追憶
――ぼく。名前を、景と言う。
ぼくには一人の姉妹がいた。
そいつは名前を結花といい、ぼくの姉になる。
『いた』と過去形で表現するのは、彼女が既にこの世にいないからだ。
ちょうど二年前の今日、死んだ。飲酒運転の大型トラックに轢かれて。友人と遊びに出掛けて、その帰り道に。
どこにでも転がっているような、故に誰も自分が遭遇するとは考えない、――つまらない事故。
ぼくと全く同じ血を持つ姉は、呆気なく、消失した。
消滅した――――筈だ。
ぼくも家族と共に、ちゃんと病院で看取った。
胴体の真ん中を、化け物が填めるような黒く大きい指輪に轢かれたのだ。腹が裂けて中が見えていた。
あちこちにこびりついた血液が茶色を通り越し、どす黒くなっていた。
元は鮮やかなピンクだったのだろう、土や砂利がついて薄汚くなった内臓達。特に衝撃的だったのは腸。
千切れ、切り裂かれ、潰れ、食み出ていて、雑巾を思わせる状態だった。
でろりと。ぐちゃぐちゃで。冗談みたいに。
出てた。
無知なぼくには、それが大腸なのか小腸なのか見分けがつかなかった。
ただそれが姉の体の一部だという事だけが解っていた。
出血多量で蒼白になった顔面。開ききった瞳孔。半開きのまま閉じられない口。汚れた頬。細かい擦り傷などで痛々しい手足。
いつも身なりに気を使い、美しく自分を着飾っていた姉とは思えない姿だった。
なによりぼくには、自分の事のようで、ショックも大きかった。口から飛び出るかと思うくらい、体内で心臓が激しく暴れまわっていた。
隣でハンカチを顔に押し付けしゃくりあげている母。その大袈裟な姿に隠れて誰も気付かなかったけど、ぼくは気を失ってしまいそうな程の動揺を味わっていたのだ。
まるで病院の白いベッドに横たわる姉の姿が、自分のようで。
――怖かった。
死体の凄惨な状態を、よくもまぁこんなにはっきり見ているものだと、後で自分に向かって呆れたり感心したりもした。
だがそんな気持ち悪さよりも、自分が死んだのではないかという錯覚が、ぼくを恐怖の奈落の淵へと追いやっていた。
原因も解らぬままに。
……何にせよ、姉は死んだ。消失したのはぼくではなく姉だ。
それは間違いない。ぼくの方が生きていて、姉の方が死んでいる。
その筈。その筈なんだ。
だけど、どうして。
――なのに何で、こんな事が――――




