第3話 私、Re:迷子
──シャン。
──シャン。
──シャン。
三番叟鈴が、前を横切る。
何度も、何度も。
しつこく、入念に、私の穢れを祓うように。
何度も。
──シャン。
──シャン。
『耳障りだ』、そう思うのは、今の私が穢れているからだろうか。
……違う。
これは、私のものではない。
この躯は、私のものでも、この穢れも。
違う!
──私だ。
この鈴を、鳴らしているのも。この神楽を、舞っているのも。
全部私。
では、その私に頭を垂れている私は誰なの?
そこが違う。見当違い。
これは、私ではない。
──シャン。
鈴が、私に答えを求めるかのように、目の前で静止した。
「見直し、聞き直し」
私の声。
私の躯。
「神直び、大直びに、見直し聞き直し、坐して。」
歌うように、寿ぐように、紡がれる、祝詞。
それが。私が、誰を祝っているのか。
ナニに、祈っているのか。
『 』。
視点が変わる、言葉が聞こえる。
視線の端に見える自分の服は、舞衣。
神楽用の、でも、私のものではない、衣服。
だって私は、神楽なんて踊れない、踊ったことない。
──シャン。
また、視点が変わる。
目の前に、先ほど見た舞衣が見える。
私。顔は見えないけれど、あれは私だ。
それがまるで時間が止まったかのように、私を見ている。
なにか訳のわからない言葉。
言えば良いのだと、脳が囁く。口にだす。
「──ふるべ、ゆらゆらと、ふる、べ。」
また、視点が変わる。あたりの灯が揺れ、消える。
風なんて吹いてなかったのに。
前を見る。
頭を垂れているままだと、思っていたのに。
白衣を着た私が、黒く微笑んでいた。
──シャンッ。
暗転。
光。
鼻腔を水の匂いがくすぐる。
──先の強烈な桜の匂いなど、最初からなかったかのように。
ただそこには、普通の街並みが広がっていた。
「……ここ、どこ」
第3話 私、Re:迷子
ザァアと、泡で少し白濁している噴水が音を上げる。
時間制なの? 掃除していた時間の後、にしては、かなり水質悪そうだけど、まあ透明には見える。
普通。
建物も、なに? ここ、映画村……は、日本か。ハウステンボス? どこかヨーロッパの、石造建物の街並み。
……誘拐事件にしては、だいぶ手段がお粗末。なにか、水曜日の番組を思い出すような、適当さ、放置度。
──元旦にウチに取材に来てた人たち、もしかして『水曜日のダウンタウン』?
一般人を知らない土地に放置しても、それはただの誘拐ですよ。
……ふざけている場合ではないか。と言うのも、先ほどから、明らかに好意ではない視線が刺さっている。当てもなく彷徨うのも、同じ場所に止まるのも、良い手とは言えないな。
市場を観察しよう。スリとかは、手荷物ないし。何より警邏らしき人もいて、治安良さそうだし。
カランコロンと、足から音が鳴る。
──雪下駄。草履でもなく、室内履きでもなく、爪革付きの千日前下駄やつ。踏み締めた雪で滑っては危ないから、下駄の歯が高いものは敷地内を軽く移動する時に使う。……まあいいか。むしろ好都合だ。
何も履かされないで出てきたよりかは、断然こちらの方がいい。
それに、ここの土地は水捌けが悪いようで、先からレンガや土道に雨水が溜まっているし、せっかくの服が汚れずに済む。路銀がない今、最低でも一週間は持たせたい。
人は、多くが粗雑な服を着ている。たまに綺麗な服を着ている人は、そもそも周りと資産の差が顕著にわかるくらい、金使いが良い。
「これはチップだ、よくやった。ありがとう」
と言って、道案内を任せていたらしい燻んだ金髪の少女に銅色の硬貨を渡している。──それを雑踏の子供か、大人が睨んで見ているのには驚いたが。あの子、あの後大丈夫だろうか。睨んでいるのは、まあかなり少ないし、そして身なりが汚い。
スラムがあるのなら、多分そう言うことなんだろうなと、一人で納得する。お金やこれからの生活が不確定な私が、ああならないとは限らないのだから。
視線を移して、市を眺める。
総じて乾燥物、無機質物、以外に生物がほとんどない。果物もないとか、大丈夫かここの産業。
食料品のほとんどが加工品だ。たまになんか卵らしき球体が水のようなものかスパイスに埋もれて売られていたが、あれは大丈夫なんだろうか。有精卵か? スープにしても原型すぎるだろう。……わからん。
貨幣の取引を見る。男性がハムを買ったな、色が濃くて塩分がゴッツ高そうな。
「豚の葬式の後だから、肉が安くて助かるよ。また頼む」
「あいよ、今度は腸詰めも仕込んでるから、また来なね」
そう言って2人は手を振って別れる。知り合いだったのか、お得意先だったのか。
それにしても豚の葬式? 豚の神使でも死んだのか? かと言ってそれを食う訳ないか。じゃあ普通にこの街の行事──。
言語が、わかるな。私。
スペイン語とドイツ語でボッコボコにされた私が。
明らかに日本ではないここの言語がわかっている。
気持ち悪い。
なんだこれ。
そう、明らかに日本語ではないんだ。なのに、分かる。日本語として聞こえていないのにも関わらず、理解できる。
まるで最初からここの住民であったかのように、ネイティブに。
意識して、口から意味を発する。
「……Reavert」
私はここを知らない。私はここで生きていない。
私は。
──シャン。
街が、広がる。
市が、賑わっている。
人は、皆思い思いに過ごし。
空気は、光は、平等に戦いでいる。
「…………。」
生きねば、そう、ただ思った。
脳が、ただ活路を見出せと、方法を考えろと、そう言うのだ。
「──! ……っ!」
遠くでざわめきが聞こえた。
どたばたと慌てたような足音が聞こえる。
「──! 君っ!」
振り向く前に、肩を叩かれた。勢いよく、振り向かされる。
そこにいたのは、顔を真っ赤にさせて、息を切らしている、紅茶色の髪をした男性。身綺麗で、ああ、この人は先の、少女にお金を渡していた男の人かと、思い出した。
「私と結婚してくれ!」
顔を迫らせ、懇願するように、私にそう言ったのだ。
もはや周囲にも聞かせるような大声で。
「……はい?」




