煤けた死神
イシグロたちはゲストルームでソファに腰を掛けていた。召使いのミランは煤塗れの顔のまま扉のところで待機していたが、レベッカはレメディオスの隣で恐縮するしていた。
「おまえはレメディオスの召使いだ。主人に命じられたんなら隣で堂々としていろよ」
レメディオスは尋ねた。
「ミラン、強盗によく気付いたわね」
「人の言うこと聞いてから襲え」
「押し込んできたくせに」
「ここの召使いは言葉使いも悪いな」
イシグロが笑い捨てた。マーガレットが夜に通じる窓を開けると、レメディオスがレベッカにもたれるように背もたれにもたれた。
「死神さん、汚い格好ね」
「台所で襲われたんで煤塗れだよ」
「わたしは当然のことをしたまでよ」
「レメディオスを守ろうとしたのかレベッカを守ろうとしたのか?」
ミランはこんなところで何を言うんだという顔で睨んできた。預けられたライフルを撃つのではないかと思うほど、わなわなしていた。
「レベッカ、あなたはお茶を淹れてくるようにしてね。ミランは着替えてきなさい」
「お茶は結構です。何なら薄汚れた二人で風呂に入ればどうですか。お互い積もる話も」
「大きなお世話よ」
ミランが言うと、レベッカは俯いてそうでもない様子を見せた。令嬢として生まれ、チヤホヤされた末、継母に殺された。しかも残ってくれたのは、まだまた弱い天使だけだった。
「いくら弱くてもさ、一緒に死んでくれるなんてないからな。彼女の覚悟は認めてやれ」
二人は照れた様子で退室した。
「ママに会えた?」
「会えた。でもレメディオスはママのことは心配しなくていい。俺が何とかしてやる。それとレベッカを信じてやれ。天使ってのは繊細らしい。少しでも疑われると泣く」
「もちろんよ。わたしの天使だもの。キュートな天使とダンディ、今は汚いけどおじさまに守られてるもの。パパのママは素敵な人よ」
孫娘の思わぬ言葉にマーガレットは視線を逸らせたので、イシグロはニヤニヤした。
「話は何なのですか」
「ここで話してもいいのか」
イシグロはレメディオスを見つめた。マーガレットは別室へと勧めかけたが、意外にも彼女は「レメディオスのことなら彼女にも知る権利がある」と気持ちを押し殺して答えた。
「あんたも守護天使を召使いのように扱い、当然ながら捨てられた。ライアンがあんたのことを心配してくれていた人が」
ミランが紅茶を運んできた。レベッカはイシグロに紅茶を淹れたカップとソーサーを渡してきた。どうせなら酒がいいと言うと、マーガレットがミランに部屋の酒を持ってくるように命じた。ブレンドのナイトキャップだそうだ。
マーガレットはミランに自分のバスルームでいいから綺麗にしてくるように命じた。いくら襲われても、マーガレット・ウォルターハウスの天使が煤塗れでは体裁が悪い。
「レベッカも手伝ってやれ」
追い出した。ここからはマーガレット、レメディオス、ここにはいないがアマランタ、実家のウォルターハウス家、ブレンディア伯爵についての話をしておきたいので人払いをした。
「俺の条件は一つだ。アマランタとレメディオスが命の心配もなく暮らせること。あんたが二人を離したいことはわかる。愛していた息子を誘惑したアマランタは許せない。だが俺の条件は譲れない。代わりにあんたと本家とのことも伯爵の悪巧みのことも俺が解決してやる」
レメディオスが「どうやって?」と尋ねた。
「君のパパが残してくれた守護天使様とお話するしかない。あんたらは天使と話し合いはできない。交渉できない。だが俺は対等だ」
「死神は対等に話し合えるの?」
懐の銃を見せると、さすがのレメディオスも呆れてマーガレットを見た。テーブルの上で顔を近付けて、もともとこういう荒っぽいところがあるのと彼にも聞こえるように伝えた。
「ママのことは?」
アマランタがレメディオスとともに新大陸に旅立つには、話的には仮装舞踏会で仕事をしなければならない。旅立つだけでもいいなら船で逃げればいいが、それなら追われる。そうでなければ伯爵は納得しないし、納得しなければ誰にも平穏な生活は訪れることはない。
「策がある。仮装舞踏会だ。実際誰が犯人で誰が殺されたのかわからなくできる」
「トリックでも使うの?」
「伯爵が夫人を殺す理由がわかれば防げる可能性が高くなる。調べているんだ」
「ロイロットには新都市計画の土地の買収に関わらせること。他には旧市街地の土地の取得に便宜をはかること。わたしには彼が旧市街地で何をする気なのかわからないけどね」
イシグロはカップの縁から淡々と答えるマーガレットを見つめた。どうしてわかる。レメディオスも同じ気持ちだろうか。マーガレットはしれっとしていたが、十年も前から立てていた計画だし、一緒にいれば天使の囁きかれ漏れ聞こえてきていたと答えた。レメディオスの父親のライアンも聞こえていて、ブレンディア伯爵を止めようとしていたが諦めたと話した。
「だから前線へ?」
「わたしは内地勤務に頼んだ。でも天使たちには拒否された。これ以上ブレンディア伯爵に協力していれば、いずれ自分たちの魂が穢れて力がなくなるとね。わたしは夫に頼んだわ」
逆上した伯爵は文句を言う天使を皆殺しにしてやると言い、実際に別の天使を使い、何人かを処刑した。このときにロベルトが薔薇の庭を踏み荒らした天使を一掃した。従うことを拒否し、処刑されかねない天使をロベルトは殺したように見せかけて屋敷一帯から逃した。
「伯爵は天使のことには疎い。囁きなんてのも聞こえてないんだ。特にあんたが消えた後は何も知らない。いつも恐れながら暮らしてた」
「でも天使を処刑したのよ」
「他にも聞こえていた誰かがいるんだわ」
レメディオスが呟いた。
重苦しい間が空いた。
レベッカが静かに入ってきた。
「ソフィア様はわたしが天使だと気付いてるようなことをほのめかしていました。今思えば囁きは聞こえていたし、見えていたんだと」




