ロンダートの災禍(2)
街とは反対側となる海岸通りを走って校舎の裏手のほうへとまわる。そこは小高い丘になっているので目立ってしまうかもしれないが、奥の森に入りこめば姿を隠せるはずだった。
「君は?」
「リュセル」
前を走る金髪少女が名前を教えてくれる。何者かは気にかかるが、今はそれどころではない。子供たちを叱咤激励しながら丘を登っていった。
「助かった」
「ううん、こうなるんじゃないかって思ってたのん」
リュセルは白いブラウスにピンクのサロペットスカート。ふわりと広がったスカートの裾にはフリルが揺れている。エナメルの靴まで合わせると、なかなか街中でもお目にかかれないアイドルのような服装をしている。
そこにさらに容姿がくわわると派手だ。長い金髪をツインテールにして垂らしている。毛先のほうはくりくりとカールしているのですごいボリューム。
外国のドールのような面立ちに金色の瞳が輝いている。見つめられるとなにもかも見通されそうな怖ろしささえ感じる。
「こうなるって?」
「見るのん」
丘の上まで来ると彼方を指差す。
「あちゃ……」
「どうにもならないん」
「無理か」
轟音が耳を打つ。飛行機雲の尾を引いてダジェン軍の戦闘機が飛来してきた。戦闘をする人型ロボットの周囲をくるくると回っていたが、許可が下りたのかミサイルを発射する。しかし、着弾する間もなく爆発して消えた。
「急に爆発したぞ」
そう見えた。
「対物レーザーで狙撃されただけなのん」
「そうか。見えない所為か」
「見えないレーザー?」
まだ息の荒いクストが尋ねてくる。
「レーザーは基本的には見えないんだ。なにか夾雑物、間に煙とか埃とか無いかぎりな」
レーザーというと筋状の光が舞い踊るイメージが強い。しかし、実際のレーザーは空気中を反射せずに直進する。テレビやイベントなどで見られるのはスモークなどを焚いて意図的に反射させる、演出上の効果を見こんだもの。
「でも、あの光は……」
「あれは重粒子ビームなのん」
リュセルが答える。
「対物レーザー程度じゃお互いに傷をつけるのも無理だから、速度が遅くて発光しても威力では比較にならないビームを用いてるのん」
「重粒子ビーム……」
「完全にオーバーテクノロジーだな。クストが言ったとおり、あれは異文明の兵器だ」
何発もミサイルが発射されるがすべてがほどなく爆発させられる。武器としてまったく意味をなしていない。
「このままだとマズいな」
「もしかして邪魔って思われちゃう?」
エイマが彼の意を酌んであとを継ぐ。
人型ロボットの一機が銃器型の武器をジェット戦闘機に向ける。銃口が滑るとビームが発せられた。
旋回中の戦闘機に直撃すると紙飛行機のように粉砕される。部品に帰ったかのごとくバラバラになり、燃料タンクと思われるものが爆炎を発する。エンジンが煙の筋を引きながら落ちていった。
(勝負にならない。じきに死者が出る)
今回はパラシュートが開いたので脱出できた様子。
技術格差が大きすぎて話にならない。ロボットといっても彼らが知っているようなぎこちない動きをしていない。俊敏に動く四肢が人間と同じ動作をして武器を扱っている。そもそもどうやって人型ロボットが空に浮いているのかタイキには想像することさえ叶わないのだ。
(このままじゃ街にも被害が出かねない。うちも、この子たちの家にも家族にも)
最悪の想像はできてしまう。
(俺にはどうすることもできない)
悔しさで奥歯が鳴る。固く握りしめた拳が震える。守ると言ったものが守れないと知って無力感に打ちひしがれた。
「選ぶのん、タイキ・シビル」
リュセルが言ってくる。
「力に屈して命を長らえることを望むか、それとも力を手にして自分を含めたみんなの権利を守るか」
(俺に選択権があるのか?)
すぐには飲みこめない。
(本当にあるなら考えるまでもないこと。でも、それはどういう意味だ?)
「俺にできることがあるのか?」
「ええ、たぶん、タイキにしかできないことなのん」
その誘惑の台詞は彼の人生を狂わせてしまいそうな響きを含んでいる。
「それなら選ぶまでもない。本当になにかできるのなら」
「じゃあ、わたしはタイキのサポートを約束するのん。ライバーン」
「え?」
森が鳴く。梢を鳴らせて葉がこすれる音を響かせる。ざわめきは徐々に近付いてきて、とうとうその姿を露わにした。
「ロボット……」
「アームドスキン『ライバーン』なのん、タイキ」
近くで見るとあまりに大きい。校舎の高さの比ではない。18mほどか。六階建てのビルの高さくらいはあろう。
黄土色に塗られたボディは陽光に輝く。肩は大きく張り出したユニット式になっており、腰回りも装甲で厚く覆われているあたりは人体構造との差異はある。が、ディテールは人体そのものといえよう。
「ライバーン?」
「これがあなたの力になるのん」
片膝をついた機体が左手を差しだしてくる。胸の中央部分が上下に開き、中のユニットを露出した。そのユニット前面にあるシャッターも上に跳ねあがると、シートが前にせり出してくる。
(これに俺が乗るのか?)
にわかに不安に襲われる。
(これは兵器だろう? それ以前にこれだって立派な電子機器じゃないのか? 乗ったら壊れそうな気がしてきたぞ)
初期不良男としてなら自信がある。
タイキは踏みだす勇気が持てずにいた。
次回『ロンダートの災禍(3)』 「あたしもタイキ先生のこと信頼してる」