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死神vs上級天使

 旧市街地の一画にある丘の下、イシグロはほのかに光が見える坑路を、ひどい臭いの中、地図を頼りに歩いた。途中から岩を軋むようなうめきのような振動がした。

 

「貴様は何しに来た」

「散歩に見えるのかよ」


 どこからともなく低い振動が、腹の底に響くように空気を揺らした。しかしイシグロは気にも留めずに左へと折れた。丁度ブレンディア伯爵が買い占めていた、旧官公庁街の下だろうところだ。地下神殿にも似た建物がある。淡い炎の中、いくつかの錆びた檻が照らされているのが見えた。


「わざわざ来たのね」


 舞台の下、二匹の火を吐く犬が牙を剥いた。そして上には鎧姿の美しい女戦士が鎖を手に立っていた。


「わざわざ訪ねてきたのか。ここは生きるものの来るところではないと思い知れ」

「普通に話せないのか」

「死神にはな」


 イシグロは、壇上を見上げた。鎧姿の彼女がいたので、ごく簡単にウォルターハウスの守護天使に会いに来たと告げた。


「ライアン・ウォルターハウスが戦争に行く前に別れた守護天使だ。彼の妻との娘のために連れ戻しに来た」

「我々は新しい都市、時代の支配者だ」

「そんなことは聞いてない」


 壁際で腕を組んだ青年がいた。別のところでは腹の出た中年男が違うことをブツブツと話した。老若男女、それぞれがそれぞれの言葉でイシグロに向いて話した。


「古い都市は消え失せる。我々天使が発展する都市を善き魂で埋め尽くすんだよ」

「愚かな人々を秩序で支配する」

「我々は善き世界を創ろうというのだ」


 イシグロは、ポケットからシガレットケースを取り出して、紙巻き煙草をつまみつつも誰にともなく話した。


「人々は人々のために生きる。おまえたちのために生きているわけではない」

「貴様は殺し合いも認めるのか?」

「おまえらに止められた試しがあるのか?」


 右の犬が威嚇するような炎を吐いた。イシグロは左の犬に煙草を近付けると、かわいいもので、小さな炎を吐いてくれた。


「どうも」

「戦争で数多くの犠牲者が出た。奴らは愚かなことを繰り返す。街も同じだ」


 頭上の彼女は忌々しそうに告げた。

 骨で埋め尽くされた壁際には、幾人もの翼の生えた天使が並んでいた。難しい顔で腕を組んであるもの、胡散臭そうにイシグロの値踏みをするものがほとんどだ。


「彼らが求めるなら、俺たちは見守るしかないだろう。もしおまえたちも新しい秩序とやらが欲しいなら、人々と離れ、空にでも国やら世界を創ればいい」


 イシグロは顎を上げると、頭上でゆっくりと広がる煙の流れを楽しんだ。


「例え未来がどんなに醜くなることがわかろうとも、新しい都市は人々のものだ」

「新しい街は我々に捧げられるべきだ。ひとまず人々は、世界の運命を我々に委ねるべきなんだ。彼らには荷が重すぎる」

「俺たちこそ人々に委ねられるべきだ。おまえたちは人々が新しい技術や暮らしを手に入れて、忘れ去られるのを恐れてるように見える」

「下級風情が」

「本音が出たな」


 イシグロは、つまんだ煙草の火を見ながら誰にというわけでもなく話した。少しずつ燃えていく炎のように、人々の歩みは情けないほど遅く、命を燃やしてもほとんどが煙のように消える。


「ただ匂いは残る。次の世代のものはかすかな匂いを頼りに、また次を生きる」


 イシグロは、煙草をくわえると、地面に置いたカンテラを天井へと連中のところへ蹴飛ばした。拳銃を抜いて犬ころの額に押し付けて、他の連中を目で殺した。


「動くなよ」


 警告に関わらずに影が動いた。

 引き金を引く寸前、


「待て」


 彼女が制した。


「彼はここにはいない。ライアン・ウォルターハウスは、戦地に赴く前に彼、すなわちカルディと契約を解除した。今の彼は新しい街を清らかな魂で覆い尽くす気だ」

「美しくなるな。魂の街か」


 彼女は「来い」と背を向けた。イシグロは呼び止めると、高すぎて上がれないので手を貸してくれと頼んだ。失笑が漏れた。

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