友愛の証たらんことを(3)
滞在期間が短くなってきたタイキは寂しさを感じるようになっていた。心残りもある。もう一年コロラダに人生を捧げれば子供たちの意識を変えることができると思う。
申し出ようと考えていた頃にそれは起こった。ある日を境に誰も登校しなくなってしまったのだ。
なにか事件があったのかと心配になった彼は村へと向かう。しかし、以前訪れたときと大差ないように思えた。だからカスカルの家に向かってみた。
「すみません」
家の中を覗くと父親らしき人物がいた。
「カスカルが学校に来ていないんですけど、なにかあったんでしょうか?」
「行くなって言ったんだよ」
「え、どうしてです? 給食を配布する約束は守っていますよ?」
じろりとにらまれた。
「あんたがタイキか。余計なことを吹き込むから息子がおかしくなっちまっただろうが。もっと勉強したいとか抜かしはじめて」
「いいことじゃないですか、息子さんが意欲を示すのは」
「働かなくなるだろうが! 社会を変えるとか訳わからんことまで言い出す始末だ」
(この親は! こんなだから子供たちが!)
タイキはカッとする。
「それはあなたの我が儘です! 親だからって子供の自由を奪い、未来を閉ざす権利なんてない!」
声をあらげる。
「働かなきゃ食えねえんだよ! カスカルはもちろん、うちの家族全員がだ!」
「そんなんじゃいつまで経っても楽にはなりませんよ!」
「こんな苦労をさせてるのはどこの誰だよ!」
あまりの剣幕に固まる。
「お前たちダジェンもだろうが! 血も流さずに利権だけかっさらっていった盗人の子孫め!」
「な!」
「お前ら戦勝国が肥え太っているのは、戦費で疲弊しきっていたコロラダから賠償金と称して最後の経済力まで奪っていったからだ!」
愕然とする。
「そんなことは……」
「違うとは言わせんぞ! 今の貴様らの繁栄の礎は俺たちの祖先の尊厳さえ認めず盗んでいったものだ! 爺さんから聞いてるんだからな!」
父親は戦中戦後を生きた人々から生き方を教わってきた世代だ。生々しい現実を知っている。
「今度は恵んでやろうってのか? 豊かなお偉い先勝国民様はゆとりがあるからな。このダッジめ!」
「俺はそんなつもりじゃ……」
ダジェンは臆病の代償として南方諸国や北方諸国の一部から見下されていた。そんな彼らに付けられたダジェン人の蔑称が『ダッジ』である。
「でも、このままでは……」
「変わらないんだよ! 変える気がないんだよ、お前ら戦勝国は! そりゃそうだろうさ。誰が搾取の対象を投げ出すって言うんだ。生かさず殺さずがちょうどいいんだろ? たまにはちょっと甘い汁を吸わせてだまくらかそうとしてやがるんだ!」
「ちがっ! あ、カスカル」
少年が奥から覗いている。
「なにしに来たんだよ、嘘つきのダッジが! お前らがいなきゃオレだって毎日甘いお菓子が食べられてたかもしんないのに!」
「俺は……」
そのとき気付いた。カスカルの瞳は憎しみの色に染められていたのだ。父親が学校に行かせないようにしたのではなく彼らが拒んだのだ。
(戦争のことを教えられてカスカルは変わってしまったのか)
タイキやカスカルの世代には関係のないことだと思っていた。だが、現実には戦争の記憶は脈々と受け継がれて現代にも影響しているのだ。
(そんな……。なにもかもが無駄だったのか。コロラダを良くしようという思いは伝わらないのか)
少年の憎しみは本物だった。家業に縛り付けているのは戦争のせいなのだと。タイキもそのダジェン人なのだと知ってしまって抱いた感情は反発でしかなかった。
(なんでこんなことに)
打ちひしがれてその場をあとにする。紛れのない事実なので反論のしようもない。
(メサリナ……)
彼女の憎しみの視線が突き刺さる。彼の生徒だった村の他の子供たちも同様にタイキを拒絶した。
失意のうちに数日が過ぎ去る。とうとうダジェンに帰る日がやってきた。なにもできないまま荷物をまとめる。
(ここも捨てられてしまうのかな、俺みたいに)
せっかくの校舎も無意味なものになってしまいそうだ。
(やっぱり教師なんて向いてないのか)
諦めきれない。生徒と過ごした日々があまりに輝いていたから。それに比べたら組術の優勝トロフィーなどくすんで見える。
(いつか……)
悔し涙が流れて滴る。乾燥した大地にいくつもの点を刻んだ。学校を象徴としていつか解りあえる日が来ることを望んでやまない。
校門までたどり着いたタイキは思いを残す。拾った釘でそこへと感情を綴った。
『我願う、友愛の証たらんことを』
それだけを残してタイキはコロラダを去った。
◇ ◇ ◇
ハユミを始めとして皆が涙ぐんでいた。一部の生徒など声をあげて泣きじゃくっていたほどだ。
「それから俺は教師になることしか考えられなくなったんです」
「そんな目に遭ったのにですか?」
不思議に思ったようだ。
「知ったんです、教育の大切さを。子供時代になにを知るかで一生は変わる。社会を変えたければ教育からです。まずはダジェンの子供に現代社会の間違いを教えなくてはならないと思いました」
「そこまで」
「戦争が世界を断絶してしまった。ゆっくりとでいいから、今の世代の子供やその子供たちが正してくれればいいと思ったんです」
それが教師をしている一番の理由。
「それなのにあいつらは! 戦勝国は国際社会をも牛耳り変えまいとしている。あまつさえ異星人の到来を機会と捉え、また新たな断絶を生もうとしている。そんなの俺は許さない」
握った拳が震える。湧いてきた怒りが頭を沸騰させる。自分にできることがあるならどこまでも突き進むつもりだった。教師の義務を果たしたうえで。
「今度あの地に行くとき、俺は……」
「変革の英雄になればいいん。そのための力はあげるのん」
タイキは胸に刻んだあの言葉を絶対に忘れない。
次回『ハユミの焦慮(1)』 「そ、それとターナ霧を散布!」




