旧市街地
イシグロは、道で売る新聞を買うと二人乗りの馬車を停めた。頭上にいる御者にカルバン街へと頼んで、新聞紙を読んだ。
ブレンディア伯爵の到着!
美しき妻を連れ、戦勝記念仮装舞踏会の準備のために早々に到着し、新しいクロノスホテルに宿泊し、あらゆる財界人と語らう。クルーナ伯爵と談話する。
伯爵の知識に驚かされる!
化学者マーリンは、出資者である伯爵の知識に驚きを隠さないでいた。今すぐ教授にもなれるくらいだと褒め称え、資金援助に謝意を示していた。
ブレンディア伯爵は、出すところには出しておく主義らしい。造船所では新造戦艦の見学もしていと記されていた。
伯爵、銀行連盟と会談する。
ブレンディア伯爵は午後、クロノスホテルの一つ、銀行連盟のチャリティ舞踏会への寄付を約束した。連盟の一人にしてホテル王クルーナ伯爵は、「祖国のために戦った若者への勇気になる」と讃えた。
ブレンディア伯爵、ご子息を語る
戦地で戦死したとされる二十五歳で名誉の戦死を遂げたぉ子息の人柄を偲んだ。
挿絵には、銃剣で敵に突撃する姿が描かれていたが、これが殺し屋のアマランタが愛した奴かと思うと本当の姿を見てみたくなる。何巻で出会い、添い遂げたのか。
「考えてもわからんな」
やがて裁判所の前に着いた。
しばらく歩くと、酸い臭いが絡み付いてきた。捨てられた界隈だ。酒瓶が転がる旧市街地に出た。再開発のために買い占められた土地があるはずだとうろついた。
やがて用心棒らしき連中と出くわした。
「ここは眺めがいいな」
「帰んな。よそもんがうろうろしていいところじゃねえんだ」
「何だ。邪険だな。眺めがいいから宴会でもしてると思ったよ」
「踊りたいのか」
ライフルを向けられた。
すかさずイシグロは手を挙げた。
「ここに民事裁判所があると来た」
「川向かいに移された」
煙草をふかした髭面が突き放した。
「ここの建物は壊すのか」
「おまえにゃ関係ねえことだ。とっとと失せねえと足を砕かれることになるぜ」
「やけに威勢がいい。酒のせいか?」
「ここはな、私有地なんだよ。ここから見える丘のすべての土地も建物もだ」
イシグロは、自分の立っている地面を指差して、ここもそうかと尋ねた。
「うるせえな」
「御者も返したんだ」
「歩いて帰るんだな。足があるうちに」
「悪かったな」
イシグロは去ろうとした。
「置いてくもん置いてけよ」
「カネか……」
「少しは頭があるじゃねえか」
来た路地を戻る途中、イシグロは斜面に立つ墓地群を見つけた。緑豊かな穏やかな墓地ではなく、ぬかるんだ土地に墓石の群れが打ち捨てられていた。
「どちら様ですかな?」
黒衣の老人がいた。
「ポリッシュを頼みたい」
「どなたかのご紹介ですかな」
「仮免許でいいなら」
「ロベルト殿のお弟子様ですな。この街であなたを知らない死神はいません」
ポケットから出した革袋を老人の骨と皮の手に渡した。老人にこそボロボロの外套に長い柄の鎌が似合いそうだ。
「死神みたいだな」
「こんな黒衣は似合いませんか」
「威厳があるように見えるよ」
イシグロは古びて、カビ臭い墓石に腰を掛けた。煙草に火をつけた。風光明媚とはこのことだなと誰にともなく呟いて、川の南に新しく広がる街へ煙を吐いた。
「古いもんは新しいもんに変わる」
「汚れた魂や欠けた魂をいくら綺麗にしても限界があるのでね。中古は中古です」
「綺麗な魂がすべてじゃないだろ?汚れても欠けても必死に生きてる奴らもいる」
「古い考えです。新しい魂、清らかな魂を守るのが新しい考えのようですな」
「天使たちの考えか」
「我々業者も廃業寸前ですよ」
「世の中、振り子のようなもんだ。片方に揺れれば、また片方に揺れる」




