コミカライズ作者の心
イシグロは屋上から窓を拭くゴンドラに腰を掛けて命綱を結んで降りた。窓越しに彼女がレベッカたちと格闘しているのが見えた。
煙草に火をつけた。
物騒なメッセンジャーだ。
レベッカは相変わらずだが、もう一人は拳銃を置いて敵意のないフリをしたが、まだ何か別の仕掛けを持っているような余裕がある。
左利きか。
窓がはめ殺しで、下の少ししか開かないことに気付いて入ることは諦めた。紫煙をくゆらせながら拳銃の弾を確かめて、いざというときには撃とうと決めたが、どうなればいざというときなのか考えて、いつもの本を読んだ。
アマランタが窓際に来た。カーテンを少し開くようにして、窓を途中まで上げた。イシグロは差し出してきた熱い手を握り返した。
「おまえたちの未来が描かれてる。二人で新大陸に旅立つんだ」
「三人じゃないの?」
イシグロはほほ笑んだ。
アマランタは椅子に膝をついた。
「なぜあなたが十年も遅れてきたのか気付いちゃったわ。あなたは自殺したのね」
「君のいない世界で生きる理由なんてないからな。追いかけたが十年もかかった。しかも死神として現れた。この本の世界では人に寄り添うのは天使じゃないんだな」
「娘のためにとはいえ……」
「魂が穢れたな。心配するな。おまえなら自分で綺麗にできる。だから小瓶を渡せ」
「あなたに迷惑になるわ」
「んなこと気にするな。俺はおまえとの子どもができたとき、どうおまえに接していいのかわからなくて悩んだよ。怖かったんだ」
「謝らないで。わたしはそんなあなたを楽しんでたのよ。この人をパパに育てるのかとね」
「守れなくて済まない。ロイロット伯爵夫人を殺すことがなければ、レメディオスはおまえと一緒に新天地へ行くことができるはずだ」
手を差し出した。
アマランタは小瓶を渡した。
「でも本では殺したのよね?」
「コミカライズで何とかしてるはずだ。この三文小説をアニメ化させるくらいの作者だ」
「信じるの?」
「俺はコミカライズ作者は好きでね。イメージを膨らませてくれるからな」
イシグロが昨夜読んだ小説には殺すことが描写されているが、コミックではわからない。殺さなければ新天地へ行けないのか。もし後者ならばアマランタの心は晴れない。
「ダメ」
唇が動いた。
「一二巻でおまえが何をしてきたのかはわからないが、まっとうな恋をして、転生してレメディオスを授かったのは間違いないんだ」
アマランタは手の甲に唇を添えた。
「これからは悪いことに手を染めるな。伯爵の命令であろうともだ。おまえの義理のママには俺から話しておく。これからおまえたちは天使を信じろ。レメディオスを守る。魂なんてどうでもいい。前世での報いも考えるな。二人幸せになれるようにな。今度はうまくやる」
☆☆☆ ☆☆☆
アマランタは膝をついて、ビロードの座面にすがるようにして、窓から降り注ぐ光の階段に祈るように手を組んだ。神はレメディオスの運命をも狂わせるのか。伯爵の陰謀から逃れられないのか。なぜ美しいアマランタに試練を与えるのか。読者の方も筆者ともどもアマランタとレメディオス親子を救うために祈っていただきたい。さすれば奇跡は起きるはずである。
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