
「奴らの都市計画を阻止するのよ。カルディほどの魂が穢れさせてはいけない」
「んな汚れ仕事は俺とロベルトがする」
「やさしいのね」
イシグロとセラは、二階席から舞踏会場を眺めた。倒れたテーブル、捨てられたグラス、衣装の中、楽団の消えた舞台の前でマーガレットとソフィアがいた。
「二人はどうするの?」
「どうもしない」
イシグロは二人を見ながら二階席の前列の通路を出入口へと歩いた。二発の銃声が聞こえた。少年が猿のように二階席から柱を伝いながら降りるのが見えた。
「画家はどうした?」
「故郷へ帰るそうです。いただいても?」
「好きにしろ」
「では」
少年はイシグロに銃を向けた。
「あなたに懸賞金が出てるんですよ」
「当てる自信は?俺は前世から正真正銘の死神だからな。今なら許されるぞ」
少年は渋々銃を降ろした。
イシグロは引き金を引いた。
「ひ、卑怯な……」
「おまえらは臭いんだ。せいぜい集めた魂で来世で特典でももらうんだな。逃げるなら今のうちにしな」
騒ぎの中、アマランタは飛び込んできたフリーダム号に任せるがままにしがみついていた。ドレスが邪魔でスリットを深くまで裂いた。ガス灯の下、夜の街に蹄鉄と馬自身の重みが地面に響いていた。
「停まって!」
アマランタは逃げないと決めた。
戻るの。
今の自分は戦える。
「停まれ!」
「あきませんわ。あんさんをお嬢さんのところへ連れて行くのが、わいの務めですからな」
「話せるの?」
「あんさんはイシグロはんのためやなくてお嬢さんのために戦うんですわ。よくよく考えてもみなはれ。今のあんさんは人ですやん。天使は天使、死神は死神!」
「彼とは普通に出会えないの?」
「いつか会えますわ」
「いつかなんていらない。今がいい!」
橋を渡るとき、車軸に火花を散らす勢いの馬車が追いかけてきた。御者の隣にいた男がライフルを構えた。
「あなたまでやられる」
「心配しなはんな。わいはあんなもんでやられる駄馬やおまえへん。あたっ」
弾が跳ね返る。
フリーダム号が捕まれと言うので、アマランタは首に腕をまわした。欄干を川面へ飛び越えてたフリーダム号は、水に蹄鉄を濡らしながら川下へと駆け抜けた。
「臭い川でんな」
「わたしはイシグロのおかげでアマランタとして生きてこられたのよ。前世があるからレメディオスを守ることができた」
アマランタは、フリーダム号が港へと近付くにつれて油を含んだねっとりとした煙が流れてくるのに気付いた。
「あれ?」
「フリーダム号!」
「船、沈みかけてまんがな」
レベッカが叫んで近付いてきた。ミランと一緒にレメディオスをアマランタの腕に預けると、追いかけてきた敵に構えた。
「アマランタ様!」
「わたしはどこに行けばいいの?」
「え?」
レベッカとミランは顔を合わせた。こんなことは聞いてないというふうに二人同時に首を傾げた。
「あんたたち二人、今度はわたしが鍛えてあげるから覚悟しておきなさい!」
「ママ、新しい街の裁判所へ!」
フリーダム号は踵を返し、全身で彼女たちを狙う銃撃を防いでいた。
「二人は大丈夫なの!?」
一瞬、正面に光が見えた。フリーダム号の脇を旋風がかすめ、背後でセラが一瞬で敵を殲滅した。
「エ、エグい天使ですな」
「あれが守護天使の力なの?」
アマランタも呆然とした。




