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第23話 呼び覚ます声

 最初に感じたのは、頭を強く殴られたような衝撃だった。

 視界がゆがんで、何も見えなくなって。


 次は耳鳴り。鼓膜がやぶれるほど、とてもうるさい耳鳴り。

 それは警鐘のようにガンガンと鳴り響いて。衝撃と重なって、頭が割れるように痛んだ。

 ……きっと、息が苦しいのはこのせいだ。


(痛い……うるさい……)


 ――耐えていたら、耳鳴りは聞えなくなった。

 代わりに聞えてきたのはザーザーと言う不思議な音。波の音にも似た雑音。

 さっきの音よりはうるさくはないけれど、決して気持ちの良いものじゃない。


(ああ……うるさいなあ)


 不満が脳に伝わる。すると、その音もゆっくり消えていった。


 次は何の音も聞こえなくなった。

 私の周囲は静まりかえり、いつの間にか頭の痛みも消えている。


 いや、体の痛みが全部消えている。

 痛み? これは体の感覚が……全部消えているんだ。


 何も感じない。

 力が入らない。――力ってどうやって使うものだったかな?


 これは何? これは誰? 私は――何?


(ああ、なんだか。とてもねむい……)




「―――      ―――」



 ……? 何かしら。音が聞こえる。



「      」



 ああ、そうだ。これは音でなく『声』だ。私は今、誰かの声を聞いている?



「      」


 これは誰の声? 私でない、誰かが――何? 何を言っているの?



「ルキア」



 ああ、なんだ、私を呼んでいたのか。

 『ルキア』は私の名前だわ。何故わからなかったのだろう。


(困ったな。今、とても眠いのだけど……)


「ルキア」


(……仕方ない。呼ばれているのなら、起きなくちゃ)



 そう思った途端に、体が再びおかしくなった。

 あちこちの関節が悲鳴をあげ、喉の奥からも何かが込み上げてくる。


(やだ、何これ……苦しい……)


 息が出来ない。体じゅうが痛くて苦しい。

 手も足も動かせない。声もでない。目も開かない。何故、どうして?


「ルキア」


 誰かがまた私の名前を呼んでいる。

 こんなに苦しいのに、貴方は眠らせてくれないのか。


(どうして私を呼ぶの? わからないけど、息が苦しい……)


 言うことをきかない体が、壊れそうなほどに痛む。

 喉から込み上げてくるそれは、とても苦い。まずくて、気持ち悪い。


(いやだ……苦しい! 助けて、誰か……)



「ルキア」



 ……どうして貴方は私を呼ぶの?

 苦しいの。もう寝かせて。私を呼ばないで。貴方は――



「ルキア」



(――この声は……カイ、さん?)





「……ッッ!! げほっ!! ごほげほっっ!!」


「ルキアッ!!」


 喉の奥から込み上げたものをありったけ吐き出すと、冷たい空気が体じゅうに染みた。

 膜を張っていたような耳にも、彼の強い叫び声がはっきりと届く。


「……はあ、は……っ」


 涙でゆがんだ視界が、ゆっくりと色を取り戻していく。

 最初に見えたのは、緑色。澄んだ美しい緑色。

 ああ、これはカイさんの瞳だ。私の間抜けな顔が、ぼんやりと浮かんでいる。


「……ぁ、う……」


 彼の名前を呼ぼうとしたのに、声が上手く出てこない。こぼれるのは、かすれた変な息の音だけ。


「いい、喋らなくていいから! 息はできるな? ルキア、ルキア!?」


 体はうまく動かないけれど、彼が支えてくれているのはわかる。

 寒くてあちこちが重たい。でもここにいれば、きっともう苦しくはならない。


(泣かないで……私、すぐに起きますから……)


 起き上がろうとする心とは裏腹に、視界はまた狭く閉じていく。

 私はまた貴方たちに迷惑をかけてしまって……お礼をするって決めていたのに。

 ――駄目だ、ごめんなさい。今は目が開かない……。


(もう少し、だけ……)


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