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寄宿舎のハルト

 イシグロは寄宿舎の廊下からハルトの部屋に忍び込んだ。そしてデスクに書きかけの手紙が見つけた。


 『アマランタ様へ』


 まだ内容はない。

 ガキのくせにと笑いつつ、嫉妬の気持ちが込み上げてきた。若造に嫉妬が込み上げてくるなどと、彼は我ながら苦笑いした。

 二人は新しい地へ行く。イシグロはベッドに腰を掛けた。廊下を近付いてくる足音に目を澄まして、やがてハルトが部屋に戻ると、消毒の匂いが鼻に刺さった。

 ハルトはラッチ錠を掛けて、扉に向いて深く溜息を吐いた。それから椅子を引きずるように出して、デスクの上のランプに火をつけようとした。そこでイシグロはハルトの後ろで、わざと撃鉄を起こした。慣れた指に冷たい鉄の重みが伝わってきた。

 ハルトは息を飲んだ。


「静かにしてれば、命までは奪わん。まだランプはつけるな」

「あなたのことは忘れはしません」

「頭は平気か?」

「ええ。蹴飛ばされましたね。アマランタ様のおかげで救われました」


 ハルトは友だちに薔薇に興味があると話していたところ、ソフィアから屋敷の薔薇園を見に来ないかと誘われた。


「レメディオスさんは大丈夫ですか?」

「改めて尋ねられると不安なんだ。ま、後で見に行くとするんだが。あのとき君はレメディオスを守ろうとしてくれた。どうしてだ?」

「目の前でさらわれようとしている人を守るのは、当然ではないですか?」

「殺されかけたぞ」

「アマランタ様にも叱られました。だからもっと僕は強くならないと」

「センスがない。講堂で見たが」

「お恥ずかしい。あなたみたいな強い人に憧れます」

「俺は撃たれた。だがそれでもいいんなら教えてやるよ」

「はい」

「危ないことには近付かないことだ。これができる奴は死なない」


 イシグロは扉を指差した。ハルトは意を汲んで、扉に近付いて耳を澄ました。ハルトは緊張を隠そうとしていたが、薄い月影の中、顔は青ざめているように見えた。

 ハルトはイシグロに頷いた。

 そして鍵を外して扉を開けた。


「どうしたんだ?」

「眠れなくてね。もし暇なら下で話さないかと誘いに来たんだ」

「僕も剣術の稽古でやられて、眠れそうにないんだ。着替えてから行くよ」


 イシグロは銃口を降ろした。

 ハルトはイシグロに「ハジホシ製薬の息子です」と答えた。今回の戦争で医薬品を調達したことで知られているらしい。


「金持ちは金持ちを呼ぶ」

「僕は離れたいんです」


 イシグロは窓から逃げるとき、言い忘れたことを思い出した。


「アマランタは俺に惚れてる」

「あれはお礼です。彼女が撃ってくれなければ、僕は殺されてました」

「ふん。手紙はやめておくんだ。伯爵の検閲が入る。クロノスホテルだな?」

「わかりました。僕は父の跡を継ぐことになるはずです。新大陸で学びたい。この国はダメです。これからはいろんな人々が協力しながら世界を創らないと」

「薔薇はどうするんだ」

「ホテルに薔薇は似合いませんか?」

「悪くない」


 イシグロは窓から庇に飛び降りた。ハルトにソフィアはもったいない。彼にはもっと勉強をして、立派になってもらいたい。

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