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「パウラ~! お米を買ってきましたわ~!」


 新居に入るとあれから一時間も経っていないのに、ほとんどきれいに片づいていましたわ。流石はパウラ。

 有能ゆえにわたしのお供をさせられてしまった不憫属性にキュンと来ますわ。


「できあいのものでいいとあれほど言ったのに?」

「わたしは嫌だと心の奥底で言いましたわ!!」

「せめて口に出していただきたい……そちらの子どもたちは、荷物持ちをしてくださったのですね。それでは駄賃をあげないと」

「でも。こういうのってお金をあげてしまうと、あとで元締めに巻き上げられてこの子たちの手元には残らないものではありませんの?」


 子どもたちが顔を見交わしますわ。

 やっぱりこの世界でもそういうことはあるみたいです。


「お嬢様はそういう謎の知識をどこで仕入れてくるのですか……?」

「わたし、賢いですもの!」

「はいはい。それで、どうするおつもりなんですか?」

「わたしの作った料理でこの子たちの献身に報いたいと思いますわ!!」

「……恩を仇で返す、と?」


 パウラったら基本的には優秀なのに、たまに言葉の意味がわからないのか使い方を間違えるのがチャームポイント。


「あなたたち! お腹いっぱいご飯を食べていきなさい!」

「えーっ。それってまずい麦じゃん」

「麦じゃないしまずくありませんわ! まずいと感じる舌がおかしいんですわ!」

「お腹いっぱい食べられるなら……ミリはいいと思うよ、お兄ちゃん」

「ミリがそう言うなら、いいか」


 この子たちは兄妹だったらしいですわ。

 あんまり似ていないけれど、似ていない姉妹にならわたしにも心当たりがありましてよ。わたしと妹。

 ガリガリさで言えばわたしとどっこいどっこいだから、いっぱい食べさせてあげなくてはならないですわね。


「それではまずは……精米から始めますわ!」

「せいまい、ってなんだ?」

「玄米も嫌いじゃありませんわ。だけどわたし、白米が食べたい気分なんですの!!」

「だからせいまいって――ああ、精麦のことか」


 わたしの仕草を見て兄の方が得心したように頷いた。


「お兄ちゃん、奥に杵と臼があるみたい」

「おう。ちゃっちゃとやっちまうか。腹いっぱい食うために」

「頑張りますわよ~!」


 腕まくりしていると、何故か妹の方に行く手を阻まれた。


「だめ。お姉ちゃんは危ないから近づかないで」

「ミリの言う通りだ。マジでこっち来んな。しっしっ」

「扱いがひどくないかしら!?」

「いえ、二人とも正しいお嬢様の扱い方を既にマスターしているようです」

「パウラったら冗談がきついですわ!」

「冗談など微塵も申し上げてはおりませんが??」


 疎外感を覚えて部屋の隅で膝を抱えて座っていると、兄妹が発泡スチロールでできているのかと見まがうような扱い方で杵と臼を引っ張ってきましたわ。

 そんなに軽いのならわたしでも扱えそうですわね。


 だけど、木でできたその大きさの杵と臼がそんなに軽いわけがあります……?


「だんだん白くなってきました~!」

「これっ、くらいで、いいか!?」


 ドスドス重たい音を響かせながら、兄妹が交代で休むことなく搗き続けてくれました。


「すごいですわ! 真っ白になっていますわ! 二人とも力が強いんですのね」

「……そりゃ、なあ」

「お姉ちゃんに比べたらね……」

「アッハイ」


 リーンバルト王国の上流階級の令嬢はマジで死にかけみたいなものだから仕方ないんですの。鶏ガラチキンなんですの。


 とはいえ、人力でやって十分もかからないとは思いませんでしたわ。

 この世界の空気ってプロテインが含まれているのかもしれませんわね。何しろ剣と魔法の世界ですしね。


「それじゃあまずはお米を研ぎますわ。お米は水を吸いますから、綺麗で美味しいお水で洗うのがいいんですの」

「井戸もあるし、ミリが水を汲んでくるね」

「それからしばらく浸けてお水を吸わせてから、ふっくら炊き上げるんですの!」

「まだ時間がかかるのかよ。おれ、ちょっと魔法を使えるんだけど、魔法で短縮とかできねーの?」

「ふむ……お米に水を吸わせてもちっとさせる必要があるんですの……水をぬるま湯にしてみたり、圧力をかけるとか……?」

「ぬるま湯に、圧力ね。わかった」


 ミリちゃんが井戸から桶いっぱいの水を汲んできてくれました。

 ですが、そのままお水をそそいでぐるぐる回し出してしまったので、流石にここはわたしが手を出さなければならないようですわね。


「ミリちゃん、違いますわ。それではお米が研げていません」

「とぐ……? お米を洗うんじゃないんですか?」

「洗うのは間違いありませんわ。表面を削るイメージですの。ちょっと貸してくださいませ」


 不安そうな顔をするミリちゃんの手から桶を受け取る――ことができずに地面に置いてもらい、腕まくりした手で米と米を研ぎあわせます。

 ジャッジャッと米同士が擦れ合う懐かしい音と感触に、それだけで涙がちょちょぎれますわ。


「お嬢様が謎に手慣れている……」

「うふふ! わたしってば何でもできる才女ですので!」

「はいはい」


 ちょっと鼻高々になっただけで流されるので、これまで何をしても前世の知識があるとかバレたことがありませんの。

 世の中って結構みんな適当に生きているものなんですのね。


「何度も水を替えながらこれをやるんですの。お米は水を吸ってしまうから、白く濁った水を吸わないように」

「それじゃ、このお水はもう捨てた方がいいんですね?」

「そうですわ! でもお米の研ぎ汁は美容にいいし掃除にも使えるので、捨ててしまうのはもったいない気もしますわね」


 パウラがすかさずミリちゃんに研ぎ汁を壺に入れるよう指示を出しています。

 米粒を流さないよう研ぎ汁を移すミリちゃんも真剣な眼差し。

 いいですわね。階級も年齢も違いますけど、女同士の結束を感じますわ!


「水が濁らなくなったらお鍋に入れて、水に浸けてしばらく置いておくんですの。水が染みこんだら炊き上げますわ!」

「おれの魔法の出番だな」


 鍋にお米を移した後、ミリちゃんの兄が何をしているのかはよくわかりませんでしたが、害はなさそうです。

 しかしこの年齢で魔法が使えるって、かなりすごいことですの。

 わたしは英才教育を受けましたが、さっぱり使いものにはなりませんでしたわ!

 

 なんでこの子たちはストリートチルドレンなんてやっているんですの??


 まあ、わたしのような善良極まりない真人間が国を追放されることもあるおかしな世界です。色んなことがあるのでしょうね。


 さて、水と米を入れたらぴくりとも動かせなくなった鍋を竈に置いてもらい、火を付けてもらいましたわ。

 わたし、お米をジャッジャッって一回やっただけで、他には何もしていませんわね。


「お米の最高にいい匂いがしてきたからもうなんでもいいですわーッ!!」


 お米が炊けてそこにあるならば、誰の助けを借りようともよかろうなのですわ!!


 ――その時、扉がガタンと不吉に大きな音を立てて開いたのでした。


「ここからライスラの炊ける匂いがする! それを出してもらおうか!!」

「は? 強盗ですの?」

「強盗とは無礼な! このお方をどなたと心得る!!」

「帝国の正当なる継承者、アルト様でございます」


 男が三人押し入ってきましたわ。妙に身なりのいい男たち。

 急に懐かしの水戸黄門が始まったと思ったら、中央でふんぞり返る男の耳の形に気づきました。

 ピンととんがったエルフ耳。こいつら、エルフですわ!!


「でもだから何なんですの? お昼時に招いてもいないのに人の家に勝手に入ってくるとか失礼極まりないのはどちらですの?」

「ここは料理屋だろう! 看板があったぞ!」

「閉店中ですわ! 開店すらしていませんわよ!! それも看板を見ればわかりますわよね!?」

「俺様のために特別に出すがいい」


 そう言って、悪びれることなくエルフはふんぞり返りました。


「クェ~ッ! 近年まれに見る驕り高ぶったクソ野郎なのですわ……! 正直天然記念物並に珍しいので保護したい気持ちもありますわ……ッ」

「お嬢様ッ! そのような口を利いてはなりません! 相手はエルフですよ! しかもどうやら、ヘンリク王のご子息のようですッ」


 パウラに止められたので、保護するのはやめておくことにします。

 でも、でもですわよ?


「だから何なんですの!? わたしは今人生を賭けた一世一代のお昼ご飯の準備中なんですわよ!?」

「ただの昼食がいつの間に大それた催しになっているんですか!? お嬢様、ここは頭を下げて、あの方々の要求を飲むべきかと存じます」

「嫌ですわ! 絶対に嫌ですわ!!」

「我が儘を言わないでください、お嬢様ッ!」


 確かにエルフはこの世界の最強種族。

 言うことを聞かなかったら困ったことになるのは目に見えていますわ。


「それでもわたしはこのお米に! 命を賭けているんですの!!」

「はんっ! 人間の分際でこの俺様に逆らうとはいい度胸だ」


 ゆらり、と中央のエルフが近づいてきます。こいつが親玉、王子様のようですわね。

 しゃもじ代わりの木のへらを構えて、応戦ですわ!


「だがどこの店にいってもクソまずいライスラしか出さないこの町で、やっとまともな匂いのするライスラに出会えたのだ。俺とて引き下がるつもりはないぞ、人間!!」

「わたしも引き下がるつもりはありませんわ! エルフ!!」

「その細腕で俺を止められるのか――?」


 そう言いながら、エルフの王子がカタカタと音を立てる鍋の蓋に手を伸ばしましたので。


「捨て身アタックッッ!!」

「うぐぁッ!?」


 わたし自らロケットとなり、エルフの王子に体当たりしました。

 狙い過たずエルフの王子の横っ腹にわたしの華麗な頭突きが決まりましたわ。

 ちなみにわたしはそのまま地面に不時着し、腕を強打。

 何やらポキッと音がしましたが、左腕なので大丈夫ですわ。

 わたしは右利きですもの!! とっても痛い!!


「な……な……っ!?」


 目を白黒させながらたたらを踏む王子。

 わたしは床に転がりながら指を突きつけてやりました。もちろん右手です。


「赤子泣いても蓋取るな!! ご存じない!? ご存じないのですわね!? お米を食べる文化をお持ちなのに!! お米の炊き方をご存じないとは嘆かわしくってよ!!」

「確かに彼女の言う通り、ライスラを炊く時は炊き上がるまで決して蓋を上げてはいけません。米がふっくら炊き上がらなくなってしまいます」

「そ、そうなのかヴェリ……じゃないが!? この女はエルフの王子である俺に体当たりしてきたんだが!?」

「いやあ。彼女がアルト様に体当たりしてくれて助かりましたね。ライスラが美味しく食べられます」


 糸目眼鏡ロングヘアはお米のわかる男のようですわね。

 しかし、もう一人の付き人はただでさえ鋭い目つきを更に悪くしました。


「殿下に対する度重なる無礼! 見過ごすことはできませぬ!」

「落ち着いてくださいアーロ殿。暴れると埃が舞いますよ。これから食事だというのに」

「しかしヴェリ殿!! この女は殿下を害したのですぞ!?」

「ライスラを美味しく食べるためですから仕方ありません。私はどうしても美味しいライスラが食べたいのです。アルト様もそうでしょう?」

「ま、まあ……エルフの森に今すぐ帰りたくてたまらないほどまともなライスラが食べたくて仕方なくはある、が……」

「殿下! ヴェリ殿に丸め込まれないでください!!」

「あのう、お話がまとまりつつある様子のところ大変恐縮ではあるけれど、わたし分けるだなんて一言も言っていませんわよ?」


 何しろここは元料理屋なだけでわたしは料理人ではないんですもの。令嬢ですもの。

 慌てるパウラを傍目に、ヴェリと呼ばれるエルフがにっこり笑って子どもたちの方を見やりました。


「子どもたち、金貨一枚で君たちの分のライスラを譲ってはもらえないでしょうか?」

「わーい! ミリのをあげます!」

「おれのもやる!!」

「子どもたちーッ!?」


 金貨を受け取り大はしゃぎする子どもたち。

 いや、あなたたちがいいのならそれでもいいけれども、でもいいの? 

 どうせ取り上げられるんじゃないのかしら??


「お姉ちゃん、この金貨、お姉ちゃんに預けていってもいいですか?」

「そうだな。おれたちが持っていても取り上げられちまうし。それが今回の報酬ってことで」

「いいですけれど、大丈夫? そんなに簡単に人を信用しちゃって平気ですの? 人間は薄汚い生き物ですわよ??」

「お姉ちゃんなら大丈夫そう!」

「ミリがそう言うんならそうなんだろ」


 とりあえず、両替だけして銅貨数枚だけ渡してあげましたわ。

 これでお昼を余所で買うそうです。


「おれはラルフ。こっちはミリ。今後ともごひいきにな、お嬢様!」

「わたしの名前はイリスですわ」

「イリスお姉ちゃん、困ったことがあったらいつでも呼んでね!」

「マジで、あんたは自分を過信しない方がいいぞ」


 よく言われる台詞ですわ。なんだかちょっと懐かしい。

 ほのぼのしながら見送ると、パウラが怪訝そうな顔でわたしの顔を覗き込んできましたわ。なんですの。


「お嬢様、意外と婚約破棄と国外追放に傷ついていらっしゃる?」

「傷ついていない可能性があると思われていたんですの!?」 


 パウラは今までわたしの何を見て来たんですの!

 まごうことなき傷心の令嬢だったでしょう!!


「お嬢さん方、火を止めてからひっくり返していた砂時計の砂が落ちきりましたが、ライスラの炊き具合はいかがでしょうか?」

「あら、教えてくださって助かりますわ。パウラ、蓋を開けて」

「かしこまりました、お嬢様」


 ヴェリという丸眼鏡の方のエルフが教えてくれたので、ついにお米とご対面です。

 蓋をあけた瞬間、馨しい香気をまとった蒸気が部屋中に広がりましたわ。


 そして、ふっくらと粒だった炊きたての真っ白なごはんがわたしたちを出迎えてくれました。


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