ハルトくん
アマランタは屋敷に戻ると、レメディオスのベッドの隣に腰を掛けた。彼女の寝室は誘拐未遂の後、二階に移された。レベッカの誘拐未遂の件で伯爵が考えたのだ。
「ママ、死神さんと会ってきた?」
「え?」
「何となく」
アマランタは自分の腕の匂いを交互に嗅いでみた。まさか娘に愛し合ったことまで見透かされているのではないか。
「穏やかな顔してるもん」
「いつもと同じよ」
「ううん。わたしにはわかる。死神さんが来てくれたときから違うわ」
レメディオスはくすっとした。娘にからかわれているようで心地よかった。イシグロとレメディオスと三人で暮らしたい。
「これからソフィアのボーイフレンドと夕食会なの」
「お昼ね、お姉様がハルトさんを紹介してくれたの。優しい人ね。ママも気に入ると思うわ。ママ、夕食へ行かないと」
「ええ」
アマランタは伯爵とソフィアのいるリビングルームに向かった。前妻の娘も帰ってきたし、伯爵夫人として義母としてボーイフレンドとも話さなければならない。
夕食後、皆で寛いだ。
「クルーナ伯爵は今度の銀行連盟主催の戦勝記念仮装舞踏会の世話役でもあるんだ」
伯爵は話した。
「押し付けられたと嘆いてました」
ハルトは恐縮した。
「いやいや。そういうものはね、自分から進んでするんじゃなくて、押し付けられるくらいが人徳というものだよ」
「そんなもんですかね」
「クルーナ伯爵のことは、私も噂は聞いている。一癖もある銀行連中をうまく調整するなど並大抵でてきることではない」
「しかもおカネを出させるのよね」
ソフィアはほろ酔いだ。甘いリキュールをグラス一つも飲んでいないのに、すでにハルトに甘えるような目をしていた。
伯爵は渋い表情をした。
「ご実家だから気を許してるんですね。学校では凛としていて、皆の憧れです」
察したハルトは付け加えた。
「お父様はアパートメントでも監視してるんですもの。いつも緊張してるわ」
「召使いのことか?監視とはな。おまえが選んだんだぞ。寄宿舎に行くべきだ」
召使いではなくて、裏社会の連中に監視されていると、アマランタはバナナリキュールを口にして意地悪く考えた。
「ハルトさんはレメディオスに会ってくれたのね」
アマランダに尋ねられ、ハルトは緊張気味にソフィアに案内されて、遠慮がちに病床のレメディオスに挨拶したと答えた。
「本当に申し訳ございません。お嬢さんがこんなときにお邪魔して……」
「謝らないでください。さっき娘に聞いてきたのよ。喜んでたわ」
「ハルトはわたしのものよ」
ソフィアの言葉に、アマランタはほほ笑んだ。ハルトは伯爵に救いを求めた。
「はしたないことをするんじやない。ハルトくんに嫌われるぞ」
伯爵は表の顔で話した。
今ここでもソフィアが三人で薔薇の庭を見れたらと言うのだが、ハルトは病のレメディオスを考えたののか言葉を濁した。
「薔薇はロベルトに案内させるの?」
アマランタは尋ねた。
「ロベルトは古臭い。ハルトは薔薇のことには詳しいのよ。わたしが話すわ」
「二人で薔薇を見られるの?ソフィアはハルトさんしか見てないかもよ」
「お義母様、わたしもわきまえてるわ」
わざと拗ねてみせた。
アマランタは何というつまらない時間を過ごしているのだと思うと、二階に移動したレメディオスのことが気になる。
「お母様、レメディオスさんはずっとお一人でいるのですか?」
ハルトが尋ねた。
「そうね。だからソフィアやあなたが訪ねてくれれば、新鮮な気持ちになれるわ」
「ハルトくんは優しいね」
伯爵が答えると、ハルトは「他家のことに言いすぎた」という表情をした。
「ありがとう」
アマランタは丁寧に礼を言うと、彼は苦笑しながら頭を掻いた。少年は伯爵に近付かない方がいい。ピュアすぎる。伯爵の頭では銀行連盟に顔の利くクルーナ伯爵、すなわちハルトの父をどうやって使おうかという計算しかない。
「今度の仮装舞踏会には、どうしても妻にも出てもらいたいのでね。それが済めば仕事も一段落する。もっと空気の澄んだ別荘で静養してもらうことになる。伯爵夫人は飾りではないからね」
「はあ」
「仮にソフィアみたいなのは妻として仕事ができるのかね。まだまだ早い話だが」
伯爵はうとうとする娘を見ながらハルトに釘を差した。これだけでいい。ハルトは充分に理解していた。しかし賢すぎると使われる羽目になる。そんな彼に何をしてやることができるかと考えると、アマランタは伯爵から彼を遠ざけることだけだ。
遠くで発砲音がした。
伯爵も察した。
小さいが、二発三発続いた。一発はライフルで、耳を澄ましていて他は拳銃だ。
何してるの?
誘拐でしょ?
アマランタは伯爵を見た。彼もアマランタを見ていたので、微妙な間が空いた。




