第22話 覚悟を決めて
※一部に流血表現が含まれます
「これだけ勢いがあると、よく聞こえないわね」
落とした少女が濁流に飲まれたのを確認して、女は薄く笑った。
豪雨のせいでかさの増した川の勢いは激しく、いくら魔術師でも成す術はないだろう。
その証拠に少し待ってみたが、少女が川から顔を出す気配はない。
「雨が降って助かったわ。じゃあね、賞金稼ぎちゃん」
終わったと判断し、女は来た道を振り返る。
殺すほどではないとは言っていたが、あの魔術は素人目にも凶悪に見えた。仲間を放置するわけにもいかない。
やれやれ、と息をついて――――――女はようやく気付いた。
「え……?」
自分の右肩から、鋭く光る刃が生えていたことに。
「いやああああああっ!?」
痛みとは、脳が認識して初めて起こるらしい。
意識してしまえば、焼けるような激痛が襲い掛かってくる。衣服を染めていくのは雨ではない水気だ。
肩を押さえて転がり、忌々しいその刃を振り返って
――――――後悔した。
「ひっ……あ、あぁ……」
それは弱者の防衛本能か。
心臓をわしづかむような恐怖に、奥歯が音を立てて震える。
立ち向かえば最後、待つのは確実の死だ。
勝てない、敵わない。そんな、己にとって天敵とも呼ぶべき存在が、女の視界に立っている。
純白の外套に上等なつくりの赤い正装。長い髪は濡れてなお美しく、その容貌は驚くほど整っている。
言うなればそれは正義の味方の出で立ちだ。花でもあれば申し分ない。
――けれどその男は、女にとって間違いなく死神だった。
「……た、たすけて……」
見据える緑の瞳に、怯え震える自分の姿は映っていない。
そこに映るのは、純粋で絶対の殺意だけだ。
「今すぐ失せろ」
その言葉が発せられるまで、おそらく数秒の出来事だったのだろう。
けれど女は、この先この時を忘れることはない。
女は間違いなく、ここで一度死んでいた。
怪我も忘れて逃げて行く女を追いもせず、カイは橋から身を乗り出す。
濁った水の勢いは速く激しく、橋の上からでは深さも計り知れない。
(こんなに早く、立ち場を憂う羽目になるなんて)
自分が視察の護衛でなければ、ずっとルキアを守れていたのに。
もっと早く動けていれば、彼女をこんな目に遭わせなくて済んだかもしれないのに。
「くそっ……!」
かさ張る外套と重いブーツを脱ぎ捨てる。剣も今は邪魔なだけだ。
レンと視察官には最初の日同様、遅くなったら追ってもらうよう伝えてある。彼らが見つけてくれるのを祈るしかない。
川は激流、いくら鍛えている騎士とはいえ、これが相手なら無事で済むわけがない。
だが――――だから何だというのか。
「……絶対に死なせてたまるか」
影がまた一つ、鈍色の空に踊った。




