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「イリス・フォン・フーデマン! 貴様の悪辣な行いにはほとほと呆れ果てた。僕、ヴァルター・リーンバルトは貴様との婚約を破棄させてもらう!!」
「悪辣って何ですの!? ひどい言いがかりですわ! 婚約破棄は受け入れますが!」
時はリーンバルト王国の再生三百十周年の祝いの舞踏会。その夜。
もっとはっきり言ってしまえばリーンバルト王国属国化三百十周年の舞踏会です。
その席で、婚約者である王太子ヴァルターに指を突きつけられた私はもちろん抗議の声をあげましたわ。
こういう時、はっきり反論しないと濡れ衣であっても認めたも同然と看做されてしまうものなのです。
すごい世界よね、と前世日本で生まれ育った記憶のある私は思いますわ!
「貴様が妹であるリリーの美しさに嫉妬して嫌がらせを繰り返していることを、僕が知らないと思うのか! あと婚約破棄を受け入れてくれてありがとう! 安堵したよ!!」
「わたしが可愛いリリーに嫌がらせ!? そんなことするわけがありません! あとわたしも婚約破棄を申し入れていただきほっといたしましたわ!!」
言うに事欠いて、わたしがリリーに嫌がらせ? ありえませんわ!
二歳年下のリリーは、金髪に青い澄んだ目をしたとっても可愛らしい妹です。
くすんだ茶髪にそばかすのあるわたしとは似ても似つかないけれど、お母様譲りの瞳の色だけは間違いなく同じもの。
鳥の生レバーを食べて食中毒で死んで異世界に転生してしまい、いつまでも慣れない世界に泣き暮らしていたわたしにとっての、唯一の希望とも言える存在。それが妹。
そんな可愛い妹に嫌がらせだなんてするわけないじゃないですの!
「嫌がるリリーに深夜の間食を無理やり勧め、太らせて醜くさせようとしただろう!」
「だってリリーのお腹が空腹を訴えていたし、女の子はちょっとふっくらしていた方が可愛いではありませんか!?」
「嫌がらせしているじゃないかッ!!」
「善意ですわよッ!?」
「事は国益に関わるんだよ馬鹿女がああああああ!!」
「クキャーッ!?」
ハリセンで殴られて痛くはないけど涙目ですわ。
列席しているのはこの国の貴族だけではないというのに、なんという恥をかかせてくれるのです!?
「ひどいですわ! 暴力反対! 慰謝料要求!! 餓死寸前の女が大好きなド変態クソ野郎!!」
「慰謝料でも何でも払ってやるからこの国から出て行け!! お前を今日を限りにリーンバルト王国から追放する!!」
「こんな国こっちから願い下げですわーッ!!」
リーンバルト王国、属国化して三百十年。
宗主国である『帝国』は様々な種族が暮らし、長命種族エルフが治める唯一無二の大国で、ヒューマンはその中でも最底辺の地位にいます。
何しろ寿命が一番短いし、弱いし、特技とかも特にないし、寿命が短いし。
繁殖力だけが取り柄のヒューマンの国であるリーンバルト王国は三百十年前、多種族適材適所配置軍によってなすすべもなくボロクソにやられて滅ぼされかけたところを、王女が帝王ヘンリクに見初められたことでなんとか命脈を繋いだ国でした。
それ故に、貴族は女も男もみんなエルフ好みの容姿であることが至上とされているのです。
***
「コルセットをつけなくていいだけで快適極まりないですわ~!」
「お嬢様、帝都に着きましたので私は降りますがお嬢様はいかがなさいますか?」
「降りるに決まっているじゃないの!?」
リーンバルト王国を追放されたわたしは、今は帝国にいます。
帝国は帝国。他の名前はありません。何しろ大陸全土を完全に掌握しているので、固有の名前を付ける必要がないのですわ。
多種族混交国家なので、人間のわたしたちも浮くということはありませんし、わたしの目的を果たすのにも好都合なのです。
わたしが突っ込みを入れながらいつの間にか止まっていた馬車の荷台で立ち上がると、メイドのパウラは荷物を持ち上げながら眉を顰めました。
「でしたらさっさと来てくださいますか? お嬢様の目には次の駅に向かいたい乗客のみなさまが迷惑そうな顔をされているのがお見えでない?」
「嫌味な口調は禁止ですわ!!」
「優秀であるがゆえに国にすら見捨てられた変わり者のお嬢様の供につけられた私の身にもなってください」
「それ以上言うとみっともなく泣き喚きますわよ? 人通りの多い大路のド真ん中で転がってジタバタしますわよ?」
「お嬢様にお仕えできてこのパウラ、感激の極みでございます」
心のこもらないパウラの見え透いたお世辞に本当に涙がこみあげてきましたわ。
でも、わたしはめげませんわ!
だってこれからは、自由でパラダイスな毎日が待っているんですもの!
***
「お嬢様、ご用意した家はこちらでございます。ご要望に添えていますでしょうか?」
「ええ。とってもいいですわ! 何より厨房が大きくて最高ですわ!!」
「元が小料理屋だったようですからね。他は小汚く狭くほこり臭いですが……」
「公爵邸と比べてはダメですわよ、パウラ」
「ぐっ!? お嬢様がまともなことをおっしゃっている……!?」
わたしはいつもまともですわ。
おかしく見えるとしたら、それは世界の方がおかしいのです。
特にリーンバルト王国は異常極まりなかったので、あの国の常識に染まったパウラには帝国帝都の何もかもが新鮮なのでしょう。
ここはわたしが大人になって、大目に見てあげるとしましょうね。
「それじゃ掃除をしちゃいましょう。掃除道具は? 買ってきた方がいいかしら」
「まさか、お嬢様も掃除をされるおつもりで……?」
「もちろんですわ! これから二人で暮らしていくのだから、何事も分担してやっていきましょうね!」
「いえ、結構です」
「結構? 結構なお手前でってこと? そうね、公爵令嬢に生まれてきたからこれまでやったことないけれど、知識はあるからこなしてみせますわ!」
「詐欺みたいな曲解はやめてください。やらないでください。掃除用具に触らないでください。穢れるので」
「なんでそんなこと言うんですの!?」
「あの、本当に……心からお願いします。私一人でやらせてください」
「マジトーン!?」
頭を下げられて遠慮を願われる。
もしかしてパウラ、お掃除が大好きだったのね? 誇りを持っているのね? プライドがあるのね? わかりましたわ。
その気持ちには、わたしにも覚えがありますもの!
「それじゃわたしは昼食を買って来ますわね!」
「できあいのものでいいですからね。できあいのものでいいですから」
「なんで二度も言いましたの??」
お財布を握りしめてわたしは一人で外に出ましたわ。さて。
さっきここに来るまでに市場を通った時に見た食材。リーンバルト王国では一度たりとも見たことがありません。
あれを! 絶対に!! 買うと!!
わたし、生まれる前から決めていました!!
「わたしが料理してパウラに食べさせてあげますわーッ!!」
駆け出したら後ろの方で「待っ――」と何かパウラの声が聞こえたような気もしましたが、気にしませんわ。
わたし、過去を振り返らない女なので!!
「やっぱりこれは間違いなく、お米ですわーッ!!」
「おお、ライスラのことを言ってんのかい、お嬢ちゃん」
「はいっ!! わたし! これを! 生まれてからずううううっと!! 食べたかったんですの!!」
「ははは。大袈裟だなあ。だがその勢いに免じてまけてあげよう」
「やりましたわーっ!!」
拳を天に突き上げると、クマのようなおっちゃんが笑います。
どちらかというとおっちゃんのようなクマ、というべきかしら。
多分、獣人の方なのでしょう。獣人という存在もリーンバルト王国を出て初めて見ました。
リーンバルトのヒューマンは帝国最弱種族のくせに、獣人を見下しているところがあるのです。
どの面下げて見下しているのでしょうね。
「あっはっはっはっは。しかし、お嬢ちゃんの期待を挫くようで申し訳ないんだが、こいつはそんなに美味くはないぞ?」
「それはおじさんの舌がちょっとおかしいだけだと思いますわ」
お米がまずいわけがないのです。
日本人は全員賛同してくれると信じていますわ。
「わーっはっはっは! 食べたことがないのにそこまで言うとはとんだエルフフリークだな!!」
「エルフ?」
「なんだ、知らないわけじゃないよな? こいつがエルフの国の穀物だから食ってみたいんだろう?」
「へえ~。そうだったんですの。いえ、全然知りませんでしたわ」
エルフの国というのは、この国とはまた違う、大森林の奥にあるというエルフリーフという国のことでしょう。
帝国もエルフが治めていますが、こちらはある種の選挙制を取っているのでエルフリーフとはまた別なのです。
「そうかそうか。まあ、エルフに憧れるやつは多いからな。恥ずかしがることはない」
何やら誤解をされたようだけれども、訂正する時間がもったいないので気にしません。
早く、早くお米が食べたい。実に十六年ぶりの米。転生ぶりのお米ですわ!
「ハアッ、早く、おじさん……っ! 早くお米を売ってくださいませぇ……!」
「わかったからヤク中みたいな顔をしないでくれ。どれくらい欲しいんだ?」
「全部! と言いたいところですけれど、我慢して我慢して我慢の限りを尽くして、この一袋で手を打ちますわ」
「銀貨1枚だな」
「はいですわ」
貴族の娘だからってお金の価値がわからないとか、そんな大ボケをかますようなわたしではありませんの。
流石に前世日本人の記憶がありますものね!
「それじゃ、こいつをどうぞ」
「ありがとうござ――ぴっ」
おじさんに手渡されたお米の袋がわたしの足の爪先に落ちましたわ。とっても痛い。
あと全然動きませんわ。
何ですのこれ? 鉛でも入っているんですの??
「うっ……うぐぐっ……! ぴぎぃい……っ!!」
「お嬢ちゃん……まさか持てないのかい……? それなら量を減らすかい?」
「っ!?」
「そんな悲壮な顔をされてもね。誰か運んでくれる人はいないのかい?」
「うっ……ううっ……! ぐすっ」
「そうかあ。いないのかい。だがおれもここを離れられんし。おーい!」
おじさんが手を振ると、子どもが二人駆けてきました。
薄汚い身なりの男の子と女の子の二人組ですわ。お風呂に最後に入ったの、いつ?
「なんだよおっさん。いつもは店に近づくだけで追い払うくせに」
「このお嬢さんがな、荷物が重くて持てないらしい。運んでやったら駄賃をくれるかもしれんぞ。どうだねお嬢さん?」
「……っ!」
「そうかそうか。払ってくれるそうだぞ」
「ならおれたちの客だな。さて、荷物ってのはどんだけ重いのかな……と……」
わたしの爪先に落ちていた袋を拾い上げた男の子の言葉が口の中に消えていきましたわ。とっても重かった、そういうこと?
「……お姉さん……あんた……これ持てないの……?」
「ミリにも持たせて。……えっ。お姉ちゃん、どうやって生きてきたの……?」
怪訝な眼差しが、痛いですわ。
だけどこれにはちゃんとした正当なる理由があるのですわ!
「故国でガリガリ大好きな元婚約者に餓死させられそうになっていたから、お米の一袋も持てない身体になってしまったんですの!」
「何だよそれ、ひどいな」
「お姉ちゃん、可哀想」
「そうでしょうそうでしょう。わたし、逃げてきたんですの! でもこれからは大丈夫。ちゃんとご飯をいっぱい食べて、健康的に長生きして見せますわ!!」
この筋力の衰えきった身体はわたしのせいじゃないんですの。
リーンバルト王国のエルフ媚び媚び大作戦により、女の子には生まれながらに様々な制約が課せられるのです。
コルセットしかり、運動制限しかり、食事制限しかり。
棒のように細く、太陽の光にも当たったことがないような抜けるような白い肌を持つ、菜食主義の弱々しい女の子。
それが三百十年前から今に至るまで、未だに帝国の頂点に君臨しているヘンリク大帝の好みなのですわ。気持ち悪。




