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聖獣、思い出にひたる

 帝都へ向かう途中、イシグロのまたがるフリーダム号は蹄鉄を響かせながら昔話を延々としていた。二人の勇者を乗せ、精霊の守護龍のお供もした。今でも伝説の剣の持ち主を尊敬していて、彼の恋人の話までも聞かされた。


「昔の話をするのはいいんだが……」

「追いつきましたで」


 宵闇に五両編成の客車と貨車を牽引する機関車が見えた。あれがレベッカが乗り込んだ列車に間違いないと話した。


「なぜわかる」

「そりゃ天使を乗せたとき、機関車のプレートの番号覚えときましたんや」

「夢もないな」

「現実問題覚えた方が早いですやん」

「まあ……」

「ちょっと飛びますで」


 フリーダム号は勢いよく土手を軌道の上に駆け上がると、牛馬を乗せた無蓋貨車に上から降りた。


「ここにいたら馬肉になるんじゃないか」

「馬は食われませんねん」


 フリーダム号は二両目が二等客車で、一両目が三等客車だと教えてくれた。ちなみに田舎の列車なので一等はないのだと豆知識をひけらかされた。


「どうしますんや?レベッカはん」

「まあ、街でしばらくレメディオスを預けられるんなら文句はない。完ぺきに丁寧に扱かうんなら相手が誰でもかまわん」

「アハハ。ちなみにお嬢様の魂がわいを導いてくれましてん。夢ありますやろ?」

「嫌いじゃない。俺は前世でアマランタを幸せにしてやれなかった。だから現世で少しは親子ともども幸せにしてやりたい」


 イシグロはポケットに入れた弾丸の数を調べた。十数発。これだけあればいいかと貨車から客車へと移った。


「何かあれば行きますわ」

「連絡方法は?」

「そんなもんいりまへん。わいも何となくどうなるかわかりますわ」


 イシグロは通路に立ち、まず煙草をくわえて火をつけて考えた。行くしかない。連結部を抜けると、寸胴な制服姿の車掌に出くわし、切符の確認を求められた。


「駆け込んだもんで」

「では今から購入してください」


 終着駅までの切符と二等客室の特別券を買うことにした。イシグロが一人になれるように頼むと、車掌は個室の空き室を記した紙を広げてくれた。真ん中以外ほとんど空いていた。それから車掌が連結部付近にある車掌室へと入るのを見て、レメディオスの待遇次第ではレベッカに一発くらい撃ち込んでやろうと真ん中に近づいた。

 老婆が別の客室を覗き、隣の客室で老人が仕込み杖を脇の下に突き刺し、何やら偉そうに講釈を垂れていた。イシグロは気づかれないように老人の個室に滑り込んで扉を閉めて銃を突きつけた。


「じいさん、伯爵の犬か?」

「何のことか」

「何でもいい。仕込み杖から手を離せ。妙なマネすると脳天吹き飛ばすぞ」


 イシグロは仕込み杖の剣を抜いた。


「他にもここに伯爵の仲間がいるな?答えないで来世を楽しみに眠るか?」

「我々は繋がらん。だが特徴は言える。右頬が抉れている奴が顔役だ。奴が死ねば情報は混乱する」


 イシグロは左の短い剣を抜いた。


「名前は?」

「ジョウだ。ジョウ・コンティック」


 イシグロは老人の眼球に短い方を突き刺して廊下へ出た。丁度レベッカが倒れ込むように老婆にスティレットを突き立てたところに出くわした。彼はこめかみに銃口を添えられる格好で動きを止めた。


「レメディオスには見せたくないの」

「俺も同意見だ」


 イシグロは老婆の死体を老人のいる客室に放り込んで扉を閉めると、老人の額で煙草を消してから、レメディオスの状態を見るように覗き込んだ。


「レメディオスには何もしてない」

「当たり前だ」

「な、何とか治癒してる。効き目はわからないけど。ちゃんとアマランタの薬も飲ませてる。パンも少し。他に変化はない」

「おまえはパンは食ったのか?」

「わたしは……食べてない……」

「天使は食わなくていいのか。いらなくても食うべきだ。人といたいなら食え」


 イシグロはパンを見つけた。レベッカを窓際に座らせて通路側に腰を掛けた。


「長いこと天使をしていると麻痺してくるみたいね。まだわたしは短い。人と同じように楽しめてる。あなたは?」

「今のうちできることをする」


 イシグロは乾いて痩せたピーナッツサンドを半分にして、片方を彼女に渡した。


「まずいのも楽しみのうちだ」

「ありがとう。なぜ死神に?」

「俺が聞きたいくらいだ。俺には死神も天使も違いがないね。同じ魂を扱う」

「格上が天使で格下が死神よ」


 レベッカは窓際にもたれ、しばらく穏やかにレメディオスを見つめていた。


「寝てもいいぞ」

「寝てる間に撃つ?」

「んなやさしくないね」

「絵で見た死神みたいな格好だわ」


 天使は眠りに就いた。


 寝ていればかわいいのにな。

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